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甘党陛下と酒やけ王女  作者: 煤竹
こぼれ話
8/20

こぼれ話 甘党陛下と酒やけ皇妃と雪見酒

二人が結婚した後のとある冬の一幕です。

よろしくお願いします。



 「ねえ」

 「なんだ」

 「…寒いんです、けど」

 「我慢しろ」



 もぞもぞ、ごそごそ。

 重なるように寄り添う影が二つ、白い息を吐き出している。



 「…ねぇ」

 「だから、なんだ」

 「……寒いっ」

 「我慢しろと言ったばかりだぞ」

 「寒いし、首も痛いっ」

 「…自分が見たいと言い出したくせに」


 重たそうな雲が垂れ込める暗灰色の空。

 それが一望出来る城の屋上で甘党陛下と酒やけ皇妃はそれぞれ厚い毛布に包まりながら空を見上げていた。


 「ここまで寒いとは思わなかった!」

 「俺は慣れているが…、お前の国と比べるとこの国の冬は少々厳しいか」


 皇妃の生国であるサフォーデュは四季を通して温暖な気候で、皇妃はあまり寒さというものに慣れていない。反対にここジェヴォークスは四季がはっきりしている国であった。皇妃は生まれてから一度も見たことが無いという雪をジェヴォークスへ嫁いだお蔭で見られると密かに楽しみにしていたのだ。

 そして二人が婚儀を挙げてから初めての冬。皇妃が「雪が降り出すところを見たい」と言い出して、現在寒さに震えながら屋上に敷いた絨毯の上で二人は寄り添い合っていた。



 陛下は水筒に入れてきた温めた葡萄酒をマグに注ぎ、皇妃に「飲め」と差し出した。


 「わわ、ありがとう!……くぅ~っ、温まるぅ」


 淡黄色の手袋を填めた手で受け取り湯気を放つ葡萄酒を一口飲むと、香辛料が効いていてぽかぽかと温まる。身体が温まったことでより一層濃くなった白い息を楽しみながら皇妃は温かな葡萄酒を美味しそうに飲んだ。

 皇妃が吐き出すもわもわとした息がまるで綿菓子のようだ、と陛下は自分用に持ってきた熱くて甘い紅茶を飲みながら笑む。


 「飲み過ぎて見逃すなよ」

 「んんっ」


 ついつい酒に気を取られてしまった皇妃は慌てて傍らにマグを置き、せっかく温まった熱を逃がさないようにとしっかり毛布を巻き付け直して空を見上げた。

 今にも降り出しそうな曇天。しんしんと気温が下がってきているのが露出している肌からも、そしてじわじわと染み入るように毛布越しからも感じられる。


 もうすぐ雪が見られるという思いがふるりと体を震わせたのを隣に座っている陛下にも伝わったのか、紅茶の入ったマグを置いて陛下が声を掛けた。


 「リューディア、こっちへ」


 陛下は耳や頬や鼻の頭を赤くさせながら見逃すまいと力む皇妃に己の毛布を持ち上げて「入れ」と促す。途端にぼんっと顔全体を赤らめた皇妃がわたわたしながら陛下とは反対側の絨毯の端っこへ行ってしまった。


 「…おい、何故そっちへ行く」


 陛下が毛布を持ち上げたままの姿勢で咎めるように問えば、


 「べべっ、別に寒くないから!」


 皇妃は「お酒を飲んで温まったから大丈夫!」と毛布で頭まですっぽり隠れてしまった。


 「…いつになったら慣れるんだお前は」

 「な、慣れなくても私は構いません!」


 俺が構う、と丸まっている毛布の塊に近寄った陛下は己の毛布を掛けてしっかり抱き寄せた。


 「んぎゃっ」


 毛布の中から聞こえる色気の欠片もないくぐもった悲鳴に陛下は肩を揺らして笑う。


 「少しは可愛く鳴けないのか」

 「“なく”って何!?」


 春に婚儀を挙げた二人が冬に至るまで少なくない数の触れ合いを重ねているのだが、一向に皇妃は慣れることが無い。そのいつまでも新鮮な反応が可愛くて面白い、と陛下は悪戯な心が擡げる。まったく、どうしてやろうか。


