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父の日の贈り物 中編。


 灰色の空を背景に浮かび上がるように佇む白亜の王城の中で、国王であるエリオットは目の前に立つ無表情の宰相バルトルトへと頬を引き攣らせていた。


「陛下、此方が公共事業として提案されているいくつかの案件を纏めたものになります。 数日後に関係閣僚を呼んでの会議がありますので、それまでに頭に叩き込んで下さい。

 次に、これが今年の軍備予算案になっています。 近年は帝国との小競り合いもなりを潜めてはおりますが、万が一の場合に備えて十分な予算は必要かと。 だたし、削れる部分は徹底的に削り取る所存です。……少なくとも、とある騎士団長が修練場を使用する度に一部破壊され……破損が発見されるとのことです。 そこら辺を削りたいですね。後は……」


「待て、待ってくれっ! い、幾ら何でも全てを一度に言われては私も分からぬ!」


 息つく間もなく朗々と響き渡るバルトルトの言葉にエリオットは気圧されかけるが、意を決して制止の言葉を吐く。


「何を生温いことを仰っているのですか? 私はまだ二つの案件に関することしか報告しておりません。 無駄口を叩く暇があるならば、その脳みそに死ぬ気で刻み込んで下さい。」


 エリオットの慌てた様子で己を制止する言葉を鼻で笑ったバルトルトは、情け容赦なく言葉を続けようとする。


「え? 私が悪いのか?……っていうか……私、王様……」

「……陛下、おそらく今のバルトルトに何を言っても無駄です。 諦めて書き留めることをお薦めしますよ。」


 同じように宰相の執務室へと呼び出されて、止める間もなくエリオットとは逆に用件だけを簡潔に告げられたブラッドフォードだったが、その代わり山のような書類を手渡されてしまった。


「陛下であることなど百も承知。 他者の前ではそれなりの対応を致しますが、人目のない私的な場でまで私に敬われたいですか? 第一、敬って欲しいならば王妃に会いたいがために、しれっと面倒な仕事をまず私に捌かせる癖を直しなさい。」

「…………」


 絶対零度の眼差しで執務椅子に座る己を見下ろすバルトルトに、エリオットはぐうの音も出なくなる。


「……でも、バルトルトが此処まで陛下を急かして仕事をさせるなんて珍しいね。 いつもの君ならば、私に対しては似たようなことをするけれど、陛下に対してはあまりしないよね。」

「……確かに。 バルトルトが焦ったように仕事をするのは……子供が生まれた時と奥方が亡くなった時だけだったような……?」


 幼なじみ二人の視線を受けたバルトルトは暫し無言の抵抗とばかりに口を閉じていたが、ため息を一つ付いて致し方ないと、口を開く。


「マリーロゼとアイオリアが珍しく私と夕餉を共にしたいと言っているのです。 日頃そのようなことを言わぬ二人の小さな願いくらい叶えてやりたいと思ったまでです。」


 視線を反らして恥ずかしそうに……端から見れば無表情だが、そんな雰囲気を纏うバルトルトの言葉にエリオットとブラッドフォードは顔を見合わせる。


「そうか、良い子供達を持ったな。」

「一緒に夕餉を、か。 可愛らしい我が儘だね。」


「ふん!」


 微笑ましいものを見るように温かな笑みを浮かべた二人の幼なじみの言葉に、微かに頬を朱に染めたバルトルトは鼻を鳴らすのだった。



※※※※※※※※※※



「可愛い子供達との時間を奪う訳にはいかぬな。 普段からバルトルトは働き過ぎだから、至急の仕事だけを終わらせて少し早めに帰宅したらどうだ?」


 太陽が顔を出してからゆっくりと登城してくる他の貴族よりは、遥かに早く登城して仕事を捌き続けるバルトルトへと偶には早く帰ることを提案したエリオット。


 そのエリオットの言葉を有り難く受け取り鬼のように仕事を捌きバルトルトは、いつもより数時間以上早く帰路に付こうとしていた。


 ……だが、宰相の執務室を出る前に呼び寄せておけば、己が王城の玄関に付く頃には来ているはずのバルトルトが使用してる公爵家の馬車が倍以上の時間を待っても現れない。


「……こんな日に限って何をしているのだ……!」


 マリーロゼとアイオリアの元へと急いで帰りたいバルトルトを焦らすかのような出来事に、眉間に皺が寄り、不機嫌な雰囲気も相まって魔王と言われれば信じてしまいそうな形相となるバルトルト。


