父の日の贈り物 前編。
いつもありがとうございます。
今回は、父の日記念と言うことでよろしくお願いします。
ここ数日の王都は、晴れ渡った青空が広がることはなくシトシトと雨が降り続いていた。
イスリアート公爵家の窓から見える庭には、色とりどりの紫陽花や白い梔子の花が咲き乱れている。
「雨が止みませんね、姉上。」
どんよりと曇った灰色の空を公爵家の書庫にある窓から眺めるアイオリアは、つまらなそうな表情を浮かべてため息を付く。
「そうね、アイオリア。 私も太陽が恋しいですわ。 でも、雨も降らなければ作物は育ちませんもの。」
弟の声に読んでいた本から顔を上げたマリーロゼは、恵みの雨と言うものなのでしょうね、と微笑を浮かべ応える。
「……でも、もう三日も太陽を見ていません。 一度に沢山雨が降るのは危険ですが、少しずつ降り続けるのもどうかと思います。」
「ふふ……アイオリアは柊様と剣の稽古や乗馬がしたくて、ウズウズしているのね。」
ムウッと唇を尖らせて空を見詰めるアイオリアの姿に、マリーロゼは小さな笑い声を漏らしてしまう。
「姉上、笑うなんて酷いです。 本を読んだり、勉学に励むのは嫌いでは有りませんが、このままではカビが生えてしまいそうです!」
「うふふ……アイオリアにカビが生えてしまったら困ってしまうわ。」
クスクスと笑うマリーロゼに、釣られるようにイオリアも一緒に笑みを溢す。
「……あはっ! だったら、私が晴れにして来ようか?」
書庫の一角に設けられている専用の絨毯や枕の用意された場所で、静かに寝息を立てていたはずのゆうりが姉弟の会話を聴いて提案する。
んーっ、と寝ていたことで固まった筋肉を解すように伸びをする白い狼姿のゆうりは、尻尾を振りながらマリーロゼ達へと近付いていく。
「ゆうり様、本当ですか!」
「あったぼうよっ! このゆうり様に掛かれば雨雲の一つや二つ、ほほいのホイっだよ!!」
輝かんばかりの笑顔を浮かべたアイオリアへと、ゆうりは器用にも狼の姿のままで胸を張り、任せろと前足で胸を叩く。
「お姉様、それはダメですわ。」
だが、マリーロゼの冷静な一言によってゆうりは善は急げとばかりに駆け出しそうになっていた足を止める。
「えっ?! なんで? だって、マリーロゼだって太陽が恋しいんでしょう?」
キョトンッとした表情を浮かべたゆうりは、マリーロゼを見上げて首を傾げてしまう。
「私達を喜ばそうとしてくれるお姉様のお気持ちは、とても嬉しゅうございます。
ですが、私達だけのために作物を育てている民から恵みの雨を奪う訳には参りませんわ。」
「……そっか……そうだね。」
「……姉上の言う通りです。 僕も思慮が足りませんでした。」
困ったような笑みを浮かべたマリーロゼの言葉にゆうりは残念そうな表情を浮かべ、アイオリアは落ち込んでしまう。
シュンと肩を落として元気を無くしてしまったアイオリアの姿を見たゆうりは、天気以外のことで何か気分転換になるような事は無いかを考える。
「(……雨が降ってたら外で遊ぶのは無理だし……まあ、フェリシアへと移動すれば年中無休で天気は良いけど。 んー、雨か……雨と言えば梅雨だよね。スピリアル王国には日本みたいなジメッとした梅雨は無いけど、雨が降りやすい時期はあるもんね。)」
雨から連想できるものを考え続けていたゆうりは、六月にある一つの記念日の存在を思い出す。
「あはー。 良いことを思い出しちゃった!」
唸りながら何かを考え続けていたゆうりの言葉に、マリーロゼとアイオリアの注目が集まる。
「お姉様、どうなさいましたの?」
「良いこととは何ですか、ゆうり様?」
小首を傾げるマリーロゼと、落ち込んでいたはずがゆうりの言葉に好奇心に眼を輝かせたアイオリアが疑問の声を上げる。
「ねえ、二人とも……ドッキリを仕掛けるつもりはないかな?」
悪戯っ子な笑みを浮かべたゆうりの言葉に耳を傾けた二人は、その内容に笑顔を浮かべて頷くのだった。
