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才能

作者: しらこい

 私には才能がある。誰もが持てるわけではない才能が。勉強でもスポーツでも、そして芸術に至るまで少し手を付ければ、たちまちのうちに上達した。これほどまでに恵まれている人はそうはいないだろう。それに加え、コミュニケーション能力もある。付かず離れずの人間関係を維持しているため、私に対する嫉妬の目や恨みつらみもありはしないのだ。もちろん、そんなふうに何でもできる私を敬遠する人もいる。敬遠だけなら問題はない。だからこれといった悩みもないのだ。日常生活のあらゆる場面で、惨めな思いをすることはなく、悩みに苦しめられることもない。といって、体が弱いわけでもない。物心ついたころから大きな病気はもちろん、風邪や虫歯にもかかったことがない。私はこれまで、順風満帆な生活を送っていた。


 しかし、今、とても不思議なことが私の身に起きている。単刀直入に言うと、身体が動かないのだ。一瞬金縛りかなとも思ったが、話に聞いていた状態と違っている。体が締め付けられて動けないのではなく、それとは全く逆、全身の力が抜け落ちているために動けないのだ。起き上がろうにもどこにも力は入らず、目を開けようにも開け方を忘れたかのように力が入らない。しかし苦しくはないので、呼吸はできているらしい。そして耳も聞こえる。耳をすますと、誰かの話し声が聞こえてくる。私は声をかけようとしたが、声もまた出すことはできなかった。

「残念ながら……ということになります」

 男性の声だ。少し距離があるせいか、すべては聞こえない。わずかな音でも拾おうと神経を集中させる。すると、女性のすすり泣くような音が聞こえた。男が続ける。

「原因は頭部損傷によるものだと思いますが、脳の損傷が激しく……最悪、一生植物人間、ということもありえます。もしかして事故に遭う前にもどこかぶつけた、とかはありませんでしたか」

「私には何も……」

「……そうですか。とりあえず……のは契約通りにということでよろしいでしょうか」

「…………」

 声がだんだん小さくなる。声を潜めている感じだ。もう私には二人の会話は聞こえてこない。しかし、どんな会話をしていたのかはおぼろげながらにわかった。

 たぶん私は交通事故にでも遭って、頭でも打ったのだろう。それで動けなくなっているのだ。それでも意識だけははっきりしているから、現代の医療技術であればそれほど絶望的でもないだろう。さきほどよりは幾らか安心し、すこし気が楽になった。それでも現状が変わったわけではない。私にはまだ意識があると、どうすれば伝えられるだろうか。そんなことを考えている中に、さっきの男の声が聞こえてきた。

「それでは、――は処分するということで」

 処分?どういうことだろうか。今までの文脈から私のことについて話しているのは明白だ。いくら途中の会話を聞いていなかったからと言って、まったく別の話題に変わるのは不自然だ。すると、”処分”というのは私に対する言葉だろうが、私はまだ生きている。こうして考えることもできる。体や口を動かすことこそできないが、意識だけははっきりしているんだ。それを……どうして?

 もう何が何だか分からなくなってきた。この辻褄の合う解答を見つけようとするものの、符合する答えは出てこない。そんな思考を断ち切るかのように、扉の開かれる音がする。そして、二人分の足音。一つはよどみのない、機械的な足音。一つは幽霊が歩いたらそんな足音がするのだろうと思ってしまうような、消え入りそうな足音。二つの足音は、ちょうど私の寝ている足元のそばで止まった。何が始まるのか、体を引き締めようにもどこにも力が入らない。今度は女の声がした。

「やっぱり、これだけは……」

 その意味が私にはわからない。じっとしていると無機質な物同士が触れ合うような音がした。

「わかりました。あとでわたしからそのようにしたと報告しておきましょう。……もう、よろしいですね?」

「はい……」

 それを最後に、もう人の声は聞こえてこなかった。聞こえてくるのはガラガラと何かを運ぶ音。でもそれが小さくなることはなく、ずっと同じ大きさで聞こえてくる。その音を聞きながら、私はさっきの解答を導くことができた。

 ”ああ、やっぱり……私には他の人にはない才能があったんだ”

 私はそれきり、何も考えることはなかった。いや、その先を考えることが怖かっただけかもしれないが……。

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