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父と娘と……その恋人の奇妙なお茶会 前編。

 いつも読んで下さりありがとうございます。

 時系列が前後してしまいましたが、今回の話しは『夢渡りの邂逅と同族嫌悪』と同じ日の話しとなっております。

 どうぞよろしくお願いします。


「(……何故、俺は此処にいるのだろう……)」


 思わず死んだ魚のような眼を柊が浮かべるのには理由が有った。


「……マリーロゼ……お茶を入れるのが上手になったな。……それに、この手作りの菓子もとても美味しい。」

「本当ですか、お父様? 褒めて頂き、とても嬉しいです。 あ、お茶のおかわりは如何ですか?」


 柊の目の前では愛しい想い人であるマリーロゼへと褒め言葉を呟く、本来この場にいるはずでは無かった一人の人物が愛娘へとおかわりを貰うためにティーカップを差し出す姿が有った。


「ですが、朝食の席で今日はお父様がお休みだと聞いた時はとても驚きましたわ。」

「……日頃からしっかりと働いているからこそなのだろうな。」


 マリーロゼの笑顔を向ける相手、即ちこの王国の宰相であり、柊の攻略すべき目下の高い壁という名の想い人の父親であるバルトルトの言葉に頬を引き攣らせてしまう。


「(…………夜中に王城へと戻り、夜の間に執務を終わらせて……俺達が二人っきりにならないようにほぼ強制的に参加してきたような……)」


 本来、マリーロゼが手作りのお菓子を作って今日は柊と二人っきりで庭でお茶会をする予定だったのだ。


 其処に強制的に仕事を終わらせたバルトルトが、普段共に過ごす事が中々出来ないからと参加することを希望した。


 申し訳なさそうに無言で己へと、父のお願いを断りましょうか、と問いかけてくるマリーロゼに否定の言葉を告げることは柊には出来なかった……。


 バルトルトの思惑を何となく悟ったのか、柊の母であるゆうりは巻き込まれないようにさっさと退散してしまい、三人での奇妙なお茶会が始まったのである。


 

 マリーロゼが背を向ける度にバルトルトは殺気の入り交じった普段以上に鋭く、睡眠不足で血走った視線を無言で柊へと向けてくるのだ。


「マリーロゼ、我が儘を言ってすまないのだが……熱めのお茶をついで貰っても良いだろうか?」

「時間が多少掛かってしまいますけれど……」


 余り熱いお茶を好まないはずのバルトルトの珍しい要望に、マリーロゼは首を傾げてしまう。


「時間は掛かっても構わない。 その間の柊様の話し相手は私がしっかりと勤めよう。」


 その言葉に心配げな眼差しを柊へと向けるマリーロゼに、柊は大丈夫だと微か笑みを浮かべる。


「……分かりましたわ、お父様。 すぐにお持ちしますので、少しお待ち下さいませ。」


 柊の笑みを受けても暫し逡巡した様子を見せたマリーロゼだったが、意を決した様子でその場を一旦退席することを決意する。


 小さな足音と共に時折柊達を振り向きながらマリーロゼはお茶会のテーブルを後にするのだった。



 そして、マリーロゼが退席してから会話擦をする訳でもなく無言が続く中で、強くなっていくバルトルトの視線を気にしないように柊は心懸けていた。


 可愛い娘の側にいる異性に対して父である以上は多少の邪魔をしたくなってしまうことは仕方がないと、多少はバルトルトの心境も理解出来るがゆえに甘んじて殺気を纏った視線に柊は耐え続ける。


