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父と娘と……その恋人の奇妙なお茶会 オマケ編。


 イスリアート公爵家の中庭でテーブルを囲うバルトルト、マリーロゼ、柊の三人の姿を熱心に見詰める者達がいた。


「うーむ……未来の義父からの先制攻撃を浴びて、すでに柊は死んだ魚のような眼を浮かべているな。」


 ばりぼり、と成人男性の広げた手の平大の煎餅と白い湯気の立ち上る湯飲みを両手に持ち、頭にまるで角のように二本の木の枝を固定した、その人物。


「あんまり美しくない格好ねえ……。 でも、茂みから見学しているなんて柊に知られたら、あとで怒られちゃうかしらん?」


 茂みに隠れて覗き見してますと、分かりやすい格好をした山吹の姿に一緒に居た牡丹は呆れたように呟いてしまう。


「む! この姿は由緒正しい覗き見姿だと母上よりご指導頂いたもの! 勿論、牡丹の分も用意しているぞ!……柊に怒られるからという理由で覗き見を牡丹は止めるのか?」


 唇を尖らせてジッと見つめてくる山吹に、牡丹は艶やかな笑みを浮かべて応える。


「うっふふ! 止める訳無いじゃないっ! こんな面白い出来事……じゃなくて、大切な家族の恋の行く末を温かい眼で見守ることは重要なことよねん!!」


 あ、妾にもお煎餅ちょうだい、と笑う牡丹へと、煎餅を差し出しながら山吹も楽しそうに笑う。


「うむ! そうでなくてはな! 大切な家族の恋路を見届けることは、とても重要なことだと私も思うからなっ! ふふ、決して面白がっている訳ではないのだ!!

 …………それで、牡丹は由緒正しい覗き見姿をするつもりはないのか?」


 ジィーッと何かを期待するように見詰めてくる山吹の眼差しに、華やかで麗しい笑顔を浮かべた牡丹は簡潔明瞭に答えた。


「しないわよん。 だって、美しくないもの。」

「……そうか。」


 しょんぼりと肩を落とした山吹に構うことなく、牡丹は柊達の会話に耳を澄ませる。


「んー、マリーロゼちゃんが席を外すみたいよん。」


 会話の流れから判断すればマリーロゼが席を立ち、バルトルトに促されてお茶を入れに行く様子で有る。


「うむ。 即ち、柊とマリーロゼ嬢の父親の一騎打ちか。……精神的な面で既にどちらがとは言わんが負けている気がするのは、私の気のせいだろうか?」

「気のせいじゃないわねん。 山吹ちゃんの言う通り、柊ったらヘタレてるわよん。」


 ばりぼり、と煎餅を囓る二人の視線の先でマリーロゼお手製のお菓子が食べたい癖に、バルトルトに牽制されて諦める柊の姿が有った。


「……諦めてマリーロゼ嬢の父親が差し出したお手製以外の菓子を大人しく受け取っているな。」

「なんだか柊の背中から哀愁が漂ってるわねん……。」


 柊の様子を伺いながら一枚目の煎餅を食べ終えて、二枚目に突入した二人。


「むう……? 牡丹、私は最近思うのだが何故柊はヘタレなのだろうな?」

「えっと、山吹ちゃんたら急に何が言いたいのかしらあん。」


 ジイッと柊とバルトルトの遣り取りを見詰めていた山吹が、突如として牡丹へと疑問の声を上げる。


「柊も含めて私達は最高位精霊だぞ? クリストファーがよく言っていた言葉では、雲の上の存在なのだそうだ。」

「それは、そうでしょうねえ。 マードレがマリーロゼちゃんと契約しているから人間達の元へと姿を現しているけれど、そうでなければ関わろうとは思わないものん。」


 己の言葉に深く同意を示す牡丹に、山吹は常々疑問に思っていたことを打ち明けた。


「母上の趣味か希望かは分からんが、我々精霊は下位の者でも可愛らしさや美しさをその身に宿して産まれている。

 柊とて最高位精霊である以上は多少雰囲気や目つきは恐ろしかろうが、慣れれば迫力のある極上の美形の部類だ。 そんな容姿の整った異性、しかも相思相愛の男に迫られて嫌な気分になる可能性は低いと思うのだ。」


 山吹は己の家族達の姿を思い浮かべる。


 牡丹は華やかな大輪の花を思わせる美しさ、蓮の十代半ばに見える容姿は少年と青年の狭間で揺れる特有の輝きを持っている。


 雛菊は誰もが認める可愛らしい容姿で有るし、桜はお淑やかで繊細な美しさ、言動はあれだが桔梗は健康的な可愛らしさと美しさを併せ持っている。


 山吹とて凛とした佇まいから男装の麗人と言った様子だし、ゆうりは容姿は平凡だと言われるが元精霊王を倒して以降の内面から光輝くような心や魂と言ったものの美しさは周囲を魅了して止まないのだ。


「まあ、容姿のことを例に上げたが、確かにマリーロゼ嬢が容姿だけで柊を選ぶとは思えん。 内面も見詰めた上で柊を選んでいるはずだ。 ならばこそ、あそこまで遠慮する理由が分からん。」