 周囲の貴族達は触らぬ神に祟り無し、と不機嫌な雰囲気を撒き散らすバルトルトを避けて移動していく。


 守備兵達も命の危険を感じ眼を合わせないように細心の注意を払い、周囲を通る貴族達も近付かないことでバルトルトを中心にして数メートルの空白地帯が産まれてしまう。


「……バルトルト、こんな所で何をしているんだい?」


 そんな鬼気迫った雰囲気のバルトルトの背後に声を掛ける勇者がいた。


「ブラッドフォードか。」


 ギロリと殺気だった眼で己を睨むバルトルトの眼光に、流石のブラッドフォードの頬も引き攣ってしまう。


「見ての通り馬車を待っているのだが……そろそろ歩いて帰ろうかと思っている。」


 大切な我が子達との約束を破ることになるのではないかと、気が気ではないバルトルトは徒歩で帰ることを考え始めていた。


「いや、流石にそれは……良かったら、私の家の馬車に乗るかい?」


 宰相であり、筆頭公爵家の当主である人物が徒歩で歩いて帰る姿を想像し、苦笑してしまったブラッドフォードは己の馬車に同乗しないかとバルトルトに問いかける。


「すまんが、そうさせてもらおう。」


 ブラッドフォードの問いかけに、一瞬たりとも躊躇うこと無くバルトルトは愛する子供達との約束を守るために即決した。


 余りの潔いバルトルトの決断に微笑を浮かべたブラッドフォードの馬車に同乗しようとした時、二人の元を目指して一台の馬車が向かって来た。


「……あれは……どうやら、我が家の馬車…の……よう……」


 近づいて来る見慣れた形と色にやっと来たか、とため息を付けば、徐々に近付いて来たイスリアート公爵家の馬車の変わり果てた姿に二人だけでなく、周囲の貴族達も絶句する。


「……バルトルト……お、思いきったことをしたね……」


 バルトルトの目の前で止まった馬車を側にいたことで、間近で目撃することになったブラッドフォード。


 思わず変わってしまったとしか言えない幼馴染みの趣味嗜好に、その側を離れようとしてしまう……が、背を向けたブラッドフォードの服をグワシッと掴んだ者がいた。


「何処へ行くつもりだ、ブラッドフォード?」


 ギリギリと死なば諸共とブラッドフォードを掴んだ手に握力を籠めるバルトルト。


「……すまない、バルトルト。 どうやら忘れ物をしたようだから、ちょっと取りに戻ってくるよっっ!」


 笑顔を浮かべてはいるが、額に流れる一筋の汗が心情を物語っているブラッドフォードはバルトルトの手を外そうと試みる。


 無言の攻防を繰り広げる原因となった変わり果てた馬車は、良くも悪くも人目に付きすぎる物だった。



 衆人の注目を浴びている公爵家の馬車は形や作りが大きく変わっている訳ではなかった。


 しかし、黒塗りの馬車の側面にはデフォルメされたことで分かりにくくされているが、親しい者達にはマリーロゼやアイオリア、そして今は亡きセレナーデの姿と分かる絵が色鮮やかに描かれていた。


 それだけならば、ブラッドフォードは他人の振りをしようとバルトルトに背を向ける事は無かったかもしれない。


 ……だが、悪目立ちする要因は馬車に描かれた絵だけではなく……それを引っ張る本来は“馬”の存在する場所にあった。


 其処にいたのは、馬車に繋がる注連縄(しめなわ)のような荒縄を担ぎ馬の被り物をした仁王像の如き体躯の持ち主……即ち桔梗の可愛い“激・黒鋼漢(くろがねおとこ)団”の双璧を為すエリザベスとジョセフィーヌだったのだ。



 そんな悪目立ちしまくる、誰の仕業か想像に難くない馬車に約束を守るためにも関わりたくないバルトルトは、ブラッドフォードを盾にすることを選んだ。


 ゆうりの仕業であるならば喜んで関わっていくものの、“激・黒鋼漢(くろがねおとこ)団”の姿を見た時点でもう一人のトラブルメーカーお仕業だと判断したブラッドフォードは逃げの一手を選択する。


 無言の攻防を展開する二人……だが、そんな二人の頭上に影が差し逞しい腕が二人の肩を掴む。


 バルトルトとブラッドフォードが、ビクリと身体を震わせて恐る恐る後ろを振り向けば……


「「じょいやっさっっ!!」」


 白い歯を光らせたエリザベスとジョセフィーヌがやる気に満ちた掛け声を上げ、馬車の中目掛けて二人を投げ付け、音もなく開いた馬車の扉の中に二人は悲痛な悲鳴を上げながら吸い込まれてしまう。


 バルトルトとブラッドフォードを回収したエリザベスとジョセフィーヌはしっかりと注連縄を手に掴み、地響きを響かせ、土煙を上げながら一路イスリアート公爵家を目指して何事もなかったように走り出す。



 嵐が過ぎ去った後に残された貴族や兵達は、呆然とした面持ちで馬車を見送るしかなかったのだった。




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