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ちびっ子?! ぱにっく!! その二。


 最高位精霊達が驚きの声を上げるなか、山吹の腕の中にいる幼くなってしまったゆうりはキョトンとした表情を浮かべ続ける。


「うにゃあっ! ママ上様、可愛いねえ。 年は幾つくらいなのかな?」

「オーホッホッホッホッホッ! ずばりっ! 身長107cm、体重16.87kgと見ましたわっ!!」


 短めな黒髪を頭の天辺よりやや横辺りで、赤いボンボンで一つくくりにしている幼稚園の制服に身を包んでいるゆうりは、きゅるんと大きな好奇心に溢れた黒い瞳で己によって来る笑顔の雛菊と、ずれた答えを返す桔梗を見詰める。


「……おい、蓮! お前は子供になる薬を作って何をするつもりだったんだっ!!」


 幼くなってしまったゆうりの姿に動揺している柊は、もしも己もクッキーを口にすればゆうりと同じ状況に陥っていたかもしれないと言うこともあり声を荒げてしまう。


「うるさいっ!! 僕は幼くなる効果の薬なんぞ作っていないっ! 僕が作りたかったのは、身長があと10cm伸びる魔法の薬だっっ!!!」


 蓮の叫び声に一瞬周囲が静まりかえり、我を取り戻した柊が身体をわなわなと震わせて蓮の胸元を掴み上げる。


「……要するに失敗してんじゃねえかっっ!!!」

「うるせぇぇぇっっ!! 失敗は成功の母親なんだよっ! ちくしょぉぉぉっっ!!!」


 興奮して今にも掴み合いの喧嘩を始めそうになっている蓮と柊の後頭部に、誰かのため息と共に銀色のトレーが閃く。


「ぐっ?!」

「いてぇっ?!」


 ゴン、ゴン、といい音を立てて蓮と柊の後頭部に桜の放ったトレーによる攻撃が炸裂した。


「てめっ! 桜、何しやがるっっ?!」

「何で俺まで殴るんだっ?!」


 桜の放ったトレーでの攻撃が炸裂した部分を押さえて、痛みに耐える二人は桜へと抗議の声を上げようとするが……。


「何か言いたいことでもありますのかしら?」

「「すみませんでしたっっ!!」」


 唇は微笑を称えながらも、その目は決して笑ってはいなかった。


「二人が混乱してしまう気持ちは、痛いほどによく分かります。 ですが、まずはお母様の姿を元に戻すことが先決ですわ。」


 ため息を付きながら説教紛いの言葉を蓮と柊へと掛ける桜は、もう一度深いため息を付いてからゆうりへと視線を向ける。


「うむ。 幼き母上よ、己が今何歳なのか教えては貰えませんか?」

「やだあっ! ちっちゃーいっ! 今のマードレに似合うお洋服があるのん! 是非、着てみないかしらあん?」


 己の周囲を取り巻く山吹、牡丹、雛菊、桔梗を前に幼いゆうりは、ただジッと何か言いたげな眼差しで見詰め続ける。


「……うむぅ? 幼き母上は己の年もまだ言えませんか?」

 

 無言を貫く幼いゆうりに山吹が首を傾げて繰り返し問いかければ、心を決めたのか幼いゆうりは口を開き始めた。


「しらないおとなの人と、お話ししたらいけないんだよ。 お母さんがおこるんだもん!」

「あら、確かにその通りねん。 でもねえ、妾達は貴女のことをよく知ってるし……そうよん! マードレの……じゃなかったゆうりちゃんのお母さんから貴女のことを頼まれたのん!」


 ゆうりの言葉に笑顔で返した牡丹に対し、ゆうりは小生意気な表情を浮かべて鼻で笑った。


「うっそだぁっ! だって、お母さんたちが、おカマのおにーさんみたいな人と仲良くしてるのみたことないもん! それに、お母さんにたのまれたっていうのは、“ゆうかいはんのじょーとーしゅだんなんだよ”って、葵にぃが言ってたもん!!」


