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甘党陛下と酒やけ王女  作者: 煤竹
こぼれ話
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こぼれ話 甘党陛下と酒やけ皇妃と夢見る友人

陛下と王女が結婚して、しばらく経った後のお話です。

皇帝と結婚したので王女から皇妃になりました(m_ _m)

よろしくお願いします。




 とある城の一角にある執務室の中、陛下は忙しく政務に明け暮れていた。

 この一山を越えればしばらくはゆっくり出来る。その思いを支えに筆を走らせる。

 だがそこへ、皇妃付きの侍女が火急の知らせを告げに来た。



 「恐れながら陛下。リューディア皇妃様がまた…」


 皆まで言わずとも伝わるだろうと侍女はそこで言葉を切る。

 書類から顔を上げた陛下は、不機嫌な顔をそのままに手に持っている書類を机に投げ出す。


 「またか。あいつめ…」


 皺が寄る眉間を揉み解し、色とりどりの飴が盛られた小皿から牛乳味を選び口に放り込む。

 休養までもうすぐの辛抱だというのに、じっとしていられないのかあいつは。

 いつもは嘗めきるまで口に含んでいるが、陛下の今の心情を現すかのようにガリッと飴を噛み砕いた。


 「…で、今日はどのように?」


 侍女に成りすましたか、護衛を言い包めたか、庭の草花の手入れをすると言ったか…。

 思いつく限りの皇妃の所業を苦い表情で思い浮かべる。


 「……テラスから、木を伝ったご様子で」

 「あの馬鹿っ!」


 驚きを隠しきれずに悪態を吐くと、侍女がびくりと肩を揺らしたのが分かり思わず舌打ちをする。


 「悪い、お前に言ったわけじゃない」

 「…いいえ、私が御側についていながら、申し訳ございません」

 「木を伝って下りるなど、誰が考えるものか。…コスティへ使いを出せ。あのお転婆が来たら首根っこ捕まえて一滴も酒を飲ますなと伝えろ」


 侍女が深く腰を折って礼をして退室した後、陛下は深く椅子に座り直して天を仰いだ。

 お願いだから無理はしてくれるな、と深く息を吐き出した。








 開店前の酒場で、二人の男女が何やら話をしている。


 「…皇妃様。ここにはあんたに飲ませられる酒はこれっぽっちも無い」


 ふうっとカウンター越しにいる皇妃に煙草の煙が行かないように吐き出すと、まだ吸い始めて半分も経っていないそれを灰皿へ押し付けた。


 「お願い!もうコスティさんに頼むしかないの!」

 「聞けないお願いだね」


 目にかかるほどの長い前髪を鬱陶しそうに掻き上げた酒場の主人コスティは布巾を片手にグラスを磨いていく。

 話はこれで終わりと打ち切ったつもりだったが、皇妃はそうではなかった。


 「真面目に聞いてくださいよ!アウリスにもう一か月も酒断ちさせられてるんですよ!ひどいと思わない?」


 いつだったか聞いた覚えのある皇妃の台詞回しに、酒場の主人は横目で皇妃を見る。

 あの時はまだ少しのあどけなさが残る顔立ちをしていたように思っていたが、今では愛し愛されて美しく成長した大人の女になっている。変わっていないのは酒やけ声くらいか。


 まあなんだ、あいつもやれば出来んじゃねえか。

 目の前の皇妃の夫となった、かつて女性が苦手だった年下の友人を思い酒場の主人は目を閉じて口元だけで笑う。


 「コスティさん、聞いてる?」

 「おーおー、お嬢さんもやれば禁酒出来んじゃねえか。その調子で頑張れよ」

 「そうじゃなくて!」


 ムガーと怒る皇妃はまさに駄々を捏ねる子供のようだ。

 適当にあしらって拭き終わったグラスを戸棚に戻した後、自然に煙草を探ろうと手が動くが吸えない事情を思い出して次のグラスを持ち上げた。


 キュ、キュ。

 時折光に透かして汚れが付いていないか確認してまた磨く。割れないように優しく丁寧に。

 酒場の主人の手によって次々とグラスが一点の曇りも無く磨かれていく様子を、皇妃はじっと見つめている。


 「…なんだよ」


 黙って見ていられるのは居心地が悪い。こと皇妃は喋っていないと息が吸えないのではないかというくらいに喋る時は喋り倒すので、この沈黙がどことなく不気味でもあった。


 「綺麗に磨くなぁって思って…」


 うっとり、というように酒場の主人の手の中にあるグラスを見つめる皇妃。その心は「そのグラスで飲む酒は格別なんだろうな」であることは間違いない。


 「大事な相棒達だからな。相棒の顔を綺麗にしてやるのも主人の務めさ」


 手を抜くわけにはいかない、と独特の切れ込みが彫刻されたグラスを酒場の主人は掲げる。

 この酒場のグラスは揃いの物や一点物もあり、戸棚の中は様々な表情のグラスでいっぱいだ。


 「…なんだか恋人を扱うような手付きだよね」

 「皆それぞれ惚れこんで買い付けた物だからな。あながち間違っちゃいないぜ?」


