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エミリオ・ラファティン補佐官の一日 その参。


「では、各小隊ごとに整列及び点呼を行いなさい。 終了後に小隊の責任者は私達の元へと報告に来るように。」


 修練場に集まった騎士団の面々を見渡し、エミリオが口を開く。


「騎士団長達が来られる前に確認を終わらせ……」


「一つ提案を宜しいでしょうか?」


 エミリオに続けるようにエステルが言葉を紡げば、それを遮るように一人の若い騎士が声を上げる。


「整列と点呼すらも無駄口を開かなければ君は出来ないのですか?」


 上官である己の声を遮った若者へと、エステルは眉を顰めて棘のある言葉を返す。


 本来、騎士団において下位の者が上官の言葉を遮るなど有り得ないことであったからである。


「ラファティン補佐官でしたっけ? その言い方はあまりに礼を欠いているとは思いませんか? 私はデイズモンド・アーゼライン。 誇り高きアーゼライン家の者ですよ。 確かラファティンって伯爵家でしたよね? 恐れ多くも陛下より侯爵の地位を賜っている……」


 眉間に(しわ)を寄せているエステルの言葉に不機嫌そうに表情を歪めたデイズモンドだったが、すぐにラファティン姉弟の家の位を思い出して傲慢な笑みを浮かべる。


「だからなんだと言うのです? 下らない自慢話がしたいならば、さっさと騎士団を止めることをお薦めします。」


「まさかとは思いますが、君の提案とは陛下より恐れ多くも侯爵位を賜っているアーゼライン家の出自である、入団したばかりのヒヨコとも言えない浅はかなお前が私達と共に指示を出す側に立つとでも言いたいのでしょうかね?……此処は親の爵位が優先される夜会会場では無いのですから、身の程を弁えることをお薦めしますよ。」


 しかし、毎年騎士団へと入団を希望する貴族の子息の中で一握りはデイズモンドのような者もいるためにある意味エミリオ達は慣れっこであった。


「誇り高き侯爵家の血筋をあるこの私へ、たかが伯爵風情の出自の者がなんて言いぐさだっっ!! 身の程を弁えるのは……」


「入団する際の規約すらお前は読んでいないのですね。 騎士団において重要なのは親の爵位でも、血筋でもありません。 その個人の技量であり、軍における地位です。 私達は確かに伯爵家の者ですが、平でしかないお前よりも遥かに地位が高い騎士団長補佐官。」


「この騎士団に置いてだけは、爵位は下であろうとも上官である私達の命令が優先されます。 それは陛下がお認めになっている事実。 そのような騎士団に入団する前に徹底的に理解するべき事すら理解出来ていないとは……。ツェペシュ補佐官は何をしているのでしょう? お前のような駄犬を野放しにしておくとはね。」


 憤慨するデイズモンドに対し、それぞれに辛らつな言葉を浴びせたラファティン姉弟は顔を合わせて芝居がかった動作で、合わせたようにため息を付く。


 今までは蝶よ花よと温室の花のように大切に育てられたデイズモンドには、ラファティン姉弟の数々の言葉は許容できる物では無かった。


「ふ、巫山戯るなっっ!! この私の実力も知らぬ奴らがっっ、好き勝手言うことなどゆるさな、ひっっ?!」


 ゆえに一瞬で頭が沸騰したデイズモンドは腰に下げている宝石で飾られた高価な剣を二人に向けて抜刀しようとした。


 ……デイズモンドは、怒り心頭になる前に周囲を見渡せば良かったのだ。


 騎士団に所属する取り巻き以外の者達がみんな憐れな生き物を見るかのような眼差しを送っていたのだから。


「剣を抜くと言うことは命を懸けることだと貴様は分かっているな。」


 数歩の距離で会話を交わしていたはずのエステルの姿はデイズモンドの前から一瞬で掻き消え、気が付いた時には女性とは思えぬ握力でギリギリと抜刀しようとしたデイズモンドの手首を握っていた。