 いーっだと、歯を剥き出して生意気なことをいうゆうりに牡丹の額に青筋が浮かぶ。


「……誰が、おカマですって?」

「ふふん! ほんとうのことを言われたから、“ずぼし”でおこるんだよね!」


 牡丹の怒りに油を注ぐゆうりの言動に、雛菊や桔梗が慌て始めてしまう。


「にゃにゃっ?! ママ上様、駄目だよ! 本当のことでも言ったら駄目なことって、この世の中には沢山あるんだよ!」

「そうですわっ! 幾ら本当のことでも、生温かな目で見守ることが必要なことはあるのです! それは、正義を愛するわたくしであっても変えられない悲劇なのですわっ!!」


 本人たちは一生懸命に牡丹をフォローしているつもりだが、実際は火元の近くに盛大にガソリンを撒き散らすかのような言葉を次々と発する雛菊と桔梗。


「……雛菊、桔梗、牡丹の怒りを鎮火するどころか、それは焚き付ける以外の効果の無い言葉の選択だと私は思うが……」

「にゃ?」

「え?」


 微妙な表情を浮かべた山吹の言葉に、雛菊と桔梗はよく分かっていない表情を返す。


「……う……うふふふ……うふふふふふふふふふ…………貴女達の気持ちはよぉぉっく分かったわん……。」


 俯き肩を震わせる牡丹の周囲に水の塊が漂い始める。


「……どうやら、他者に対して言ってはいけないことすら分からない困った子達がいるみたいだしぃ……妾直々に躾けてあげるわんっ!!」


 ガバリと怒りに眦をつり上げた牡丹が勢いよく顔を上げ、周囲を漂う水の塊を集め始める。


「ひにゃっ?! にゃあぁぁぁぁっっ?! ぼ、牡丹、落ち着くにゃっ!!」

「ひっ?! 心を落ち着けるのです、牡丹っっ!!」

「……やれやれ……流石にあそこまで言われれば、怒りもするだろうな。」


 慌てて牡丹を止めようとする雛菊と桔梗、困ったように笑いながらも落ち着きを取り戻させて制止させようと考え動き出す山吹。


「しょうたいみたりっ! かいじん、かまカッパっ!!」


 ビシリと元気よく牡丹を指さしたゆうりは、何処からともなく取り出した幼稚園の通園バックの中身を漁り、何かを取り出すと五歳児とは思えない美しいフォームを描いて牡丹目掛けて何かを投げつける。


「どぅわれが“怪人”で“かまカッパ”よ!!

 ふふんっ!! お馬鹿ねえっ! お子ちゃまが投げた物なんかが、この妾に命中するはずが……」


 ゆうりの投げた一つめの謎の物体を簡単に避けて見せた牡丹は、ゆうりへと大人の余裕を見せ付けようと言葉を発する。


 しかし、その言葉の途中で投げつけた一発目は必ず避けられると幼い五歳児の身でありながら理解していたゆうりは、一つしか取り出していないと見せかけてもう一つ同時に取り出していた“本命”を油断しきった牡丹目掛けて全力で投げつけたのだ。


「いやあぁぁぁっっ!! べとべとじゃないのぉぉっっ!!! 何よこれはっ?!」

 

 頭部……主に牡丹の自慢の長い髪にべっとりと命中したゆうりが投げつけた“本命”に、怒りも吹き飛び悲鳴を上げて己の屋敷の中の浴室へと転移してしまった牡丹。


「かげにひそんで悪をうつっ!! 正義の騎士戦隊、ナイトレンジャーに手を貸すだーくひーろー! ぶらっく・ナイトっ!! 今宵も、勝利は我とともにありっっ!!!」


 そんな牡丹の姿を見送った残りの最高位精霊達の前で、キレのある動きでゆうりは毎週欠かさず見ている戦隊物の番組の中でも一番好きな登場人物の真似をしてポーズを決める。


「なんてことですのっっ?! 斯様に幼くとも既に正義を愛する熱い魂が、その小さき身体に宿っているとは!! 流石はこの全ての精霊きっての正義の味方であるわたくしのムッティですわっ!」


