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父の日の贈り物 後編。


 バルトルト達が強制的に変わり果てた馬車へと乗車することになった頃、マリーロゼとアイオリアはフェリシアにある桜の屋敷にいた。


「マリーロゼ様、アイオリアさん。 とても、綺麗に焼き上がりましたよ。」


 オーブンから出来たてのきつね色に焼けたクッキーを取り出した桜は、マリーロゼとアイオリアへと声を掛ける。


「うわあっ! 本当にこれが僕達の作ったクッキーですか? とても、綺麗に焼けています!

 全部桜様のお陰です! 本当にありがとうございます!!」


 キラキラと輝く瞳で焼きたてのクッキーを見たアイオリアは、心から嬉しそうに笑顔で桜へと感謝の言葉を叫ぶ。


「クッキー以外の料理も桜さんが手伝って下さったお陰で無事に出来上がりましたわ。 本当にありがとうございます。」


 出来上がった料理の数々を見詰め、無事に作り上げる事が出来たことに安堵し、同時に桜へと嬉しそうに笑顔を向け感謝を伝える。


「ふふ、マリーロゼ様とアイオリアさんに喜んで頂けて嬉しいですわ。 お二人が、大切なお父様に対して日ごろの感謝を伝えようと努力をされたからこそ、こんなにも美味しそうな料理の数々が出来上がったのです。」


 真っ直ぐに感謝の言葉を告げてくるマリーロゼとアイオリアの姿に笑みを深めた桜は、優しく二人の努力を労う。


「……父上、美味しいと言って下さるでしょうか?」

「大丈夫ですよ、アイオリアさん。 貴方の父であるバルトルト殿への愛情を籠めて作ったんです。 美味しくないはずがありませんわ。」


 出来上がった料理の数々を見詰め、不安げな表情を浮かべ始めたアイオリアへと桜が微笑む。


「私も、お父様に料理を喜んで貰えるかは不安ですが……それ以上に、お姉様が張り切りすぎて大騒ぎをしないかちょっと心配です……。」

「……それに関しては……何とも言えないですね……。 ですが、お母様が二人の悲しむようなことをするとは思えませんから、おそらく時間までには屋敷へと連れ帰ると思います。」


 桜はゆうりのやる気に満ちた姿を思い出して視線を彷徨わせながらも、ゆうりの性格上マリーロゼが泣くことはしないと告げるのだった。



※※※※※※※※※※



 馬車の中へと放り込まれたバルトルトとブラッドフォードはぶつけて痛む身体を擦り、ゆっくりと起き上がる。


「……ぐっ……大切な約束がある日に限ってっっ……!!」

「ちょっ……バルトルト……悔しいのは分かるから……取り敢えず、私の上から退いてくれないかい……?」


 放り込まれた際に、バルトルトがブラッドフォードの上に乗り上げる形になった二人。


 ゆうりにならば兎も角、同性に押し倒される趣味は無いよ、と冗談めかして言うブラッドフォードに対して、バルトルトの額に青筋が浮かぶ。


 そんな二人の耳に、突如明るい声が聞こえてきた。


「あはっ! 大丈夫だよ、バルトルト。 約束の時間までには屋敷に戻るつもりだからさ。」


「「ゆうり様っっ?!」」


 その声の持ち主は、ニコニコと満面の笑みを浮かべたゆうりだった。


 ゆうりは向かい合う座席の片側に座り、向かい合う座席の合間で重なり合って倒れている二人へと、ひらひらと手を振る。


「……エアデ様はご一緒では無いのですね。」


 ジョセフィーヌやエリザベスがいる以上は、その主である桔梗の姿が有るのでは無いかと周囲を見渡し確認するブラッドフォードに、ゆうりは苦笑してしまう。


「エリザベス達のことを気にしてるなら、今日は私が助っ人に連れてきただけだよ。……っていうか、ブラッドフォードってば、桔梗に“激・黒鋼漢(くろがねおとこ)団”と“きゅーとなクラウン団”を嗾けられるからって警戒し過ぎじゃない?」


