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03.甘党陛下と酒やけ王女

前回の続きから始まります。

よろしくお願いします。




 「リューディア」


 抑えた声で女の名を呼ぶ。

 男の指先が顎を捉え、俯いていた女の顔を持ち上げる。自然と男の視線と合わさり、見つめ合う形になった。

 かわいそうなくらい体を固くした女に「落ち着け」と笑う。


 「俺も、この見合いは白紙にするつもりだった」

 「…え」


 笑みから苦笑いに変えた男が、女の顎から頭に手を移し安心させるようにその黒髪を撫でた。


 「元々、俺はこの見合いは納得していなかった。いつまでも妃を娶らない俺に痺れを切らせた奴らが仕組んだ席だったんだよ」


 女が座る椅子の肘置きに腰を掛け、緩く女の肩を抱き寄せる。

 

 「最初は義務だと思って好きにやらせていたんだが、…土壇場で怖気づいた」


 男は話しながら女の肩に乗せた手でぽんぽんと拍子を刻み、声音に少しばかり自嘲を含ませた。


 「皇帝がこんな情けない男だと分かったら、どんな女も失望するだろう?」


 甘い物が好き、酒が飲めない、女が怖い。謳うように男は自分のことを諳んじる。

 黙って聞いていた女は引き寄せられるままに男の腹に凭れさせていた頭を「そんなことない」と横に振る。女のその仕草に、男はとても嬉しそうに笑った。

 

 「こういうのは隠しきれるものと思っていないからな。だから見合いを逃げ出した。…安直だよな」

 「……私も一緒だから何も言えないわ」

 「そうだったな。『変わり者』と呼ばれていることも一緒だったか」

 「…事前に読んだあなたの身上書にはそんなこと一言も無かったけど」

 「奇遇だな。俺の方もだ」


 見合わせて男と女はくすりと笑う。



 「まあ、逃げたついでに甘い物でも飲むかと馴染みの店に飛び込んだわけだが」


 その店とは男と女が出逢ったあの酒場。


 「そうしたら驚いたよ。人目も気にせずに浴びるように酒を飲んでる女がいたんだから」


 店の扉を潜るとすぐ目につくカウンター席。そこの一番右端に豪快にジョッキを呷っている女がいた。

 男はあの時、吸い寄せられるかのようにして女の左隣に座り、給仕に「いつものを」と注文して隣に座る女を暫し観察した。

 女はまるで水を飲むかのようにジョッキを呷り、次々と空にしていく。どれだけ飲むつもりなのかと目を見張る男をよそに、女の勢いは止まるところを知らず。

 いつしか男は手の内のグラスの中身を飲むことを忘れていた。


「あの時は人が酔い潰れるのを見るのも一興かと思ったんだが…、当てが外れたな」

「なっ…、一興?!」

「あれだけ気持ちのいい飲みっぷりは見たことが無かったからな。怒ったか?」


 当たり前だと憮然とする女に「悪かった」と男は謝った。しかし笑顔の男に反省の色はなさそうだった。


 「だがお前から声を掛けられた時はもっと驚いたぞ」

 「なんで?」

 「女から声を掛けられるのは、…ほら」

 「……ガツガツしてると思ったのね」

 「ああ。お前もその類いかと身構えたが…、違ったな」


 ニッと笑って女の頬をつまむ。さして痛くも無いのに「痛いじゃない」と女は口を尖らせた。


 「話を聞いていれば、俺の隠してるものと似たような部分を持ってるという。なのにお前はそれを曝け出して、楽しそうにして…」

 「別に曝け出してたわけじゃ…っ、……」


 男の言葉を否定しようとするが、すぐに尻すぼみになっていく。女にも自覚があるようだ。

女はあの時、男に話しかける大分前から飲んでいたが、話し始めてからもぐいぐい飲み続けた。男が聞き上手だったからか、女は見合いの席を逃げ出した不安も忘れてただただ楽しい時間に杯を重ねていた。