 五歳児としての記憶しか無いゆうりは、まるで正義の味方ごっこでもするかのように決め台詞を叫び、次々とポーズを決めていく。


 その姿や言動に、頬を引き攣らせる蓮や柊の心を置き去りにして、桔梗だけが感嘆の声を上げた。


「……えっと……お母、では無く、ゆうりちゃん? 今、牡丹に一体何を投げたのかしら? それに、いつの間にそんなバックを取り出したのか、私に教えては頂けませんか?」


 牡丹の悲鳴を蓮と柊を説教している途中で聞くことになり、止まる間もなく姿を消してしまった牡丹のことも心配に思いながらも、取り敢えずゆうりが牡丹へと何をしたのか把握しようと優しい声音で桜は問いかける。


「あは! ゆうりは葵にぃとお父さんの言った通りにしただけだよ。 ゆうりのちかくにわるい人がきたら、すぐにひめいをあげて“たすけて! この人ろりこんです!”って大きな声で言うか、ようちえんじのひみつの七つ道具のふういんをときなさいっていわれたもん!!

 それに、ようちえんのバックはようちえんじのゆうりが持ってるのはあたりまえだよ!!」

「……秘密の七つ道具……?」


 ゆうりの話す余りな内容に、頬を引き攣らせる最高位精霊達。


「ふむ、母う……ゆうりちゃんよ。 その秘密の七つ道具とやらを私達に教えて貰えないかな?」

「……ゆうりちゃん……僕にも、教えてくれないかな? 教えてくれたら、美味しいお菓子をあげるよ。」


 牡丹を襲った物体の正体を知ろうと、きゅるんとした瞳で山吹達を見上げるゆうりへと優しく声を掛けてみた山吹と、同じく優しく声を掛けながらもお菓子でゆうりの興味を引こうとした蓮。


「……ほんとにお菓子くれるの?」

「ああ、約束する。」


 お菓子という言葉に反応したゆうりに、所詮は五歳児と蓮はほくそ笑む。


 ちょい、ちょい、と屈んで耳を貸すように仕草で訴えるゆうりに従う蓮の姿に、何故か嫌な予感を覚えてしまう桔梗と雛菊以外の三人。


「……あのね……」


 蓮の耳元に子供らしい仕草で内緒話をしようとする一見すれば可愛らしいゆうりの姿に、感じた嫌な予感は勘違いかと思ってしまった彼等の前で、次の標的と定められた蓮の身に悲劇が襲う。


「……わああぁぁぁっっっ!!!」

「なっ?!」


 大きく息を吸い込んだゆうりは蓮の耳元で情け容赦なく大きな声を発し、突然の耳元での大声に驚いた拍子に蓮が大きく口を開いた瞬間を見計らい、素早い動きでその口の中に“丸い何か”を放り込む。


「ぐっっ?!…………っっっ!!!」


 蓮が口の中に放り込まれた物を思わず噛んでしまえば、容易くその“丸い何か”は割れ砕け、中からどろりとした液体が流れ出てくる。


 その味を堪能することになってしまった蓮は声にならない苦悶の声を上げ、牡丹と同様に己の屋敷へと転移してしまったのだった。


「……蓮が……蓮がやられてしまいましたわっっ?!」

「普段の母上ならばまだしも……幼子の状態で、しかも魔法も使わずに最高位精霊相手に勝利するだと……?」


 驚愕と信じられないという気持ちが入り交じった表情を桔梗と山吹が浮かべる。


「よいこのようちえんじのひみつの七つ道具がひとーつ! 鳥もちばくだんっっ!!」


 堂々と胸を張りながら、父親と兄のお手製の秘密道具を自慢げに語り始めるゆうりへと、桜と柊の唖然とした眼差しが向けられる。


「よいこのようちえんじのひみつの七つ道具がひとーつ! お父さんじるしのセンブリ丸っ!!」


 牡丹と蓮を次々と戦略的撤退に追い詰めていったそのゆうりの手腕に、いつも笑顔の雛菊の表情も驚きに染まってしまう。


「……次は、だれがゆうりとあそんでくれるの?」


 こてんっと首を傾げながら無邪気な笑みを浮かべる、何も知らない者達からすれば幼く小さな可愛らしい姿に見えるゆうり。


 ……しかし、最高位精霊達にはしっかりと見えていた。


 無邪気な天使の笑みを浮かべるゆうりの背中には、黒いコウモリの小さな羽が生え、お尻にはとんがった黒い尻尾がゆらゆらと揺れている幻影が、しっかりと見えていたのだった……。



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