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彩盗じゅうにひとえ

作者: kazae

 和の色が、好き。

 春はあけぼの、夏は夜。

 明るい紅色、深い藍。

 秋の夕暮れ。冬の雪。

 千年前の人達は、一体、どんな色を見てたんだろう。

 小袿、狩衣、水干、束帯、女房装束。

 繰り広げられる平安絵巻。


 今宵も宵闇うつろえば、逢魔が時の橙色。

 さて、ここからは私の時間。

 現世うつしよを飾る鮮やかな彩、この手で盗むといたしましょう。

 身にまとうは、千年前の都を守っていた、鳳凰の羽。

 そして、目に映る美しいものを手に入れる。

 

 名前は決まってないけれど、私のことは便宜上、こう呼ばれる。


 “彩盗十二単”と。



                   *




 放課後のんびり午後6時。

 乾いた空気とアスファルト。部活動生にぎやかに、西日傾く校地内。

 重い布地の制服スカートも、この時間の開放感にはやや足取りも軽くなる。

 遊びに行くわけじゃないけれど、教室に座ってるよりはいくらかまし。

 おっと、こうしちゃいられない。急げ急げ。

 元は茶道部だったか書道部だったか忘れたけれど、今は使われてない、畳張りのこじんまりした部室。

 足を運んでくる生徒はほとんどいない。

 なぜなら、今部室として使っている、「百人一首部」の部員が私一人しかいないから!

 って、そんなこと、なんの自慢にもなりゃしないんだけど。

 おかげで、そこそこ便利に使わせてもらってますよ。


「あーもう、委員会の集まりもあるっつーに。なんでこんなときにも逐一通ってこなきゃいけないかなー。あの横暴な変体ナルシス教師めっ」


 小声でぶつぶつぼやきながら、片手に握ったままの、補習のテキスト振り回す。

 夏から秋に移りかけの季節の、さらっとした風が、背中の髪をかき乱す。

 腰まである真っ直ぐな黒髪は、この私、清原鏡佳には、ちょっとばかり自慢です。

 いまどきの女子高生スタイルとしては珍しいと、我ながら思う。縮毛もしてないのよ。

 

 一応私、学校ではおとなしめの優等生キャラで通ってんだけどな。

 補習の英単語テストさぼって、教師に対して悪態つくとか、ないわー。少なくとも人目があったら、心の声を言葉にはしていない。


 「さーて今日の呼び出しは何かな~、あいつ、面倒ごと持ってこなきゃいいんだけど」

 

 少なくともこんな言葉遣い、教師相手に使う口調じゃないですね。敬語の重みが薄れていると言われる現代っ子の私でも、その程度の上下関係は心得てますよ。

 でも、あいつをはたして、教師と認識していいのかどうか。

 あいつ、一応ここでは高校教師を気取っていても、本職は全然違うからねぇ。古文担当、竹酉昌樹。

 裏の顔ともしっかりつき合わされてる私としては、軽口や悪態の一つや二つもつきたくなりますよ。

 

 さてと。

 傾いた橙色の陽射し差し込む畳の一室。

 古ぼけた和室の匂い、やや埃っぽい空気。

 床の間にかかってある掛け軸を、おもむろにペラリとめくると、

 そこにはびっくり、隠し扉。

 さっき言った、ニセ教師の竹酉昌樹の仕業です。

 赴任してきたときに勝手に改造したのよね。奴の「秘密基地」の入り口をここにつなげちゃうためにさ。

 