「……宰相、マリー……」

「おや、柊様。 マリーロゼは新しいお茶を入れておりますし、娘に成り代わり私が此方をお取り致しましょう。」


 そんな柊も想い人であるマリーロゼの手作りの料理は食べておきたいと思い断りを入れてから、数ある菓子の中でマリーロゼが作った物へと手を伸ばそうと声を上げる。


 しかし、すかさずバルトルトが柊の言葉に被せるように声を発し、マリーロゼの手作りではない菓子を目の前に差し出す。


「……宰相……俺はそっちのマリー……」

「此方ですか?」


 柊が指さした方向にはあるが、見当違いな菓子を差し出すバルトルトへと思わず無言になってしまう。


「………………」


 マリーロゼと晴れて恋人同士になれたはずが、一輪の薔薇を持って改めて告白をした時以来なかなか二人っきりになれない柊。


 何時だって、想い慕うマリーロゼの周囲にはバルトルトだけで無くゆうりやアイオリアが居て、勤勉な彼女は貴族としての義務を果たすために勉学に励んでいる。


 別段それを不服とまでは言わないものの、内心では今回の二人っきりのお茶会を柊は楽しみにしていたのだ。  


「(……残念ではあるが…………致し方ないことなのだろう。

 だが、出来ればもう少し共に有りたいと願うのは……俺の我が儘なのだろうか……。)」


 バルトルトに差し出された菓子を大人しく受け取り、内心ため息を付く柊は脳裏に母であるゆうりの婚約者の姿を思い浮かべる。


「(…………あの男が同じような立場に立ったら、素直にお袋に共に有りたいと言うのだろうか……? しかし、それでマリーロゼを困らせて嫌われたら意味が無い……。)」


 余り変わらない柊の表情だが、ゆうり達が見れば落ち込んでいると判断する雰囲気を柊は纏う。


 そんな落ち込んだ雰囲気を纏い始めた柊をジッと観察していた者がいた。


「……私とて……大人げないことだとは分かっているのですよ。」

「……宰相……?」


 今までの殺気混じりの視線から、苦悩する父親の眼差しへと変化させたバルトルトが静かに呟く。


「……私は愚かな男です。 あの子の母親である女性すら護る事が出来ず、身勝手な理由であの子が慕っていた叔父夫婦の元からも引き離してしまった。」


 眉間に普段以上に皺を寄せたバルトルトの脳裏に思い浮かぶのは、初めて出逢ったマリーロゼの幼い笑顔だった。


「……引き取られた先にいた父を名乗る男は満足に笑顔を浮かべることも、素直に愛情を示すことすら出来ない情けない男です。 それでも、こんな私をあの子達は父親として慕ってくれるっ……!」


 過去のバルトルトは我が子達に決して笑顔を向けられることなど無いと、想いを伝えることなど出来ないと思っていたのだ。


 だが、一つの出来事が愛する子供達へと愛情を伝える切っ掛けとなり、バルトルトは叶うことなど無いと夢に見ていた温かな家族の絆を得ることが出来た。


「……だからこそ……私は、あの子達に誰よりも幸せになって欲しいっっ! 傷つくかもしれない、苦労するかもしれない道など選んで欲しくは無かったっ……!!」


 バルトルトは知っていた。

 マリーロゼが精霊である柊への想いと、貴族としての役割、寿命という時間の壁に一時ずっと悩み続けていたことを……。 


 悩み続けるマリーロゼを見守ることしかできなかったと唇を噛みしめるバルトルトの姿に、柊はただ静かにその言葉を聞いていた、聞くことしかできなかった。


「ですが……あの二人を見て考えを改めました。」

「……二人?」


 バルトルトの言う二人が思い付かずに柊は疑問符を浮かべてしまう。 


「あの万年花畑……はどうでも良いですね。 訂正します、ゆうり様のお姿です。

 ……ゆうり様の過去は多少は心得ているつもりです。 だからこそ、私達はブラッドフォードを選ぶことなど無いと思っていました。」


 バルトルトとエリオットは正直な話し、ブラッドフォードの恋が実るとは小指の甘皮ほども思っていなかった。


 大切な者との別れに怯えるゆうり……失うことに耐えられないと話したゆうり……。


 しかし、それでもゆうりは覚悟を決めて選択して見せた。


「……一応、あれは幼なじみですから、ゆうり様に真意をお聞きしたことがあります。」

「お袋にか?」


 ブラッドフォードとゆうりが想いを交わしてから、何時の頃だったか……。

 バルトルトは怒りを買う覚悟でゆうりへと尋ねたのだ。


“ブラッドフォードへの想いは本気ですか?”と……。


「ゆうり様は笑って応えました。

 “私のために沢山の覚悟を決めてくれたブラッドフォードだから本気だよ”とね。……もしも、ブラッドフォードが最後の時に精霊になることを望まなければ、決して己は強制もしないと。」


 ……例え、愛する只一人の人を失って、悲しみや喪失感に囚われて涙を流し続け、狂った方が楽だと思ってしまうことになろうとも……愛した人が生きていた世界だと想えば……きっと耐えられる。


 これから先の永い年月を愛する人がいない苦しみに耐えながら生きて行くことになったとしても、ブラッドフォードの幸せと想いを優先すると、バルトルトにゆうりは穏やかな表情で確約したのだ。


「……だから、私もゆうり様がブラッドフォードの心を優先するように……マリーロゼの心を優先します。 あの子が決めたことならば、どんなことでも受け入れましょう。」


 バルトルトは静かに席を立ち上がり、柊へと背を向ける。


「あのような気丈で芯のある母親を持つ貴殿です……私は貴方を信頼します。」 

「宰相……ありがとう。」


 柊へと振り返り、しっかりと眼を合わせて宣言するバルトルトの言葉に感謝の意を伝える。


「……もっとも、まだまだマリーロゼは異性との交流に慣れてなどおりません! 門限は守って頂きますし、婚前交渉など言語道断です!!

 この私の眼に入れても絶対に痛くないと断言できる至宝を奪っていくのですから、これからも多少の嫌みは覚悟しておくことをお薦めしますっ!!」


「ああ、分かっている。 貴殿の至宝を奪っていくのだ。 嫌み程度マリーロゼのためならば、喜んで受け入れよう。」 


 己の言葉にしっかりと頷いた柊を見届けて、バルトルトはこれ以上二人の邪魔をするつもりはないのか去っていくのだった。




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