 惚れた男に求められて悪い気分はせん、と己の愛した男の姿を思い浮かべながら山吹は独りごちる。


「んんー、確かに自信たっぷりの山吹ちゃんには理解できないかもしれないわねん。……要するに、乙女心が複雑なように男心だって複雑なのよん。」

「……む? 牡丹には理解できるのか。」


 バルトルトの柊へと向けて送られる言葉の数々を聞きながら、牡丹へと山吹は視線を向ける。


「理解できるって言えるのかは分かんないわねえ……でも、好きな女の子に嫌われたくないから強引に出来ないって所だけは共感できるわあ。」


 牡丹の心に浮かぶのは、ずっと片思いをしていた嫋やかな雰囲気を持つ桜の姿だった。


 片思いを自覚してから幾星霜……どれ程の月日を思い続けてきたことか。


「女の子の中にだっているんじゃないかしら? どんなに容姿が優れていようと、愛されていると分かっていても、嫌われちゃうかもしれないって思うと足が竦んじゃう子。

 理屈じゃないのよ、この好きな人に嫌われたくないって言う繊細な心はね。 もっとも、何時だって自信に満ちあふれていて、突進有るのみな山吹ちゃんには分かんないでしょうけどねん!」


 クスリと笑う牡丹の言葉に暫し考え込んだ山吹だったが、何やら結論が出たのか呟く。


「ふむ、牡丹も桜に対してだけはヘタレだったな! だからこそ、柊の心が分かると言うことか!」

「うっっ?!」


 山吹の率直な考えに、牡丹は思わず手に持っていた煎餅を大きな音を立てて砕いてしまう。


「山吹ちゃんっ! それは無いんじゃないかしらんっっ!!」

「……本当のことだろう?」


 きょとん、とした表情を浮かべる悪意など全くない山吹の言葉に牡丹は抗議の声を張り上げようかと思ったが、がっくりと肩を落とし項垂れるだけに留めた。


「……お二人とも、一体このような場で何をされているのですか?」

「?!」

「ふむ、マリーロゼ嬢の父親か。 未来の義理の息子の相手はもう良いのか?」


 その時、茂みに隠れる二人の背後から声を掛けてきた者がいた。


 牡丹が驚き背後を振り向くと、いつの間にか移動したのか無表情のバルトルトが立っている。


 驚く牡丹とは反対に、バルトルトが背後から近付いていたことを察知していた山吹はのほほんとした様子で問いかける。


「未だ確定などしていない、遙か彼方先の未来のことなど語らってもしょうが無いとは思いませんか?」


「ふふっ、確かにその通りかもしれぬな。 だが、未だ定まっていない未来ではあるが、あれは諦めることなど有りえんと思うぞ。」


 無表情ながらも、眉間に皺を寄せるバルトルトの返答に山吹はからかうように言葉を重ねた。


「その時は、マリーロゼの手を引いてヴァージンロードを歩くのみです。……その程度の覚悟など、あの男が娘へと向けた感情に気が付いた時点で決めております。」


 山吹のからかう言葉を堂々と受け止めて返すバルトルトの姿に、流石の山吹と牡丹も微かに眼を見開く。


「……良い(おとこ)ねえ……。 妾が女だったら惚れてたかもしれないわん。」

「私も、クリストファーと出会っていなければ好ましく思っていたかもしれぬな。」


 娘を想うバルトルトの覚悟に二人は笑みを浮かべ、それぞれに好意的な感想を呟き冗談交じりに誘惑とも取れる言葉を重ねる。


「お二人のお言葉は有り難く頂戴します。 しかし、男冥利に尽きる光栄なお言葉ですが、心より辞退させて頂きたく。」


 最高位精霊二人の機嫌を損ねる可能性があろうとも、例え冗談交じりの言葉でも、バルトルトはきっぱりと拒絶の意志を示す。


「冗談でも裏切る訳には参りません。 私が心より愛するのは今までも、これからも只一人の女性だけです。」


 山吹と牡丹はきっぱりと断ったバルトルトの言葉に益々笑みを浮かべる。


「ふふ、本当に人間であることが惜しい男だな。」

「本当ねえ……いっそのこと、パードレって呼んで上げましょうか?」


 クスクスと笑うからかう気満々の二人に背を向け、アイオリアの元へ赴いて癒されようとバルトルトは心に決めた。


「“パードレ”とはおそらく父親を指す言葉でしょう? 申し訳ありませんが、私は幼なじみを裏切るような真似は死んでも致しません。」


 失礼します、と二人へと告げて、アイオリアの元へとバルトルトは歩き出す。


「あらん? 見張って無くて良いのかしらん?」

「……私は娘が想い人と逢瀬を重ねる姿になど興味は有りません。」


 そう言い残して今度こそ、バルトルトは二人の前から立ち去ったのだった。


「……まあ、確かに大切な愛娘の柊へと迫ってる姿なんて見たら、卒倒しちゃうわよねん。」


 そう言う牡丹の視線の先では、攻勢に打って出たマリーロゼの言動に惑わされて振り回されている柊の姿が有った。


「うむ!……だが、我らは母上が後で所望された際に微に入り細に入り披露できるようにしておかねばならぬからな!!」


 そう言って顔を見合わせた二人は笑い合い、しっかりと柊の言動を眼に焼き付けとくのだった。




 ……後々になって、マリーロゼとの逢瀬を見学されていた上に、ゆうりへと誇張して演劇並みの完成度で披露されていたことを知った柊が、二人と熾烈な追いかけっこを繰り広げたことは言うまでもない。




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