 「だって…、カッコイイ人が隣で愚痴を聞いてくれるものだから、お酒も楽しく進むのも仕方ないじゃない」


 それはもう、感情の箍を外すまでたんまりと。


 「褒めてもらって光栄だが、今は飴玉しか手持ちがないな」

 「いらないわよっ」


 すかさず返る心底嫌そうな言葉にくっくっと肩を揺らして男は笑う。


 「この飴はそんなに不味いか?」

 「甘さが私に合わないのよ…ってまた口元に持ってくるの止めてよ!」

 「遠慮するな」

 「遠慮じゃない!」


 ああ、何故こんなに楽しいのだろう。

 互いの正体が分かってなお気取らない女との軽口のような会話がとても心地よい。これが打てば響くというものなのかと男は思う。


 もっと彼女のことが知りたい、自分のことを知ってほしい。ただの男と女としてあの酒場で出会い、何の衒いも無く話をする内に男は自然とそう思うようになっていた。

 その思いが、女との次に繋げようと飲めない酒を飲んでまで強引に約束を交わさせたのかもしれない。


 そこではたと男は気づく。


 …もしかして、俺は、彼女に恋をしているのだろうか?

 ふと過ぎったその考えが、すとんと男の腹に落ちてきた。見合いを白紙にして欲しいと願った彼女を許せないと言った己の言葉。何故そう言ってしまったのか、その意味も気づいてしまえば男の中で答えが決まる。



 「リューディア、約束を果たそう」


 男は立ち上がり、女の前に立つ。膝を折り、女の目を見据えながら男は口にする。


 「俺との見合いを受けてはくれないか」


 ――もう一度初めからやり直そう。彼女も同じ思いを抱いていてくれれば、了承してくれるはず。この胸にある思いもその時に伝えよう。


 男が真摯にぶつけたその願い。だが、その意に反してきょとんとした女の顔がそこにあった。


 「……それは、一体、どういう表情なんだ」


 図らずも男の声に凄みが加わってしまったのは仕方のないことだった。

 女は「男が何を言ってるのか分からない」という表情をしていたのだから。


 「…え、お見合い、もう一度やり直すの?」

 「何?」


 今度は男がきょとんという表情をする。


 「だって私たち、今まさにお見合い中…でしょ?ほら、仲人の人達を交えて来賓室で話をして、後は若いお二人で~とか何とか言われて中庭に来て、二人で話をして…って」

 「…泣いて、今日ここに訪れた理由を見合いを白紙に戻してほしいと言っていたが?」

 「あれは、見合いをすっぽかしたくせに今日はどういうつもりで来たのかっていう説明よ。……泣いちゃったのは、大国に盾突いたからただじゃ済まないはずと気が張ってたからで…」


