02.お久しぶりと初めまして
サブタイトルが浮かびませんっ(´Д`;)
一話目より短めです。よろしくお願いします。
荘厳な雰囲気に包まれている皇城の一室。
複数の人間がそれぞれ己の職務を全うしようとしている中、男と女が数奇な対面を果たしていた。
「………」
「………」
女の側に立つ人物が男の側へ謝罪の言葉を述べているが、男と女の耳には入らない。
何故、あなたがここにいるの。女がそんな眼差しを送れば。
それは、こちらの台詞だ。男もそんな眼差しを返してきたのだった。
昨日、それぞれ見合いの席を逃げ出したという男と女。
偶然にも逃げ込んだ酒場で隣同士になり、そこで女は愚痴を吐き、男は慰め、最後には二人が見合いをするという約束を交わしたばかりだった。
そして今日、女は見合いを欠席したことの謝罪と見合い自体の白紙を願いに、相手である帝国ジェヴォークスの皇帝陛下の御前にいるのだった。
―――そのはずだったのだが。
「では、後は若いお二人だけで…」
女の側が平身低頭、誠心誠意を込めて謝罪を繰り返したお蔭で、今。
男と女は城の中庭を二人で連れ添って歩いているという状況だった。
さく、さく、さく。
柔らかな芝生を踏みしめる二つの足音。
さわさわと風に揺れる木立のささやきや、小鳥のさえずりなどが耳に心地よい。
穏やかな沈黙がこのまま続くのも悪くはないと思っていたのは男だけだったのか。
「…どうして、…」
男の後ろを着いてきていた女がその沈黙を破った。
昨日堪能したばかりの女の酒やけに掠れた声が、男の心を震わせる。
また、泣いてるのか。男は苦笑する。
「どうして、か。これは全く…、どうしてだろうな」
不可思議な縁もあるものだ。男は心のうちで独りごちる。
男は足を止め、女へ向き直る。
「ここはそうだな。初めてましてということで、自己紹介をするか」
そう言って、涙が零れ落ちそうな女の目の縁へ指を寄せる。掬い取った雫を己の唇に乗せ、「しょっぱいな」と少年のように笑った。
男が女を連れてきたのは池のほとりにある東屋。
池には淡い桃色の花が浮かびながら咲き誇り、男が今の時期に一番気に入ってる場所だ。
籐で出来た椅子に女を座らせ、男も隣の椅子に腰を下ろす。
「さて、俺から言うとしよう」
言い出したのは俺だからな、と笑えば、女からもぎこちない笑みが返ってくる。
「俺の名は、アウリス・レオハルト・ジェヴォークス。この帝国ジェヴォークスを治めている。歳は25。好物は……甘い物だ」
男はごそごそと懐から小さな包みをいくつも取り出し、二人の間にあるテーブルへ置く。それは色とりどりの飴だった。
「知っているか。糖分は疲れた頭を癒す効果があるそうだ」
橙色の包みを一つ取り、包み紙を解いた中身を口の中に放り込む。柑橘の爽やかな甘さが口に広がり、男の口元に自然と笑みが浮かんだ。
「俺は考えるのが苦手だからな。甘党だからという理由以外でも持ち歩いてるんだ」
言いながら男は、今度は紫色の包みを取り、取り出した丸い飴を女の引き結んだ唇に押し付ける。
「美味いぞ?」
ニヤリ。
あの酒場で女が何度も見た、意地悪な笑い方。まだ一夜しか経っていないのに、何故かひどく懐かしい。
女は口を薄く開き、男の指先から飴を受け取る。
舌の上で転がすと、濃厚な葡萄の味がした。
「…甘いの苦手って、分かってるでしょ」
眉間に皺を寄せて、思わず呟く。
「だったら、甘くない飴を作らせてみるか」
葡萄酒の味だったらお前も大丈夫かな。
男の言葉が、女の胸に甘く響いた。
「私は、サフォーデュ国第二王女、リューディア・シルヴィ・サフォーデュと申します。歳は23。好きな、物は………、」
「…くっ…そこで、言い淀むか」
