エミリオ・ラファティン補佐官の一日 その弐。
朝一番に受ける事となってしまった双子の姉のダメ出しにより意気消沈していたエミリオだったが、いつも通りに騎士団の詰め所のある王城へと出勤した。
騎士団へと到着すれば、エミリオは正装から動きやすい服へと着替えて隣接する小さな人気の少ない修練場で日課の自己鍛錬を行う。
暫し自己鍛錬に時間を費やした後に修練場の近くの水場で、頭から水を被って流れ落ちる汗を手早く洗い流せば、他の補佐官達との打ち合わせの時間が迫ってきていた。
スピリアル王国にある三つの騎士団をそれぞれに纏める三人の騎士団長達には複数の補佐官が存在する。
彼等、補佐官の仕事は読んで字の如く騎士団長の補佐であるため、書類整理の補助に始まり、所属する騎士団員達の訓練内容の調整、騎士団長が参加せねばならない会議の把握、資料作成など、多岐にわたるのだ。
年若いながらもサントル騎士団長であるブラッドフォードの一番の側近であるエミリオは、他の補佐官達を纏め上げる立場であった。
「……連絡事項は以上です。 次に本日の予定に関してですが、大きな予定としては午後からの合同訓練ですね。 各騎士団が集まる以上は、恐れ多くも王族の方々の護衛を務める栄誉を賜りし、我らサントル騎士団が後れを取る許されません。 各自、合同訓練に参加する予定の団員達にはしっかりと栄えある近衛の自覚を持って参加するように重々伝えて下さいね。」
『はっ!!!』
では解散、とエミリオの声に従い補佐官達は各自に与えられた役割を果たすために、その場を移動していく。
「……何事もなく、合同訓練が終わればいいのですが……。」
ヒシヒシと嫌な予感を覚えてしまうエミリオは、こういう時の感は何故か当たるのですよね……、と諦念の情を瞳に浮かべてしまう。
「……いけませんね、弱気になってしましました。 最近は色々ありましたし、疲れているのかもしれませんね……。」
まさかの精霊王様とのご対面とか、世界の危機とか……など、エミリオの脳裏には満面の笑顔を浮かべたとある王女に扮した精霊王の姿が思い浮かぶ。
脳裏に浮かんだその姿を振り払うように頭を左右に振り、エミリオは真面目な表情を浮かべて歩き出す。
エミリオが向かう先は、補佐官同士の打ち合わせが終われば直行するブラッドフォードがいる騎士団長室だった。
補佐官達が集合して情報交換をする小会議室より、騎士団長室は同じ階にあるため五分もかからず到着してしまう。
見慣れた歴史を感じさせる扉を叩けば、部屋の中よりブラッドフォードの入室を促す声が聞こえてくる。
「失礼します、騎士団長…………何をしていらっしゃるんですか?」
ブラッドフォードの声に応えるように騎士団長室へと入ったエミリオ。
その視界に広がった光景を理解すれば、エミリオは思わず眼を細めて青筋を浮かべてしまっていた。
「おはよう、エミリオ。 実は、私のゆうり様に贈り物をと思ったんだが、どれが良いのか分からなくて困っている所なんだ。」
エミリオが青筋を浮かべた原因である光景。
それは部屋の中に入ってきたエミリオへと笑顔で爽やかな朝の挨拶を口にして、本当のことだけど私のゆうり様って言っちゃった、とばかりに照れて頬を染めるブラッドフォードの手だけで無く、所狭しとドレスや縫いぐるみなどが並べられている光景が広がっていたのだ。
「……騎士団長……」
「私のゆうり様ならば、きっとどんなドレスを贈っても似合うとは思うんだが、あの星が瞬く夜空を織り上げたかのような漆黒の髪に、黒真珠のように煌めく好奇心に満ちた瞳に映えるようなドレスが良いと思うんだ。 そうすると、純白が一番だと思ったんだけどね……ま、まるで花嫁衣装のようで……ふ、ふふふふふ……」
脳裏に花嫁衣装を纏って満面の笑顔を己へと向け、“ブラッドフォード(ハートマーク付き)”と己の名前を呼ぶゆうりの姿を想像したのか、ブラッドフォードは心底嬉しそうに頬を緩ませてしまう。
「いい加減自重して下さいませんか、騎士団長。 今は勤務中です。」