 ただで済まないどころか、命も無いかと思っていたのだ。皇帝が男と知った時の女の安堵感は計り知れない。


 「だから、約束はもう果たされてるでしょう?」

 「ということは何だ…、改めて言わなくても良かったのか…」


 女の言葉に知らず力が入っていた身体が脱力し、項垂れて女の膝に頭を乗せる男。それに慌てた女は灰褐色の髪を慰めるようにして梳いた。


 「大体、お見合い相手が約束の相手だったわけだし、わざわざ白紙に戻すこともないかなって思ったんだけど。どちらも結局はあなたなんだから」

 「…その通りだな」


 その通り過ぎて、男は苦く笑うことしか出来なかった。遠回りをしてしまった見合いの席に、気づかぬうちについていたなんて。


 忍び笑いを漏らす男の頭上からため息と共に呆れた声が落ちてくる。


 「…落ち込んでるところ悪いんだけど、どいて下さらないかしら」


 二人がとっているその姿勢。結婚前の男と女がとる姿勢ではないと女は言いたい。そもそも女の膝に顔を埋めるなど紳士の行いではないと女は男を諭す。


 「嫌だ」

 「んなっ」

 「…と、言ったらどうする?」

 「はぁ?何を訳の分からないことを…って、ちょっと!!」


 何かにしょげていたかと思えばすぐに立ち直り子供のようなことを言う。言うばかりか、あろうことか男はすりすりと頬ずりまでし始めた。

 つい今しがたの姿は何だったのかと女はつい声を荒げてしまった。


 「~~このっ、お子様陛下!」


 結局、男が何を言いたいのかも分からないままに悪戯を仕掛けられてはたまったものではない。こんな冗談に付き合っていられないとばかりに女は立ち上がる。


 「悪かったリューディア。そんなに怒るな」

 「怒らせてるのは誰だと思ってるの!」

 「ほら、飴をやるから機嫌を直せ。これは比較的甘くないやつだ」

 「飴はいらないって言ってるでしょっ!今はお酒が欲しいわよ!!」


 これは飲まずにいられようか。女はすたすたと歩いていく。


 「リューディア」

 

 男が呼び掛けても女は返事をしない。立ち止まってもやらない。

 女のその様子に苦笑しつつ、男は胸の内にある気持ちを言葉を変えて口に乗せる。


 「リューディア。…もし、お前が嫌では無かったらこの見合い、前向きに検討してほしいのだが…」


 ぴたり。

 男の前を歩いていた女がその言葉で立ち止まる。暫しの間肩を震わせていたと思ったらため息を一つ吐いて、男へくるりと振り返った。その表情は疲労感が漂っている。


 「あのね、どうして私が命を賭けてまで皇帝陛下との見合いを白紙にしたかったのかを考えればそんな弱気な台詞出てこないはずなんだけど」


 ―――嫌では無かったら?前向きに検討?ばかばかしい。ここまで来て言うべき言葉が違うんじゃないの?

 女はじっと男を見据える。


 「それは…」

 

 なおも言い淀む男に、女は挑発的な顔をした。男が見せるあのニヤリとした意地悪な顔だった。


 「分からないの?じゃあ良いわ。お断…」

 「ま、待て!」


 女の言葉を遮るように男が手を突き出した。

 女の意趣返しに男は困惑している。


 ―――俺は何かを間違えた?でも彼女は嫌そうにしている感じではない。…これは、あれか?つまり、そういうことなのか?


 女が求めているだろう答えを、果たして直球で伝えて良いものか。散々女性から逃げ出していた男には今一つ自信が無い。試しに変化球を投げてみる。


 「け、結婚を前提に、お付き合いを…」

 「言い直し」

 「―――っ」


 変化球では駄目だったようだ。

 目線と態度で促す女と視線を彷徨わせてしきりに己の手の甲を擦る男。

 両者の間でまた沈黙が広がる。


 さわさわと柔らかな風が男と女の間を通りすぎ、池に浮かぶ薄桃色の花の香りを運んでくる。鼻に届く甘い匂いに心をほぐした男は意を決し、心を込めて女に告げる。


 「俺と、……結婚してほしい」


 風が運ぶ甘い香りと共に、この思いもどうか届けと男は祈る。

 女はやれやれといった風で首を横に振ったあと、笑顔で男に肯いた。


 「はい、喜んで」


 華やかに微笑む女の酒やけに掠れた声が、男の心を甘く揺さぶった。











 ―――昔々、ここではない、どこか別の世界で。

 甘いものが大好きな皇帝が、酒好きな王女と出会い、恋に落ちた物語があった。


 共に見合いを厭い、共に逃げ出した似た者同士の皇帝と王女。

 不可思議な縁で出会い、一つの約束を交わした。

 知らぬとはいえ互いに交わしたその約束も、巡り巡って元のさやに収まることとなった。



 これからの皇帝と王女の歩む道は、夫婦円満に、きっと紆余曲折に、たぶん波乱万丈に、それは二人に幕が下りた後、来世の先までも続いていくことになる―――。










これにて、陛下と王女のお話は終わりでございます。

これからの二人は、悪戯を仕掛ける陛下に振り回される王女が逆襲して陛下を振り回してまた陛下が悪戯を…なんてループになるのでしょう。バカップル自重。


今後の予定としてはこぼれ話をいくつか載せられたらと思います。未来の二人の話も考えたいですね。年末なので間が空くかもしれませんが。(m_ _m)



最後までお読み頂きまして本当にありがとうございました!

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