 よし。ここからが、私の放課後のお仕事の、はじまりはじまり。





                    *





 「あ、鏡佳ちゃんきたきた、おつかれー、遅かったね、アイス食べる?」


 隠し扉をあけて繋がってる、螺旋階段を下るとそこには。

 博物館の倉庫みたいな場所と繋がってます。

 まー、中にはちゃんとこんなふうにきちんとした部屋に作ってるとこもあるんだけどね。

 一歩入ったとたん、パソコンのデスクの前に座っていた男が、くるりと椅子の向きをかえて手を振った。

 見た目、二三、四頃。ちょっと茶色がかった髪と、ジャニーズばりのイケメン顔。かえって警戒したくなるほどの愛想のいい笑顔。そして甘党。

 こいつが私の『上司』の竹酉昌樹。

 にしてもくつろぎすぎだろう竹酉。まるで自分の部屋ですかい。


「先生、あいかわらずアイス食べてんの」 

「いやぁはっはっは。どーしても甘いものが食べたくなるんだ」


 スーツ姿で後ろ向きに椅子に座り、ひらひらと手を振っている。

 これでも今年25歳(本人談)。


「何ー、今日は居残り?」

「学生は学生で忙しいのよ」


 絡まれると面倒くさいから、さらりと流しておく。そして視線はきょろきょろと室内を走らせる。

 だらだらと雑談しに来たわけじゃないんだってば。


「ほーちゃん元気?」

「おー。いつもどおりだよ」 


 お、いたいた。

 鳥かごの中にいるちっちゃな鳥。

 つやつやの黄色の羽毛。頭のてっぺんは、孔雀みたいな冠毛。首から胸、尾には、少し虹色がかった羽。

 そして、黒いちょんちょんとした二つの眼の、マヌケな寝ぼけ顔。


 実はコレ、『鳳凰』の雛鳥なのですよ。私が今子育て中。

 この子にえさを与えるのが、私の役目。

 えさといっても、米粒とか粟とか稗とかじゃないの(あげたら食べるけど)。

 ましてやアイスとかじゃないよ。

 そんなありふれた安っぽいえさじゃ、この子は金色の翼を広げてはくれない。


 鳳凰と呼ばれる生き物を育てるえさは、


 『色』なんだ。


 この目に映る光の波長。

 深紅、萌黄、蘇芳、梔子、刈安、藍、縹、紫紺。

 できれば古く大和に伝わる色がいい。

 雛鳥の目に美しい色彩が入れば、彼の羽は精気を宿して輝き始める。

  

 この雛を、成獣になるまで育て上げるのが、私の役目。 


「さてさて、そんなことより今日のお呼び出しだけど、何かいーもの見つかったの、先生」

「お、こっちこっち」


 竹酉先生は、すぐさまパソコンに向き直る。


「お宝のうち、あと何が見つかってないんだっけ」

「待って、今すぐ閲覧しやすいようにデータ並べるから」


 画面に並ぶ、いくつかの写真。

 つやつやの蒼い瓶だったり、金の輪っかだったり、翠色の珠だったり。鮮やかな着物だったり。

 これこれ。

 私たちが探している、鳳凰のえさ候補。


 国宝と呼ばれる代物。

 私達はこういったものを、こっそり盗・・・・じゃなくて、こっそり借りてきて、雛鳥ちゃんに見せてるの。愛称は「ほーちゃん」。(いいじゃないホウオウだとちょっと呼びにくかっただけで)

 ここにいる竹酉先生が、私の指南役。

 もとい、私をいろいろこういった秘密組織に引っ張り込んで強制参加させた、陰の黒幕とも言う。


 変な話だけど、鳳凰の雛を育てるのが、国家機密なのよ。

 ただし、もちろん公にできないから、こうして隠れてやってるんだけど。先生だって、紛れも無く公務員だし(私だって最初は全然信用しなかった)、この秘密基地も、文部科学省の何とかってところから費用だしてもらってるんだっけ。(税金・・・?)


