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1つの悲恋  作者: ボッコちゃん
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⒉女

「女」視点です。

私の中にはもう一人の自分がいる



ずっと深いところで、彼女は今も眠り続けている







あれはいつ頃だったか、月の綺麗な夜だった。

ふいに目の前に真っ白な光が見えたかと思うと、私はその光にすっぽり包み込まれていた。

不思議なことに私はその奇怪な状況にあっても叫ぶことはなかった。

むしろその光が懐かしいように思えたほどで。


そして、彼に出会ったのだ。

真っ白な翼を持つ、穢れを知らぬ少年のような笑顔で私を見つめる彼に。


「やっと見つけた」


そう言って、ちょっと泣きそうな顔で彼は私を抱きしめた。



彼の話によると、人間の"私"になる前、私は天使だったのだそうだ。

天使の私と彼はずっと長い時を共に過ごした恋人同士だったらしい。

しかし輪廻転生の理に倣い、私の魂は全ての記憶を忘れて人間としての新しい時間を歩き始めた。


しかし、彼には耐えられなかった。

最愛の恋人を失い、彼は彼女の魂を追ってここまで来たのだそうだ。


そして、私を見つけた。


住む世界が違う人間と天使が結ばれることはない。

それでも彼は構わないと言った。

ただ私がそばに居て、彼を愛しているだけで良い。

私がいつか年老いて死んだ時、魂だけの姿になった私は彼とともに過ごすことが出来るのだと言った。



私が彼を愛するのに、そう多くの時間は必要なかった。

彼の、真っ直ぐ私に向かってくる愛は心地よく、愛さずにいろという方が無理だった。


私は彼に出会えて幸せだった。




そう、私は幸せだった。


気づかなければ、幸せなままで彼を愛することが出来たのに。





彼が愛しているのは私ではなかった。

私の魂のずっと深いところで眠っている、天使の時の私を愛しているのだ。


彼はいつも、天使であった時の私の名前で愛してると私に囁く。

彼と出会った時から、私は自分の名前で呼ばれたことがない。

私がずっと勘違いをしていただけなのだ。

愛していると囁かれ、口付けられて勘違いをしていた。


彼の愛が自分に向いているのだと。


気付いた途端、目の前の全てが薄い靄の中にあるように見えた。

その靄の中で、黒い影が私を見ているのに気付いた。


黒い影は死神だった。

魂を天国へ導く天使の対極に位置し、魂を地獄へ誘う死神だ。





その日、空は分厚い雲で覆われていた。

突然目の前に、あの黒い影が現れた。

何故か死神の登場に驚きはしなかった。


「私を殺しに来たの?」


そう問うと、死神はいや、と頭を振った。


「死神は人間に直接手は下さない」

そんなことすれば俺の首がとぶ、と言った。


殺しに来たのではないのか。

そう思うと、少しがっかりした。


私はもう疲れていた。

苦しい恋を続けることに。


それならいっそ、この命を経ってしまった方がいいんじゃないかと考えるようになった。

そうすれば私の魂は彼と共に生きていける。


彼の望みがようやく叶う。


しかし、ふと思った。

本当にそうなのだろうか。


「ねぇ、死んで魂のみになったとき、魂の記憶は”私”のままなの?」

私は死神に聞いてみた。

もちろんそうだと死神は答えた。


「よかったな、これであの天使はお前のものだぞ」

そう言って死神は不敵に笑った。


「冗談はやめて。だってあなたは私の魂を地獄へ誘いに来たんでしょう?」

もちろんそうだと死神は答えた。


「あそこは良いぞ、過酷すぎて余計な事を考えずに済む」

死神は笑ったままそう言った。


それは魅力的だ。

何も考えずに済むなら私は今すぐにラクになれる。

でも私は地獄へ行く訳にはいかない。


「そんなことしたら彼が泣いちゃうじゃない」

そう言って笑ってみせると、「それは見ものだな」と死神も笑った。



死んだ後の魂の記憶は私のままだと、死神は言った……それではダメだ。

彼の求める魂は、”私”ではないから。


ならば、私のやるべきことは一つしかない。





空は未だに分厚い雲で覆われている。

それを仰ぎ見ながら私は死神に向かってある頼み事をした。



「     」



死神はじっと私を見据えたまま、小さく頷いた。






しばらくすると、空を厚く覆っていた雲が流れて月が顔を出した。

白い光が私を包んだあの日のような月が。


もう迷いはなかった。

最愛の彼に最後の贈り物をしよう。

私の中で眠り続ける彼女をよび起こそう。


それが私の愛した天使の"幸せ"だから。




「ねぇ、いつまで寝こけてるのよ。私の体をあげるから、早く起きて彼を抱きしめてあげて……」





ーーそして、幸せにしてあげて





そう言ったつもりだったけど、"私"の言葉はもう声にならなかった。


暖かい光の中に、"私"は溶け込んで消えていった。
















































ーー暗い深淵から、急激に意識が浮上するのを感じたーー














最初に目に飛び込んできたのは、柔らかな光を放つ月だった。


同時に、激しい頭痛に襲われた。

唐突に頭に流れ込んでくる"私"の情報。


そして私は全てを理解した。

自分が誰なのか、"私"が誰なのか、何が起こったのか。


「…あなたはそれで良かったの?」

私の問いに答えるものは何もなかった。


否、答えを聞く必要もない。

私には彼女の想いが痛いほどに溢れているのだから。

彼女は彼の幸せを願って、決断を下した。

それが全てだ。



頬に暖かい涙が伝っていった。

私のものか彼女のものなのか、それすらも解らない。

自分の中のどこにも、もう彼女の痕跡は見当たらなかった。


「よぅ、久しぶりだな、天使サン」


振り返ると、死神が此方を見ていた。


「"あいつ"の記憶はあんのか?」


"あいつ"とは彼女のことだろう。

私は頷いて死神に近づいた。


「全て知っています。……彼女があなたに頼んだことも」


そうか、と言って死神は背に背負っている大きな鎌に手をかけた。

「……あいつの意思は、お前の意思であると思っていいか」


私は目を閉じて、彼女を想った。



「はい。…彼女の望みは私の望みです。」



目を開けると、死神の振りかざした鎌が月の光を弾いて白く輝いていた。

その刃に映りこんだ私の顔は、静かに微笑んでいた。


私には、それが彼女の微笑みに見えた。






気がつくと、私は魂のみの姿となって、眼下で横たわる私と"私"の身体を見降ろしていた。

すでに死神の姿はなく、私は呆然とその場に漂っていた。




暫くそうしていると、ふいに名前を呼ばれた。


この声はよく知っている。

ずっと大好きだった、私の最愛の人。


彼の呼んだ名は、昔の私の名だ。

彼女をずっと苦しめ続けた私の名だ。


振り向いた瞬間抱きしめられた。

だから私も彼を抱きしめ返した。


それが彼女の望みだから。





彼の胸にうずめていた顔を上げると、彼越しに見える彼の白い翼が、月光の影になっていた。


私には、それはひどく醜い色に見えた。




そして、自分にも同じような翼が生えてくるのを感じ、私は静かに目を閉じた。


何度も何度も涙が溢れた。



ここまで読んで下さりありがとうございます。

次の「死神」視点で終わりです。よろしければそちらもご覧下さい。

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