「我ら王国に剣を捧げし騎士はどんな理由が有ろうとも私闘は許されぬ。 なぜなら、我らが命も剣も全ては王家、引いては王国の物。 我らが身は既に我ら自身の物では無い。」


 同じく瞬時に動いたエミリオが鞘に入ったままの剣を背後からデイズモンドの首筋に添えていた。


 デイズモンドは二人の発する気迫に呑まれ、まるで抜き身の白刃を首元へと当てられている心地だった。


「はっ! この程度の気迫で声も出なくなるとは、情けないことですね。」


「此処は遊び場ではありませんよ。 怪我をする前に、さっさと荷物を纏めることをお薦めします。」


 エステルとエミリオは謀り合わせたかのようにデイズモンドから剣を引き、見守っていた他の騎士団員達の点呼を終わらせるために作業に戻る。


 二人の気迫から解放されたデイズモンドは、へなへなとその場に座り込んでしまう。


 脂汗が顎から滴る感触を感じ、喉元を過ぎ去った危機にデイズモンドは安堵のため息を付くが、喉元過ぎれば何とやら。


 ラファティン姉弟に与えられた恐怖を屈辱だと感じてしまった。


「……くっ……言わせておけば好き勝手にっ……!

 ふんっ! 私は知っているぞっ! ゴーシュ騎士団長は未だしも、サントル騎士団長は金で地位を買ったのだろうっっ!!

 その上、王家の隠された王女だとか言う凡庸な王女の婚約者の立場は金を詰まれたから引き受けたんだっ!! そうでなければ、あんな美しさも持たぬ王女の側に女遊びで有名な男が収まる訳がないっっ!!!」


 だが、そんな心境に追い込まれたことが悔しいのか、中身の伴わない誇りとやらを傷付けられたのか、いらぬ口を開いてしまった。


「貴様っっ!!!」


 デイズモンドの言葉に反応したのは、ブラッドフォードを上司に持つエミリオの方だった。


 怒りにまかせて拳を握り締めたエミリオだったが、その拳がデイズモンドへと届く前にこの場にはいなかったはずの人物達の声が響き渡った。


「エミリオ、君が拳を痛める必要は無いよ。 どうやら、彼は私をご指名のようだからね。」


 静かな微笑を称えているはずなのに、何故か鬼気迫った物を感じずにはいられないサントル騎士団長、ブラッドフォード。


「クソつまんない男が騎士団に紛れ込んだようだねえ。……シルヴェスター! 耄碌(もうろく)してんじゃないよっっ!!」


 シルヴェスターをジロリと睨み付け、吐き捨てるようにデイズモンドを評する不機嫌な表情を浮かべたゴーシュ騎士団長、ヴィクトリア。


「耄碌をしているつもりは無かったが、そう言われてもやむを得ぬな。 我が騎士団にあのような愚か者がおったとはっっ!!!」


 男臭い顔に怒りを滲ませ、ヴィクトリアの視線と言葉に応えたドロワット騎士団長、シルヴェスター。


 スピリアル王国の三つの騎士団を束ねし、三人の猛者が覇気を纏って佇んでいた。


「騎士団長……お聞きになってしまわれたのですか……?」


「ああ、しっかりと聞いたよ。 エミリオ、今すぐに其処の彼を残して全員を下がらせて貰えるかい? ご指名を受けた以上は、私自らお相手しようと思うんだ。」


 ニッコリと微笑んで告げられたブラッドフォードの声音に、不穏な物を感じ取ったエミリオは表情を青ざめさせる。


「で、ですが……このような小物など、騎士団長自らが相手をする価値など……」


「聞こえなかったのかな、エミリオ? 私は、今すぐ団員達を下がらせろと言ったんだけれどね。」


穏やかな笑みを浮かべているはずなのに、有無を言わさぬ力を持ったブラッドフォードの声にエミリオの背中に寒気が走る。


「……デイズモンド・アーゼラインを残して全員退避せよっ!」


「良い子だね、エミリオ。 それでこそ、私の補佐官だよ。」


ブラッドフォードの怒りを感じ取ったエミリオは、その意に沿うように声を張り上げるしか無かったのだった。




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