 「冷えてきたな」


 陛下は抱き寄せている毛布に包まれた皇妃の身体を右腕でよりしっかりと抱き込んだ。

 酒と羞恥で高くなっている皇妃の体温が伝わりとても心地よい。まるで湯たんぽのようだ。

 言葉にしなくてもそれは皇妃にも伝わったようで、毛布越しに小突かれた。


 「離れてよっ」

 「こうしていた方がお互い暖が取れて良いだろう」

 「私は良くないわ!」


 ぐいぐいと毛布越しに陛下の身体を押しやろうとしているつもりなのだろうが、いかんせん防御のための毛布のせいで身動きが取れないのは皇妃の方。その抵抗は微々たるもので、全く意に介さない陛下はいつもの意地悪な笑みを浮かべて抱き寄せた毛布の塊に顔を寄せた。


 「それよりも、いつまでそうしているつもりだ?」


 毛布越しの皇妃の耳元に唇を寄せて「そのままでは雪が見られないぞ」と囁く。押し付けるようにして唇の動きを伝え、さらに顔を赤くさせているだろう皇妃を想像しながら出ておいでと促した。


 「~~~ッ!!」


 言葉にならない悲鳴を上げ、なおも固く閉じこもった皇妃にふむと少しの間考えた陛下は「あ、」と声を上げた。


 「降って来たぞ」

 「…ぇえ!?」


 がばっと毛布から顔を出した皇妃が「どこどこ?!」と辺りを見渡すと、陛下は「ほら、こっちの方だ」と指を指す。

 その指し示された方向に吸い寄せられるように身を乗り出せば、自然と陛下と密着するのだが皇妃はまだそのことに気付かない。

 単純な手に簡単に引っ掛かる皇妃にこれで良いのだろうかと少々呆れも混じるが、せっかく獲物が出てきてくれたのだから逃す手は無い。ひっそりと笑む陛下はさらに「こっちだ」と誘った。



 「どの辺り?見えないけど」


 陛下の太腿に左手を置いて乗り出した皇妃の好奇心に輝くその横顔が、陛下に近づく。

 皇妃からふわりと先ほど飲んでいた葡萄酒の香りがする。陛下はそのほのかな香りに惹き寄せられるようにして、ちゅ、と皇妃の唇の端に口付けた。


 「甘くないな」


 唇を押し付けたまま残念そうに言った陛下は、皇妃が反応する間もなく腕を回して拘束し、そのまま膝上に座らせた。


 「捕まえたぞ」


 同じ方向を向いて座らせた皇妃の脇腹から腕を通してぎゅうと抱きしめた。

 お互い厚手のコートを着ているが皇妃の背と陛下の胸が密着してそこから新たに熱を生み、毛布でその熱を止まらせる。

 先ほどの毛布の塊を抱き寄せた時よりも暖かいと思うのは、全身で感じる皇妃の柔らかさが原因だろうか。陛下は固まっている皇妃のつむじに口付けを落とした。



 「………騙された」


 皇妃の呆然とした呟きには返事をせず、抱きしめた格好のまま陛下は器用にマグに注ぎ直した紅茶を優雅に口元に運ぶ。


 「初めからこうしていれば良かったな。暖かさが段違いだ」


 その言葉にハッと意識が戻った皇妃が頬を染めながら低く唸る。


 「だから私は湯たんぽじゃないって…」

 「お前からすれば俺が湯たんぽだろう」


 毛織の襟巻を巻いている皇妃の肩に顎を乗せながら言う。陛下の髪が耳を擽ったのか皇妃はぴくりと身を震わせた。

 何かを言いかけたが途中で諦めたように背を預けた皇妃は、新しく注いでもらった葡萄酒をふてくされた面持ちで飲んだ。

 事実、とても暖かい。包み込んでくれる陛下の体温と混ざり、一人で毛布に包まっているよりもずっと暖かかった。


 背後にいる陛下の表情は皇妃には見えないが、大人しく背を預けたことで脂下がった表情をしているだろう陛下のことを思うといまいち面白くない。どうしてくれようかと思い立った矢先、またも陛下が「あ、」と声を上げた。