「あの方は突然現れますし、あの二つの軍団に追いかけ回されるなど悪夢以外の何者でもありません……。事実、柊様も未だに夢に見るそうですよ。」


 ゆうりと恋人同士の甘い時間を堪能しようとするブラッドフォードを、数回に一回の割合で妨害する桔梗。


 桔梗特有の高笑いと共に突如出現しては、自慢の軍団をブラッドフォードへと嗾けてくるのだ。


 強制的に始まる追いかけっこは、命の保証をされている代わりにブラッドフォードの精神力をガリガリと削り、終了する頃には力なく倒れてしまうことも度々ある。


「まあ、桔梗のあの恥ずかしがり屋の性格は私以上だもんね……。」


 ブラッドフォードの言葉に桔梗の姿を思い浮かべて苦笑するゆうり。


「……ですが、ゆうり様。 例え、エアデ様にあの者達を嗾けられたとしても、ゆうり様が手ずから介抱して下さるなら、ふぎゃっっ」

「黙れ、脳内桃色花畑っ! 破廉恥野郎っ!!

 私の目の前で口説こうとするんじゃないっっ、この色情魔っっ!!!」


 桔梗が確実にいないと判断したブラッドフォードは、目の前の座席に座るゆうりを腕の中に閉じ込めようと近付こうとするが、何かを察知したバルトルトの拳によって鎮められる。