 私が、鳳凰のために集める国宝も、学芸員として管理していることになってる。

 ・・・というのも、こっそりやってるんで、なかなかそうとはいえないんだけど。 

 そうして代わりに、私についたわかりやすくて呼びやすいコードネームが。

 『怪盗』。

 おおう、るぱん・ざ・さぁぁぁぁど!(違う)

「で、五重塔の金飾りを盗んできてほしいんだけど」

「ひゃー、そんなもんとってきちゃっていいの」


 まだまだ国で正式に管理されてない、国宝級のお宝なんてごろごろあるらしいよ。

 国宝ねぇ・・・。よく資料集なんかで見るのはボロボロの骨董品ばかりだけどね。

 その中でも選りすぐりの一品だけが、雛を大きくするんだろうな。


「問題はねぇ・・・“源氏”が動き出したみたいなんだよ」


 ぎく。

 のんびりと口に含んでいたお抹茶が、少しだけ苦くなる。

 

 源氏ってのは、私達がちょっとだけ危険視してる連中なのね。

 私達以外にも、同じような目的で動いてる組織があるの。

 異なってるのは、私達は隠れてこそこそやってる公共団体で(隠れてやってるのに公共って一体・・・)、彼らは私財団。

 

 お互いに有利・不利な点があるのはどっちもどっちなんだけど、動きにくいったらありゃしない。  


「めんどくさー、またお宝取り合いになっちゃうの? 早い者勝ち?」

「そういわないでさぁ、鳳凰のために頑張ってくれよ」


 うんざりした顔をする私を、ちょぽんと黒い二つの瞳が見ている。

 このマヌケな顔を見てると、コレが本当に伝説の瑞獣に育つのかなって思う。

 ヒヨコだよね、どー見てもヒヨコなんだけど。

 このヒヨコが鳳凰だよ鳳凰。苦笑いしちゃう。

 平等院金色堂の鳳凰。一万円札の裏に印刷されてる鳳凰。

 手塚治虫の火の鳥の鳳凰。・・・いや、火の鳥は違うか? まぁ同じようなもんか。

 あ、なんだか無性に、チキンラーメン食べたくなってきた。


「そうだぞ鏡佳、我が麗しき羽の為に、しっかり働いてたもれ」


 半分上の空になってた私のすぐ傍から、低くて偉そうな声がする。

 一瞬瞬きをした隙に、そこに鳳凰の雛はいなかった。

 代わりに立っていたのは、裾の長い衣を引きずった、暑そうな長い髪の男の人。ちなみに、テライケメン。


「うわぁ、ほーちゃん、そのかっこ久しぶり」

「人の姿になっているときは、その呼び名はやめい。調子が狂うわ」

 映画俳優もびっくりってほどの、整った鼻筋、キリッとした眉間、涼しげな目元、皮肉っぽい笑みの口元。陶器のような肌。モデルか! ってつっこみたくなるような、すらりと華奢で、それでいて凛々しさも醸し出す体つき。

 さっきまでのマヌケ顔のヒヨコがなんとこの人なんですぜ。

 鳳凰の魔力だか霊力だか知らないけど、ある程度限られた時間だけ、こうして人の姿になれるんだって。

 ちなみに、一日一回3分まで。うーん、やっぱりチキンラーメン食べたくなる。


「やー、なんかそのかっこで話すの久しぶりな気するねぇー。前に話したのいつだっけ、先月ぶり? 相変わらず男前じゃないのさ。ほーちゃん、アイス食べるー? 先生のだけど」

「ふん、貴様のたわごとなど聞いていても退屈しのぎにすらならぬ」


 かーっ、鼻で笑われちゃったよ。可愛くないですね。なんでこいつ、人になると性格がらりと変わるかなぁ。

 あの鳥の姿だとやっぱり脳みそちょこっとしか入ってないから・・・とと、んなこと言うと絶対怒る。マジ怒られる。あの鳥の姿から考えられないほど、わがままでプライド高いから、こいつ。


「忘れては無かろうな、鏡佳。このままでは大和は藤原氏一族にのっとられてしまうのだぞ。千年前のようにな」


 はい。ここで、日本史の勉強。

 平安時代、藤原道長を筆頭とした藤原一族が、平安王朝に君臨してたのは有名な話。

 実は、藤原一族は当時、鳳凰を飼っていたのだ。

 成長した鳳凰は、宝の在処を教えるという。それで、計り知れない財力と権力を手にしていた藤原氏。天皇でさえ逆らえない。

 