 「見て見ろ。降ってきたぞ」


 もうその手には乗らないぞと思いながらも空を見上げてみれば、暗灰色の雲から白いものがゆっくりと舞い降りてきていた。



 皇妃が初めて目にするその光景は、幼い頃に兄妹で羽根枕を投げて遊んだ時の記憶を思い出させた。


 「…天使」


 皇妃がぽつりと呟いた。

 部屋いっぱいに舞い散る白い羽根。「まるで天使の羽ばたきのようね」と笑い合った懐かしい思い出。

 今まさに空から天使の羽根が次から次へ舞い降りてきている、と皇妃は深い感動を覚えた。


 目の前に降りてきた綿のような雪を毛布から出した手で受け止める。手袋に降りた雪はとても軽く、本当に羽根のようだった。


 「ほら」


 陛下が差し出したのは己の黒い手袋。その手のひらに乗った一片の雪だった。


 「目を凝らして見ると良い。雪の結晶が見えるぞ」

 「結晶?」


 言われてじっと見つめると、ただの白い塊と思っていたそれが綺麗な模様の六角形をしていることに気が付いた。


 「綺麗……」


 まるで宝石のようなそれに見入りその美しさに息を吐くと、結晶はほろりと形を変えてしまった。


 「あっ」

 「ごく小さな氷だからな。すぐに溶けてしまう」


 残念そうな声を上げた皇妃に、陛下はすぐ次の結晶を見せてくれた。


 「雪の結晶は一つとして同じ形は無いそうだ。さっきのと形が違うだろう?」

 「不思議…」

 「ほら、ここにも付いている」


 皇妃の黒髪の一房を掬い取り、そこに付いた雪を見せる。


 「お前の髪色は漆黒だから、雪がよく映えるな」


 恥ずかしげもなく髪に口付ける陛下に、何も言うまいと皇妃は心に秘めた。





 「さて、これ以上は凍えてしまうから戻るとしよう」


 ぱたぱたとお互いの身体に付いた雪を払い落して身支度をする。二人の時間を邪魔しないようにと遠くで待機していた侍女や侍従たちが後片付けをし、陛下は湯殿の用意を申し付けた。


 「…雪って、綺麗ね。すぐに溶けてしまわない?」


 皇妃が空を見上げながら名残惜しげにそう聞けば、陛下はいやいやと難しい顔で首を横に振った。


 「この降りだとあっという間に積もる。それに綺麗だなんだと言っていられるのは今の内だぞ?今年から冬は覚悟することだな」

 「覚悟って…」

 「考えられないだろうが、直に降り積もった雪が高く分厚い壁となってこの国を覆う。人の身長の二倍の壁が冬の間中ずっと聳え立つんだ」


 雪は恐ろしいぞ、と言われても皇妃には想像が出来なかった。この儚く脆い繊細な雪からはそんな恐ろしさを到底感じられない。


 「雪かきをして必要最低限の道は作るが、気軽に外出は出来なくなるしな。冬の間は城に閉じ籠ることになる」

 「ええっ!城下に下りられないの?」

 「民も冬場は家に閉じ籠る。冬に働かなくても済むよう、その為に日々蓄えをするんだからな。俺も冬場はそれ程忙しくないし、酒場とて例外じゃないぞ」

 「そんなぁ」


 あからさまに肩を落とす皇妃に「けれど楽しみが無いわけじゃない」と楽しげに陛下は笑う。


 「何々?」

 「冬の間は家にいる時間が多くなるわけだが、そうすると家族と過ごす時間も多くなる」


 皇妃の肩を抱き、暖かな城内へと歩を進める。


 「親、兄弟、子供、夫婦。皆一様に常以上に親睦を深めるものなんだ」

 「そういうものなのね」


 皇妃の国には無かったその習わしに「なるほど」と頻りに頷いている。


 「普段よりも会話をし、普段よりも共に過ごし、…普段よりも親密に接する」


 段々と陛下の声音がおかしなことになってきたことに皇妃は「ん?」と首を傾げる。

 それと同時に促されるまま歩いてきたが、この道は自室に戻る道ではなく湯殿へと向かう道であることに気づき、まさか、という思いが脳裏を過ぎった。


 「さて、我が皇妃よ」


 陛下はそれはそれはとても愉しげな声で改めて皇妃へ話しかける。


 「我々も常以上に親睦を深める為に、まずは一緒に冷えた体を温めようか。―――もう恥ずかしいなどと思わないくらいに」

 「お断りしまっ…!」


 逃げようとしたが時既に遅く。ひょいと抱え上げられて足早に湯殿へ続く扉の前まで連れてこられてしまった。


 「湯殿に大きな窓があるのは知っているだろう?冬場は雪を見ながら風呂に入るのが最高だ。それにお前の好きな酒も用意させよう。俺も潰れん程度に付き合うぞ」

 「良い!そんな気遣いいらないっ!」

 「さあ、二人で雪見酒と洒落込もうか」

 「さっき飲んだからぁーーーー!!」




 ―――降り積もる雪がしんしんと世界を静かに白く塗り潰していく中、皇妃の悲痛な叫び声がその白に吸い込まれて程なく、消えた。





新年あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願い致します!


新年早々相変わらずな二人ですが、これからもどうぞ生暖かく見守って下さいますよう(m_ _m)

お読み頂きましてありがとうございました!

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