「ゆうり様も、この色ボケ男の前で隙を見せてはなりません!」

「えーっと……隙を見せたつもりは無いんだけどな。」


 己に対しても小言めいた言葉を吐くバルトルトにゆうりはクスクスと笑みを浮かべてしまう。


「それよりさ、バルトルトってばもう慌てないの? マリーロゼ達との約束があるんでしょう?」

「慌てる必要は無いと判断致します。 ゆうり様がマリーロゼを悲しませる訳がありませんからね。」


 当然のように返される向かいの席に座ったバルトルトの言葉にゆうりは一瞬キョトンとした表情を浮かべるが、すぐに無邪気な笑みを浮かべる。


「そっか……そうだね。 あーあ、残念! 驚かせるのには成功した後は、慌ててるバルトルトをからかいながら時間まで王都を走り回る予定だったのに!!」


 ガバリとバルトルトの拳を受けた頭の痛みに悶えていたブラッドフォードは、ゆうりの言葉の中で聞き流せない部分に反応して、再びゆうりへと詰め寄ろうとする。


「……ゆうり様?! まさか、私が偶然同乗することがなければバルトルトと密室に長時間二人っきりになるつもりだったので、がはっっ」


「下世話な想像をするんじゃない、この万年お花畑が!」


 だが、再びブラッドフォードはバルトルトの拳を頭に受けることになり撃沈するのだった……。




 バルトルトの拳を受けて撃沈していたブラッドフォードが意識を取り戻す頃には、馬車は無事にイスリアート公爵家へと到着していた。


「んじゃ、私はブラッドフォードの頭を冷やす用の雪だるまでも作ってるからさ、ここから先はバルトルト一人で行きなよ。」

「……わかりました。」


 悪戯をする時の笑みを浮かべたゆうりの表情に一抹の不安を覚えながらも、バルトルトは一人住み慣れた公爵家の玄関へと歩を進めていく。


 普段ならば帰宅した主を迎え入れるためにセバスチャンだけで無く数人の使用人の姿もあるはずが、今日はセバスチャンしか玄関ホールに姿は無かった。


 それを可笑しいとは思いながら、視線だけでセバスチャンへと問いかければニッコリとだけ微笑み、多くを語ることはなかった。


 バルトルトがマリーロゼやアイオリアと食事を囲む食堂へと促されるままに歩けば、セバスチャンに扉を開けて中に入るように告げられる。


「旦那様、お嬢様並びにお坊ちゃまより、是非旦那様自ら扉を開けて入ってきて欲しいと伝言です。」

「……そうか、分かった。」


 バルトルトは食堂に続く扉の取っ手を掴むと、一度眼を閉じて深呼吸をしてから手に力を込める。


「マリーロゼ、アイオリア、今帰った……」


 ガチャリと扉の開く音を何時にもまして大きく感じ、心臓を高鳴らせながら入ったバルトルトの視界には公爵家の料理長が作ったにしては多少形が歪ではあったが沢山の料理が飛びこんできた。


「これは……」


 驚きに眼を瞬かせるバルトルトの元へと、愛して止まないマリーロゼとアイオリアが近づいて来る。


「父上! お帰りなさい!!」

「お帰りなさいませ、お父様。」


「ただいま戻った……二人とも、この料理の数々はまさか……?」


 無表情ではあるが眼を瞬かせて驚くバルトルトへと、マリーロゼとアイオリアはニッコリと満面の笑みを浮かべ説明する。


「お姉様が教えて下さったのです。 お姉様の世界には、父の日という記念日があるのだと言うことを。」


「折角ゆうり様が教えて下さったので、いつも僕達のために多忙な仕事の合間を縫って少しでも一緒に過ごそうと努力してくれる父上に感謝の言葉を伝えたいと思ったんです!」


 マリーロゼとアイオリアは、桜に手伝って貰いながらリボンを結んだ一輪の向日葵をそれぞれバルトルトへと差し出す。


「いつもありがとうございます、お父様。……あの……少し照れてしまいますが、私はお父様が大好きですわ。」


「いつもありがとうございます! 僕も父上のことを尊敬していますし、大好きです! 何時か必ず、父上を手助けして……超えることが出来るような男になって見せますね!」


 どんよりと曇った雨空を吹き飛ばすかのように輝く二人の笑顔と言葉に、バルトルトの眼に熱いものが込み上げてくる。


「アリーロゼ……アイオリアっ……! ありがとうっっ……!!」


 頬に流れ落ちそうになる感動と喜びの入り交じった涙を堪え、しっかりと大切な子供達の身体を掻き抱いたバルトルトは心の中の激情に耐えるように震えていた。


 予想以上に喜んでくれたバルトルトの姿に安堵しながらマリーロゼとアイオリアも、涙を耐えて震える愛する父親の背中へと両手を回す。


 暫し、抱きしめ合った三人は微笑み合い、マリーロゼとアイオリアが作った夕食を囲む。


 一口、一口を噛みしめるように食べるバルトルトの姿に、益々マリーロゼとアイオリアの笑みも輝きを増していき、幸せそうな家族の団欒はしばらく続いたのだった。




 そんな幸せそうな家族の団欒を、食堂の窓の外にある木の枝に座り見守ることが出来た事にゆうりは満足そうな笑みを浮かべる。


「ゆうり様。」

「……ん。」


 木の下にいるブラッドフォードの己を呼ぶ声に反応したゆうりは、躊躇うことなく木の枝から飛び降りる。


 その身体を危なげなくブラッドフォードが受け止め、腕の中に閉じ込めてしまう。


「バルトルトに宣言したしさ、これ上げるね。」


 有言実行だよね、と力を使って小さな雪だるまを作り上げてブラッドフォードの頭の上へとゆうりは笑いながら乗せる。


「ありがとうございます、ゆうり様。……では、私も何かお返しをしなければなりませんね。」


 冷たい雪の感触に困ったような表情を浮かべたブラッドフォードだったが、ゆうりの身体を抱きしめた腕に更に力を込めて引き寄せる。


 ブラッドフォードの顔が近づいて来ることに、頬を染めたゆうりが言葉を発するよりも早く二人の影は重なり、しばらく離れることは無かったのだった……。




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