 そんな藤原一族が、この平成のご時世に再度日本を意のままにしようなんて。

 

 いや、正直、笑っちゃうなぁぐらいにしか思ってないけど。

 個人的な意見としては、今の無責任にころころ首相変わってばかりの政治家連中にまかせとくよりは、ある程度野心と理想を持ってる奴らに任せてたほうが、もう少し世の中まともになるんじゃないかなぁとか。

 ・・・・・だめか、そんなこと言ってちゃ。


 鳳凰が財宝を導くなんて、確かにちょっと、胸がわくわくするような話だし。宝くじみたいなつもりで夢をかけてみたくもなるよ、多分ね。


「鏡佳! “紫”からメールが来てる!」

 おおお?

 ぼんやりと考え事してた私へと、先生の唐突な声が投げかけられる。

 示されたパソコンの画面を覗くと、そこには、わかりやすくて簡潔な一文。


『 五重塔にて、鳳の雛鳥を連れて来られたし。  紫 』


 流れる草書の文字の一文。

 メールなのにわざわざフォント指定して、草書体にしているのは、遊びなのかこだわりなのか、何なのか。理解できないなぁ。 

 

 “紫”。

 この名前にも、多少の因縁感じるなぁ。

 千年前の鳳凰の、かつての主人と同じ名前。


「うわー・・・、何、先生、こっちの情報また筒抜けなんじゃない? 五重塔とか、もう完全にこっちの行動先読みされてんじゃん」

「悔しいけど、それだけ向こうの育ててる鳳凰の成長が早いんだろうよ」  


 鳳凰というのは、本来、雌雄一対で一羽を意味する。

 紫を名乗るのは、源氏・・・まぁ、藤原一族とそれにくっついてる連中をひっくるめてこう呼んでるんだけど・・・・。の、一人で、鳳凰の雌を飼っている。


 負けられない。

 私は私の宝を守りたい。


「鳳凰の雛、奪い取られないように気をつけてね」


 先生が言うけれども、そんなの、わざわざ注意されなくても、百も承知。







                  *





 立待月の十七夜。

 ひんやりとした夜風が私を撫でる。


 いきなりですが、今、五重塔の屋根の上にいます。

 仕方ないでしょ。この屋根のてっぺんに目的の金飾りがあるんだから。


 なんでこんなところに置くかなー。

 金のシャチホコみたいなものなんだろうか。


 子の刻の暗闇にまぎれて、金張りの重要文化財の上にやってきました。

 たいして運動神経の無い私だけど、この格好のときはかなり人間離れした行動したって平気なのよ。

 今着てるのは、鳳凰の羽を織り込んだ着物。

 着物と言っても、動きやすいように袖を短く切り上げて、インナーの上から羽織っただけみたいなものなんだけどね。これを着てると、文字通り、羽みたいに体が軽くなるから不思議。


「さてと、ほーちゃん、ちゃんとお宝探してよー・・・あんたが頼りなんだからね」


 もぞもぞ動いている懐に小声で話しかける。ちゃんと連れてきたよ、ほーちゃんも。

 紫のメールで指定されたからというわけではない。場所がわかりにくいお宝を探すとき、この子が先に在所を察知してくれるときがあるから、お宝探しのときは手っ取り早いんだ。

 ましてや、なるべく面倒に巻き込まれずに早めに仕事を切り上げたいときには、特にね。


 それにしても。

 連中が、こっちが次に探してるお宝のことを把握してるのは、まぁなんとなくわかる。今の鳳凰の雛の成長段階とか在所がある程度確定できるお宝とか、そういう情報を並べれば、こっちの行動パターンぐらいすぐ見透かされてしまうだろう。

 別にそれはいいんだけど、今回のあのメールは何だぁ?