※※※※※※※※※※
ゆうりや雛菊に安眠を妨害されることなく安らかに眠ることが出来たバルトルトは、いつもと変わらず愛娘と愛息子に見送られ、馬車で王城へと向かっていた。
「(……毎朝、可愛い子供達に見送られて仕事に行けるとは何と幸せなことだろう。 私が、決して得ることなど出来ぬと思っていた夢その物ではないか!)」
バルトルトの乗った馬車を見送り、手を振ってくれる大切な子供達の存在に表情は変わることは無いものの、その背に花が浮かんだ幸せそうな雰囲気を纏うバルトルト。
「(……だが、二人は滅多に私へと我が儘を言うことはないのに、珍しく二人揃って夕餉を共にしたいとは……いや、喜ばしく、嬉しすぎることなのだが……。
ふむ、何かの記念日だったろうか?……二人の誕生日では無いし、私の誕生日でもない。……母である彼女たちの誕生日でもない……考え過ぎか?)」
可愛い子供達の突然の可愛いお願いにバルトルトの表情筋は微かに、本当に微かに緩む。
バルトルトは可愛い我が子と一緒に過ごす夕餉を楽しみにしながら、一路王城へと向かい馬車に揺られるのだった。
バルトルトの乗った馬車を笑顔で見送ったマリーロゼとアイオリアは、顔を見合わせて微笑み合う。
「行きましたね、姉上。」
「そうですわね、アイオリア。」
微笑み合った二人が背後を振り向けば、すでに白い狼姿で尻尾をぶんぶんと振り回すゆうりと、静かに佇む桜の姿が有った。
「お姉様、桜さん、今日はよろしくお願いします。」
「僕も頑張りますので、ゆうり様、桜様、よろしくお願いします。」
頭を下げる二人にゆうりと桜も笑みを浮かべる。
「あは! 絶対にバルトルトは喜ぶと思うよ!」
「ふふ、そうですね。 可愛い子供達からの贈り物ですもの。 喜ばない方が可笑しいと思います。」
ゆうりと桜の言葉を受けて、益々嬉しそうに笑うマリーロゼとアイオリア。
「では、お姉様。 お父様がもしも予定より早く帰って来られようとされた場合は、足止めをお願い致します。」
「……うん……微妙に納得いかないけどさ、頑張る。」
マリーロゼの側にいるつもりだったが、とある理由により足止め役の方を任されることになったゆうりは少しだけ納得のいかない表情を浮かべている。
「お母様は……その……向き不向きも有りますし、おそらく足止め役の方が楽しいのではないかと思います……。」
「……桜、頑張って私を元気付けようとしてくれるのは嬉しいけど……私だってそっち方面では全く戦力にならないことくらい自覚してるからね。」
己を励まそうとする桜の言葉に、ゆうりはため息を付く。
「苦手なことって誰にでもあると思います。 僕も、どうしても絵を描くことだけは苦手です。」
「……多分、アイオリアが想像してる苦手を超えてる気がする。」
純粋な笑顔を浮かべたアイオリアの言葉にゆうりは自分の腕前を客観的に考え、思わず視線を反らしてしまう。
「お姉様のお陰でいつも宰相としての仕事だけでなく、私達と少しでも関わろうとして下さるお父様に喜んで頂けることが出来るのですもの。 こんな素敵な記念日を教えて下さった大切なお姉様には、心から感謝しておりますわ。」
元気を無くした尻尾と、ぺたんと垂れてしまった耳がゆうりの気持ちを如実に表す。
そんなゆうりに視線を合わせるために目の前に屈んだマリーロゼは、心より感謝しているのだと気持ちを伝える。
「マリーロゼぇぇぇっっ!!
うん! 私もマリーロゼが大切だし、大好きだからねっ! だから、足止め役を全身全霊を懸けて全力で頑張る!!」
「え?ちょ、お姉様?!全身全霊とは何をなさるおつ……行ってしまいましたわ……。」
マリーロゼの言葉に元気を取り戻したゆうりは、喜び勇んでバルトルトを監視するために行動を開始する。
元気を取り戻しすぎたゆうりの言動に嫌な予感を覚えつつも、マリーロゼと桜は苦笑いをして見送り、アイオリアもゆうりが元気を取り戻して良かったと笑みを浮かべるのだった。