肩を揺らして笑いを堪える男。いくら知っているからとはいえ、この場で大々的に言うには女にはまだ憚られる。
「陛下、女性を笑うとは大変残念なお方ですわね」
「残念なのはお前の方だ。なんだ、陛下とは」
目じりに薄ら涙を浮かべ、ひいひいと苦しそうにしている男を睨みつける。
「陛下は陛下でございましょう」
「止めろ、鳥肌が立つ」
「では、どのようにお呼びしろと?」
「アウリスでいい。それからその喋り方も止せ。似合わないぞ」
「そういう訳にも参りませんアウリス陛下」
「陛下をつけるな」
「…アウリス様」
「わざとやってるのか?」
見た目に反してこの男の中身はなかなかに幼い。
黙っていればジェヴォークスの若獅子などと呼ばれているらしい美丈夫だというのに、口を開けば悪戯好きな子供のような男だ。
女は一つため息を吐いて、覚悟を決める。
「アウリス」
「なんだ」
「今日、私はジェヴォークスの皇帝陛下に昨日の謝罪と見合いの白紙撤回をお願いしに来たの。……陛下の御処断には如何様にも従います」
蓋を開けてみれば相手も逃げていたというが、結果はどうであれ女が逃げ出したのは紛れもない事実。だというのに厚かましくも白紙に戻すよう要求しているのだから、どのような罰も受け入れなければならない。
沈み行く心を奮わせて、男の様子を窺う。
「謝罪は先ほど受け入れた。許すと言ったはずだ」
その言葉に、ほっとする。
「…だが、白紙撤回は許せんな」
ぐっと低くなった声で男は言った。
やはり、怒っているのだろうか。
言ってしまえば男も女と同様、逃げ出したのだから罪の深さは一緒ではないのか。
そもそも見合いを白紙に戻す話は酒場で交わした男との約束を守るためのことなのだから仕方ない。
仕方ないというか、……あれ?そもそも白紙に戻す必要ないんじゃない?
「リューディア」
「はぃい?」
混乱の極みにいた女が突然名を呼ばれ、素っ頓狂な声を出してしまった。
見れば、男が思いのほか近くにいる。
「ちょ、近いんですけど」
「昨日はこれよりもっと近くにいたな」
肩を引き寄せられた時のことか。
思い出して女は羞恥に染まる。
「リューディア。見合いを白紙にするとお前は言うが、それは昨日の約束の為か?」
「そ、そう、です」
「それはつまり、皇帝としてではなく、俺と見合いしても良い、と?」
「しても良いっていうか…、『しろ』って言ってたじゃない」
酒場で一方的な約束を取り付けて、男は女の返事を聞かずに酔い潰れてしまった。
「俺が言ったから、見合いするのか?」
「え、と、何て、言えばいいのか…」
真剣な面持ちで徐々に近づいてくる男。
ゆったりしているとはいえ、一人掛けの椅子に逃げる隙間などすぐに無くなってしまう。
隅に追い詰められた女の頭は、ぐるぐると考えがまとまらない。
何故、男が迫ってきているのか。男が何を言っているのか。私はどうすれば良いのか。
―――ああ、こういう時に人は糖分が必要と感じるのね。
先ほど食べさせられた眉を顰める程のあの甘ったるい飴が、今は何故か恋しく感じられた。
どこで切っていいのか、どこまで長くしていいのか、悩んだ末にひとまずここまで。
書いてる間はどこまでも続けてしまうので長さの加減が難しいです。
ここまで書いて思ったことと言えば、陛下がすべからく変態ちっく、ですね。
ひと肌に温めた液体を飲ます(1話目)、涙を舐める、手ずから飴を舐めさせる…。
涙に関してはもう味わうものと魂が認識しているのかもしれません。来世でもやらかしましたし。恐ろしいです陛下。
そして書けば書くほど文体が変わっている気がしてなりません。こちらも恐ろしいです。…精進致します。
最後までお読み頂きましてありがとうございました!