 向こうが、こっちの育ててる鳳凰の雛も手に入れたがってるのは、承知してる。

 先回りして何か罠を仕掛けて、こっちの鳳凰を奪い取るつもりならば、わざわざ連絡なんかしなくても、勝手に仕掛けてくればいいはずだ。

 来られたし、なんて言われちゃったけど、できればややこしい衝突は避けたいんだけどな。

 こっちとしては、金飾りが見つかればそれでいいし、好きにさせてもらいますよ。


 なんて思ってたちょうどそのとき。

 ふわりと、雅な香の薫りが夜風の中に漂った。


 わお。まるで夜空の月のよう。姿が見えないと思っても、必ずこちらを把握して追いかけてくるのね。


「ごきげんよう鏡佳様」


 薄曇りの藍色の闇を背景にして、浮かび上がるかのように、、色鮮やかな錦の着物をまとった美女の姿が現れる。

 おぼろげな月明かりしかない暗闇なのに、美女かどうか見えねーだろって、普通は思うところだろうけど、美女なんだコレが。不思議なことに、どんなところに現れようとも、彼女の圧倒的な存在感が、そう見せてしまうのだ。残念ながら。色こそみえね、というやつだろうか。いや、着物の色が派手なせいもあるけど。


「おぼろなる夜闇も、待ち人来たると思えばさやけしものですわね」


 妖艶に微笑む唇をひとたび開けば、こぼれてくるのは、琴を弾くような高い声音。

 この声聞いてると、頭がキンと痛くなりそう。

 彼女の名前は、華鳥。本来、個としてのはないだろうけど、紫がつけた呼び名だ。

 人の姿で現れたけども、彼女が、雌の鳳凰。

 長い黒髪を高く結って背に流した姿。着物は紅梅色。

 白磁の肌の、彫刻のように整った顔立ち。

 怖いぐらいに大きな瞳をした眼と、魅惑の唇。

 そしてこの、琴の声音。


「今日こそ、わたくしのはらからを返してくださらないかしら」


 はらからと呼ぶのは、私のもとの、鳳凰の雄の雛鳥のこと。

この世に二匹しかいない鳳凰だから、仲間と呼ぶのは当然だろうけど、さも当たり前のように向こうの所有物のような言い方をされるのは面白くない。


 こっちの鳳凰・・・ほーちゃんの人姿と話しててもそうは思わないけど、明らかに人間離れしたオーラには、かなり威圧感を感じる。悔しいけれども。

 欠けた月を背景に、彼女の姿は一服の絵のようだ。

 こんなのが唐突に現れたら、立ったまま夢を見てるか、あるいは幽霊に会ったと思うかもしれない。うう、幽霊とかそういうの超苦手。 


「・・・今日は紫は一緒じゃなかったの?」


 露骨に嫌な顔してみせながら返事をすると、彼女は、ふふんと高飛車に笑った。


「わたくしが主無しで動いていると、何かそちらにご不都合でも?」


 ムカつくけれど、要するに何が言いたいのか、言葉の裏からひしひしと伝わってくる。

 彼女は、成長している。

 私の鳳凰と、まるでオーラが違う。華鳥のほうが、よっぽど成獣に近づいている。

 ちょっとこっちがゆっくりしていた隙に、どんだけ動いてたんだ。源氏の一味。


「そのくらいでおよしなさい、華鳥」

「・・・・・・主様!」


 紫。

 あ、やっぱり来てた。こんな場所の一体どこに隠れてたものか知らないけれど。


 華鳥はすぐさま、傍に現れた人影の足元へとひざまずいた。

 落ち着いた口調と言葉遣いからは想像できないかもしれないけれど、現れたのは、やっと齢十かそこらといった、小さな女の子だ。華鳥の甲高い声とはまた違う種類の高い声は、あどけない子供特有のもの。

