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エミリオ・ラファティン補佐官の一日 その四。


 軍の修練場はある意味異様な雰囲気に包まれていた。


「……サントル騎士団長があそこまで怒り狂う姿は初めて見ました。」


 エミリオの命令に従い修練場の中心に立った二人を残し、壁際まで退避している面々の中の一人であるエステルがぼそりと呟く。


「はんっ! 当然さねっ!! てめえが惚れた女のことを罵られて牙を剥かなけりゃ(おとこ)が廃るってもんだろうっっ!!!

 それに加えてあの糞ったれのボンボンは、私の大切なダチのことを侮辱したんだっ! ブラッドフォードが落とし前を付けたとしても、私の方の怒りも受け止めて貰わなけりゃ収まりが付かないさねっっ!!!」


 エステルの声に応えるようにゴーシュ騎士団長ヴィクトリアが、胸くそ悪いとばかりに獰猛な表情を浮かべる。


「だが、その補佐官が言うように意外と言えば意外かもしれんな。 サントル騎士団長殿は、いや、あの宰相殿も含めて幼なじみでもある陛下へと絶対の忠誠を捧げている。 だからこそ、どんな噂を立てられることになろうとも、意にも介さずに国のため、引いては陛下のために力を尽くす。

 ……まさに騎士の鏡とも言うべき漢であると儂は認識しておった。」


 二つに割れた男らしい顎に手を当ててジッとブラッドフォードを見詰めながら話す、ドロワット騎士団長シルヴェスター。


「ブラッドフォードの中身は変わっちゃいないよ。 てめえが大切だと、主だと定めた陛下のために忠誠を尽くし、大切な友を、幼なじみ達を護る。 そこに、どうしようも無く魂が惹かれちまった女が加わっただけさね。」


「……確かに、騎士団長はゆう、アルテミス殿下にベタ惚れです。 見ている此方が恥ずかしくなるほどの執着心ですよ。 アルテミス殿下だからこそ、受け止めることが出来ているのだと思うほどに、です。」


 ある意味、あの激しく、重い愛情を向けられている殿下が時々不憫になります、と遠い目をするエミリオ。


「……数々の浮き名を流したサントル騎士団長を射止めたアルテミス殿下……。 聞くところによれば、先日の一件も学友と共に見事に解決されたとか……。 是非、お会いしてみたいものだな。」


「そうですね……私も未だに正式にお会いしたことが無いですし……。」


 先日の一件での活躍を耳にしていたシルヴェスターとエステルが、遠目に見たアルテミスの姿を思い浮かべながら呟く。


「その内に会う機会もきっとあるさね! 楽しみにしとくと良いよっ!!」


「…………」


 特徴的な野太い笑みをニンマリと浮かべて応えるヴィクトリアの傍らで、エミリオはアルテミスの正体を知ることで驚愕した過去の己の姿を思い出し、疲れたような笑みを浮かべて視線を反らしてしまうのだった。



 修練場の端で交わされている会話など知る由も無い、中心付近にいる二人はある意味対照的な様子で有った。


「色々とご高名なサントル騎士団長直々にお相手をして頂けるなんて光栄です。 私は数ある習い事のの中でも、剣術が最も得意なのです! 家庭教師の元騎士団に所属されていた先生からも、十分に騎士団で通用する腕前だと……」