その緩みきった顔にギロリと殺気を纏った視線を向けるエミリオに気が付いていないのか、幸せそうな表情を崩さすにブラッドフォードは応える。
「ふふ、最近のゆうり様はね、想いを伝えた頃に比べて私の存在に慣れて下さったというか、抱きしめても前ほどは嫌がらなくなってくれたんだよ。
でも、本当はまだ恥ずかしくて堪らないのか、頬を紅く染めて視線を反らす姿なんて言葉で言い表せない程に可愛らしいし、照れ隠しに涙眼で睨む姿なんて……」
「ゆうり様が仰っていましたよしっかりと働かない男は格好悪いと。」
舞い上がってしまって降りてこない、放置すれば砂を吐くような惚気話を続けるブラッドフォードへと、ジトッとした眼差しのままでエミリオは冷静にたった一言を告げる。
「……何をしているんだい、エミリオ? 今すぐ今日の分の書類を持って来てくれないかな?」
冷静なエミリオのたった一言に過剰に反応したブラッドフォードは、贈り物を一カ所に瞬時に纏め上げて執務机へと着席する。
「私はゆうり様が格好悪いとお思いになるような男ではないからね。 何時だって、真面目に全力で仕事をしているのだから……エミリオ、間違ってもゆうり様に事実無根なことを言わないでくれるかい?」
「ええ、分かっておりますとも。 ゆうり様の好みの男性像と掛け離れた姿など、騎士団長が晒すことは有りませんからね。」
ニッコリと告げるブラッドフォードへと、エミリオもニッコリと笑みを返す。
「では、やる気が出たところで此方の書類を午前中一杯で捌いて下さいね。」
「……分かっているよ。」
執務机の上に置かれた山のような書類を眼にして、ブラッドフォードは小さくため息を付きながらも、最初の一枚へと手を伸ばすのだった。
※※※※※※※※※※
身体を動かすことが多そうな騎士団といえど地位が上がれば上がるほどに、その業務内容は書類整理の比重が多くなってくる。
多すぎる書類をため息を付きながら捌き、山のように詰まれていた書類を予定通りに午前中の内に捌き終えたブラッドフォードとエミリオ。
この日の午後は、三つの騎士団より選抜された者が集まっての合同訓練の日であった。
「朝ぶりですね、エミリオ補佐官。」
「……相変わらず、ゴーシュ騎士団長は爆走されたのですね……エステル補佐官、制服に土が付いていますよ。」
集合場所であるエステルにとっては嫌な思い出満載の郊外にある騎士団の修練場で、ラファティン姉弟は言葉を交わしていた。
どことなく疲れた様子で、騎士団の制服に土汚れを付けたエステルへと、エミリオは微妙な表情を浮かべてしまう。
「……教えてくれてありがとう……騎士団長達は先に一度三人で言葉を交わしてから来られるそうです。 ただ……」
小さなため息を吐きながら服に付いてしまった土を払い落とすエステルは、ドロワット騎士団長よりもう一つ伝言された内容をエミリオへと伝えるために口を開くが、何とも言えない表情を浮かべて言葉を発することなく口を閉じてしまう。
「……エステル補佐官? 何か問題でも有ったのですか?」
そんなエステルの様子に首を傾げたエミリオは、大きな問題でも起きたのかと眉を顰める。
「……いえ、ドロワット騎士団長より今回の合同訓練に参加する予定であったツェペシュ補佐官が“精霊の贈り物”が放った“飛びつき腕ひしぎ十字固め”という技を早朝に受けて、急遽訓練に参加できなくなったとのことです。」
「…………今度は何をしようとされたのですか……?」
ラファティン姉弟は頬を引き攣らせ、一度眼にすれば絶対に忘れないと断言できる強烈な印象を受けてしまう“精霊の贈り物”こと“泥漢~シンディーバージョン~”の姿えを脳裏に思い起こしてしまう。
ドロワット騎士団の補佐官であるフレドリック・ツェペシュへと“泥漢~シンディーバージョン~”が肉体言語を披露している様子を二人は脳裏に思い浮かべてしまった。
「ツェペシュ補佐官の分も頑張らねばなりませんね。」
「ええ……本当に。」
心の中ではツェペシュ補佐官に対し合掌してしまったラファティン姉弟は、何事もなかったかのように集合した騎士達を纏め始めるのだった。