 人の姿の華鳥は、普通の成人女性ほどの背丈をしているけれども、まだ子供の紫は、彼女の腰ほどしか背丈が無い。

 会うたびに思うけど、まるで、日本人形が生きて動いてるみたいだわ。

 子供らしくないとか、見た目が人形のように可愛いとか、そういう意味も歩けど、この子本当に、子供らしくない。それ以上に表情が無いんだもの。


「本日の用件を、単刀直入に申し上げます、鏡佳様。双方の鳳凰の雛のために、私達と手を組んではくださいませぬか」

「は?」

「このまま争っていても、互いに利がないと、我が藤原家の代表が判断したのです」

「ああ、あんたの父さん?」

「はい、私とて、私の使命とあらば、鳳凰を育てることも国宝を管理することも、父の言うままに従いますが。私としては、無駄に争うことは好みません」


 使命、とか。

 十かそこらの女の子が平気でそんな言葉使ってるんだよ。

 なんだかぞっとするよね。どんな育て方してんの。藤原家含む源氏の一味。


「あなた方も、鳳凰を育てることが目的ならば、我々と衝突するよりも、協力し合ったほうが早いのではないですか。

 それに。

 鳳凰はもともと、雌雄一対そろって一羽の鳥。

 単独でいては、仮に成獣しても、宝の在処を導かないとも言われています。

 あなた方の不十分な施設で育てるよりも、私たちの元に任せたほうが、鳳凰のためにも良いのではないですか」


 紫が淡々とそう語る傍らで。

 華鳥が、普段よりもいっそう、険しい眼差しで私のことを見ている。

 

その眼を見て、思った。

 ああ、そうか、この子は私を憎んでいるんだ。

 彼女からすれば、私のことは、大切な身内をさらった相手みたいなものだろう。

 鳳凰の雌雛・華鳥が、私と会うときはいつも、鳳凰の片割れを返せと言ってくる。

 てっきり、紫や藤原一族が、こちら側の鳳凰を奪い取ることばかり考えているからだろうと思っていたけど。


 紫の言い分は、どちらが鳳凰を手に入れ利益を得るかというものではなく、鳳凰のためにはどうするのがいいかという主旨だ。

 それならば、「協力」という言葉は不自然ではない。

 仮に、それを口実に結果的には、こちらの鳳凰を渡せという意味であっても。


「うーん・・・・・・そんなこと言われてもね。

 紫、この際だから、あんたに言うけどさ。

 ぶっちゃけ私、鳳凰が導く財宝とかどうでもいいんだわ。

 確かに面白い話だとは思うけど、本気で、どかんと宝くじでも当てるみたいに、金銀財宝手に入れて大金持ちになりたいわけじゃないんだよ」


 友達と雑談するかのような軽い口調で、目の前にいる女の子に話して聞かせる。

 お堅いお嬢様育ちな紫ちゃんからすれば、私なんて、さぞかし馬鹿で置き楽娘みたいに見えることだろう。

 いいんだ。それで。

 私は私だ。

 教えてあげよう。あんた達藤原一族が、信じ込んでる価値観だけが、この世の全てじゃないんだよ。


「私がこんなことに肩入れするようになったのは、確かに成り行きだよ。

 竹酉先生なんて、横暴で私の都合なんて聞かないし、勝手で一方的だし。

 気がついたら、こんな真夜中に五重塔のてっぺんにいるようなことになっちゃってるしさ。

 これでも、明日の朝補習で単語テストだってあるってのに。ふと我に返ると馬鹿らしくなっちゃうよ。私、何やってんだろうって。

 鳳凰が財宝を導くなんて、本当かなぁぁぁぁって今更ながら思うこともあるし。

 ・・・・・・・・・だけどね」


 利益のためなんかじゃない。

 誰かに言われたからとか、竹酉に強制されたからじゃない。

 確かに、巻き込まれたのは成り行きかもしれないけれど。

 鳳凰を育てたいって言うのは、私の意志だ。


「単純に、楽しくなっちゃったんだよね。こうやって、お宝探しに協力するのが。

 私のほーちゃん・・・・鳳凰の雛が、この子がせっかく私を育ての親に選んでくれて、私になついてくれたから、この子が成獣するまでつきあってあげたいんだよ」


 マヌケな、ヒヨコみたいな鳳凰の雛。

 成獣した鳳凰の金色の翼は、一目見れば一生忘れられないくらい、美しく輝くんだって。

 私はそれを見てみたいんだ。


「だからやっぱり、はいどうぞっていってあんた達に渡すことはできないよ。ごめんね」

「そうですか・・・・・・。

 あなたはずいぶん、鳳凰の雛に親心を抱いているようなので、鳳凰の成長のことを考えればこそ、協力という申し出を受けていただけるのではないかと思ったのですが・・・・・」