 ふふん、と自慢するように宝石で彩られた愛剣を片手に己のことを話し続けるデイズモンド・アーゼライン。


「ふふ……君のことなど私は興味が無いよ。

 …………いい加減、雑音しか生まない糞喧しい口を閉じて、さっさと剣を構えろ。」


 中心部付近にいた他の騎士団員達が退避するまで、ブラッドフォードは微笑を浮かべて目の前の愚か者が吐き出す雑音を聞き流していた。


 だが、騎士団員全員が退避したことを確認すると雑音を吐き出し続けるデイズモンドに被せるようにブラッドフォードはその言葉を一刀両断する。


「なっっ?!」


 微笑を浮かべていたブラッドフォードの表情が、言葉使いと共に切り替わる。


 柔らかな空気が一変し殺伐とした雰囲気をブラッドフォードは纏い、普段は数多の女性を虜にするような甘い微笑を称えている口元に酷薄な笑みが浮かんだ。 


 何よりも印象を変えたのは、その若草色の瞳かもしれない。


 穏やかな光を灯していた若草色が、一瞬で光を失い温度を全く感じさせず背筋に寒気が走るような殺気に満ちた物となったのだ。


「私のことを何と貴様のような小物がほざこうが興味など無い。 だがな、我が只一人の想い人たるあの方のことを悪し様に罵るなど……万死も生温いっっ!!!」


「ひっっ?!」


 憤怒の表情を浮かべたブラッドフォードから容赦なく放たれる殺気混じりの覇気が周囲を包み込み、離れた場所にいる騎士団員達すらも顔を青ざめさせ、震え上がらせてしまう。


 感じたことのない濃厚な殺気に騎士団員達の中には腰が抜けたのかへたり込む者すらいた。


 ブラッドフォードが放つ殺気混じりの覇気を受けて、平気な表情を浮かべているのはヴィクトリアとシルヴェスターの二人だけであった。


「……あっ……あひっ……ひっひぃ……!」


 それほどまでに密度が濃い殺気を向けられているデイズモンドは失神することすら許されず、眼を見開いて少しでもブラッドフォードから離れよう後ずさるが、意志に反して固まった足が(もつ)れて座り込んでしまった。


「大口を叩くしか能の無い、相手の実力すら理解出来ぬ脆弱な小物が粋がるな。 己の実力も弁えず、貴族としての作法も知らぬ井の中の蛙は、安全な場所で震えているのがお似合いだ。」


 まるで塵を見るような見下した眼差しをブラッドフォードはデイズモンドへと向ける。


「っっ!」


 ブラッドフォードの嘲笑を含んだ見下した眼差しを感じ取ったデイズモンドの頭に一気に血が上る。


 良くも悪くもデイズモンドは今まで見下されたことも、嘲笑を浮かべられたことも無かったのだ。


 何時も何をしたって褒められ、アーゼライン侯爵家の子息であるデイズモンドこそ神童だ、鬼才だと、褒め称えられて育ったのである。


 例え相対する相手が騎士団長である以前に公爵家の子息であるブラッドフォードの言動で有っても、ある意味己こそが至上と思い上がった、歪んだ環境で育ったデイズモンドにとっては許容できる物では無かった。


「……きっ……貴様如きがっっ!! 私を侮辱するなあぁぁぁっっ!!!」


 一気に怒りで頭に血が上り、興奮したことで精神を奮い立たせたデイズモンドは剣を持つ手と抜けていたはずの腰に力を取り戻す。


 座り込んでいた体勢から勢いよく立ち上がり、腰に下げた剣の柄にすら手を添えずに腕を組み、温度の無い視線を向けているだけのブラッドフォードへとデイズモンドは斬りかかっていく。


「あっあ゛ああぁぁぁっっ!!」


 隙だらけの構えで脳天唐竹割りの要領で上段から抜き身の刃を振り下ろそうとしたデイズモンド。


 しかし、その歪んだ心根を宿した刃がブラッドフォードの身体を捕らえようとした瞬間に……閃光の如き神速の白刃が閃く。


「救いようもない愚物が……身の程を弁えろ。」


 一瞬で抜刀したブラッドフォードの白刃がデイズモンドの振り下ろした刃を断つ。


 そのまま、ブラッドフォードは抜刀した際の遠心力に逆らうこと無く軸足を起点に身体ごと回転し、振り下ろす勢いを止めることが出来ない、何が起こったかすら理解していないデイズモンドの顔面を剣の腹で殴打する。


「あぎゃふっっ」


 全身のバネだけでなく、回転力の加わったブラッドフォードの一撃はデイズモンドの顔面中央へと命中し、その身体を吹き飛ばす。


 ブラッドフォードによって斬り飛ばされた刀身はクルクルと宙を舞い、吹き飛ばされて地面を転がることとなったデイズモンドの遥か後方の地面へと突き刺さった。 


「びょっ、びょくのはながっっ……!!」


 自慢の金髪の巻き毛を振り乱し、鼻血の垂れる鼻を押さえながら苦痛に悶えるデイズモンドへとブラッドフォードは無言で近付いていく。


「ひぎっっ……ち、ぢかよるにゃっっ! こ、こんなことをしてっ、ただぢぇすむと思うにゃよっっ!!」


 侯爵である父親が黙っていないと痛む身体を引きずるように後ずさりしながら叫ぶデイズモンドへと、ブラッドフォードは冷笑を浮かべる。


「…………」


 燃え上がるような激しい怒りに支配されたブラッドフォードは目の前にいる何かを喚き続ける排除すべき物と定めた物に向かって、躊躇うことなく抜き身の刃を振り下ろすのだった。




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