 冗談めかして笑った酒場の主人に、皇妃は何とも言えない表情になった。

 惚れ込んだというのは嘘ではない。一つ一つ見つけた時の情景はすぐ思い出せるし、このグラスにはどの酒が良いかと考えるのもまた楽しい。


 「まさか…名前とか付けてないよね?」

 「おお、麗しのジュリエッタ」

 「きゃー!」


 酒場の主人の芝居がかった仕草に、皇妃は腹を抱えて笑った。




 一頻り笑い他愛もない話をした後、酒場の主人に酒の入っていない飲み物を作ってもらった皇妃は渋々それを飲んでいた。


 「物足りないよ~」

 「それで満足しろ」

 「コスティさんは飲んでるじゃない!」

 「俺は煙草が吸えないイライラを紛らわせてるだけだから」


 開店前に酒場の主人が酒を飲むのは珍しく、また煙草を吸わないというのも非常に珍しいことだった。


 「禁煙してるの?」

 「それをお嬢さんが聞くかね…」


 きょとんとする顔で聞いてくる皇妃が小憎たらしい。

 酒場の主人はカクテルに添える果実を齧り、募るイライラを沈めようと努力した。

 早く迎えを寄越せ馬鹿野郎。そう心の中で呟いて。



 と、その時店の扉が開く音がした。

 入ってきた人物に「よう」と目を細める酒場の主人と「げっ」と声を漏らす皇妃。

 そこに居たのは、爽やかな笑顔を貼り付けたこの国の皇帝だった。


 「待たせてすまん。こいつをしっかり捕まえておいてくれたようだな」


 こいつ、と言いながら陛下は皇妃の首根っこを押さえる。


 「遅えんだよアウリス」

 「そう言うな、これでも急いで終わらせてきたんだ。…リューディア、構ってやれなくて悪かったな?」


 皇妃の耳元で意図的に甘い声音で囁く陛下は、口は笑っているが目は笑っていない。


 「べべ別に構って欲しかったわけじゃ…!」

 「そうかそうか寂しかったんだな?……それで、木登りは楽しかったか?」

 

 あうあうと言葉に詰まらせる皇妃ににこやかに笑って見せる陛下のこめかみに浮かんでいる青筋を、酒場の主人は見逃さなかった。

 この皇妃が寂しいという理由だけでここに来る訳がないのは陛下も分かっているはずで。それよりも木登り、という不穏な言葉が聞こえたがこの皇妃様は一体何をしでかしてくれたのか。万が一落下するようなことがあれば大惨事だ。


 怒れる陛下の手からじたばたと逃げ出そうとする皇妃は同情の余地もないと、酒場の主人は追いやるように手を振る。


 「一滴も酒を飲ませてないし、煙草の煙も吸わせちゃいねえ。そろそろ俺が限界だからとっとと連れて帰れよ」

 「言われなくても」


 そう言って、陛下は引きずるようにして皇妃を連れて店を後にした。

 一人残された酒場の主人はこの後の展開を予想し肩を竦めてみせる。



 「…それにしても、なんであのお嬢さんは気づいてねえのかな」


 胸ポケットから取り出した煙草に火を点け、肺の奥深くまで吸い込む。くらりと来る濃厚な味を堪能し、ふうっと吐き出した。


 「アウリスがお嬢さんに酒を飲ませないのも、俺にお嬢さんの前で煙草を吸うなって言うのも、全部全部お嬢さんの為なのによ」


 そう遠くない内に皇妃自身も気づくだろうが、それにしても鈍い。

 今後、皇妃の飲酒が解禁になるのは1年ほど先のことだろうか。酒好きの皇妃には少し酷な話だが、こればかりは我慢してもらうしかない。



 酒場の主人は真っ赤に色づいた林檎を一つ手に取り、未来の二人の姿を思い浮かべる。


 きっとこの林檎のような丸々とした赤子を、皇妃は幸せそうにその腕に抱いていることだろう。

 また、そんな妻と子をあの甘党陛下がそれこそ蕩けるような目で見ることだろう。


 そんな様子が容易に目に浮かぶ。自然と笑みがこぼれる酒場の主人は煙草の灰を灰皿へ落としてから林檎の皮を剥き始めた。

 果物を使って、酒好きな皇妃のために彼女が好みそうな飲み物を考えてやろう。酒は入れられないが、口慰みにはなるだろう。きっと酒欲しさに何度も逃げて来るに決まっているのだから。



 酒場の主人は楽しそうに鼻歌を歌い、いずれ訪れる友人夫妻の幸せな未来を思い描くのだった。

 







酒場の主人ことコスティさん参戦。

彼は酒と煙草が似合う男だと思います。いい兄貴分。


そしてご懐妊を当の皇妃様だけ知らないとかそんな馬鹿なというお話…っ。

きっと陛下が意図的に伝えてないのです。いつ気づくのか面白そうだという理由で。最低だな陛下。…そんな陛下にしてるのは私です。面目ない。



このこぼれ話をもって、甘党陛下と酒やけ王女の話は終わりになります。

二人の話を最後まで読んで頂きまして本当に本当にありがとうございました。

伝えきれないほどの沢山の感謝をお読み頂いた皆様に!m(_ _m*)

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