「そーだねー。単純に、鳳凰のえさになる彩のものを集めることでは、あんた達のほうがよっぽど力あるもんね。

 ほーちゃんに知られたら怒られちゃうかもしれないよ。あはは」

「・・・・・・・残念です。本当に」

「うん。だからさ、紫も」


 紫も、早く帰ってゆっくり休みなよ。

 って、言おうとしたそのとき。


 さっと、紅の影が視界に映った。


 まさか、と、思うだろう。

 本当に、瞬き一つさえできない一瞬の間だ。

 いとも容易く、私の体は、夜の闇の宙へと浮かんでいた。


 上下感覚が反転する瞬間、この目に見えたのは。

 私を突き飛ばした華鳥の、着物の紅い袖。

 考えたこと無かった。鳳凰の羽を織り込んだ着物を着ただけで、翼が生えたように身軽に動けるというのなら、はたして鳳凰そのものは、どれだけ速く動くことができるのだろう。

 そして、紫の、私を見ている目。

 相変わらず、人形のような無表情だけれども、ほんの少し細めた眼差しの、 痛々しげな視線。

 残念です、と言っていたあの言葉が、もう一度耳に聞こえてくる。それってこういう意味か。

 更に、私の真上に輝く月。

 あれ、月って、こんなに大きかったっけ。


 何もつかむものが無いこの手。

 背中を抱きとめる暗闇の虚空。

 引きずりこまれる、自分という重力。


 鳳凰の衣を着て、何でもできるような気持ちになっていた。

 腕を伸ばしたって、翼の無い私は、落ちるしかない。

 

 うわぁ。

 なんてこと。

 紫、・・・・・・いや、源氏。

 こんな実力行使に踏み切るとは思わなかった。


 そういえば、ほーちゃんが私の懐にいない。さっきので盗られたのか。

 これ、どうすればいいんだろう。

 落ちてるし。今、混乱した頭の中でいろいろ考えてる、今この間にも、現在進行形で、落ちてるし。

 落ちたら死んじゃうかな。やっぱ。竹酉に怒られちゃうかな。




                       * 




 目の前が真っ暗になっていくような感覚の中。

 走馬灯って言うのかな。

 脳裏をよぎっていく思いがあった。


 たとえば、今より小さな子供だったときのこと。

 私には、兄と姉合わせて5人兄弟がいてさ。

 うちの両親も祖父母も、アンティークだの古美術だのそういうの好きで、兄も姉も皆、お気に入りのものを譲ってもらってたりしてさ。

 私だけ、あんまし持ってなかったんだよね。おばあちゃんの翡翠の腕輪くらいか。

 兄も姉も、皆派手な人たちだったからね。5人とも、海外に留学したりしててさ。

 私は普通の公立の高校に入った。

 なんでかなぁ。

 人が「すばらしい」って言うものを、素直にそうだと思えなかったんだ。

 私、よっぽどひねくれてるか感性がずれてるのかなって思ってたよ。

 でも、私、何か綺麗なものに触れてみたかった。


「鳳凰の目にならないか」


 翡翠の腕輪が盗まれて探してたときに、竹酉に出会った。

 あとはなんやかんやで現状にいたる。(省略)


 私が見せる彩で、鳳凰の羽が艶を増す瞬間が嬉しかった。

 

 財宝には興味無いなんて今さっき言ったけど、それは嘘だったよ。

 何か、大きなお宝でなくてもよかったんだ。

 私にとって、「大切なもの」がほしかっただけなんだよ。

 これだけは絶対に手放したくないって思えるようなもの。守っていたいと思えるもの。

 

 私だけの宝物が欲しかった。





                  *




「鏡佳!」


 声が。

 聞こえた。

 目の前が一瞬、金色に染まる。

 腕を引っ張られる感覚。

 軽くなる体。


 ばしゃん!

 全身が水に叩きつけられる。

 (水???)

 びっくりして、危うく水を飲んで息が詰まるところだったけど。

 すぐに体が上下感覚を取り戻して、浮かび上がる。

 魂が抜けたように呆然としている私を、沈んでしまわないように、支えてくれる手があった。


「ばかもの、貴様が死んだら、私はどうなる。また千年、雛のままで翼をたたんでいろというのか」


 人の姿のほーちゃんが、私の肩を支えながらそこにいた。

 白い衣も長い髪も、水の上で広がっている。

 数度瞬きすると、今さっきまでいた五重塔の影が見えた。私は今、下にある池に落ちたんだとようやく把握した。


 ほーちゃん、なんで今、人化してるんだろう。

 さっき一瞬、金色の翼が見えたのは気のせいだろうか。


「私との約束を守れ。私に“彩”を与えると。

 この世の宝を我が目に映せと。

 その見返りに貴様には、今まで見たこともないような財宝を導くと」


 まるで唄うような声音。

 よかった。どうやら私、死なずにすんだらしい。


「ああ、兄上が今、成獣の姿に・・・・・・・?!」


 華鳥の声が聞こえる。

 あれ、紫と華鳥はまだ、さっきまでいた五重塔のてっぺんにいるはずなんだけど。

 そういえば。これも鳳凰の霊力の影響なのかな。時々、千里眼みたいに少し遠くの景色が頭の中で見えるんだ。


「主様、今のは一体・・・・・・」


 屋根の縁から、愕然として下を見下ろす華鳥。今にも泣き出しそうな顔をしている。


「愛しの兄上・・・やっと、我が元にお迎えできると思ったのに・・・・・・」

「主の姿が、雄鳥の君にはどんなものにも勝る宝と映ったということでしょうか」

「主・・・・・・」

「帰りましょうか、華鳥」


 そして、傾いた月の姿だけが残る。



                   *





「あー・・・・・・なんか、疲れた・・・・・・・・・・」


 どっと全身の力が抜けた。

 金飾りのこともすっかり忘れてた。まぁいっか。危うく死にかけたし。きっと紫がもう持っていっちゃってるよね。


「ほーちゃんは・・・私があなたを育てるよって言ったこと、“約束”だと思ってくれてるの?」


 人の姿が消えても、さっき肩を支えてくれていた、しっかりした手の感触が残っている。

 ささやきかける低い声音も。

 雛鳥の姿に戻っちゃうと、本当に鳥並みの思考になっちゃうらしいから、あんまり話しかけたって聞いてはくれないんだけど。


 そうだね。

 私も、あなたと同じ彩を見ていたいよ。


 ふところにもぐりこんだ小鳥を、指でちょこんと撫でてやる。


「・・・・・・また、別のえさ探さなきゃね。何がいい? 何色がいい?」


 ピィ、と鳴く声がした。ああ、さっきまでの人姿と、あまりにもギャップが。超笑える。やっぱりヒヨコだ。

 もう少し待ってたら、夜が明けるかな。

 濡れたままじゃ帰れないから、もう少しのんびりしていよう。朝焼け見てから帰ろうか。きっと綺麗だよ。

 藍色の闇を透かして、紅く燃える朝が来る。


 この世界の色が好き。



(END)


2010年執筆。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大変興味深く拝読させて頂きました。 とにかく設定が作りこまれているそんな印象を受けました。鳳凰が色を餌にするなんて、なかなかに思いつくものではないと思いますし、物語としてするりと入ってくる…
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