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甘党陛下と酒やけ王女  作者: 煤竹
こぼれ話
12/20

こぼれ話 甘党陛下と酒やけ皇妃の甘い一日

ファンタジーの世界でバレンタインネタ。

追加+少しの修正。




 雪が深まる二の月。

 寒さ対策に閉じられた城の中が甘い匂いで充満するこの日は、甘党陛下にとってお気に入りの日だった。


 どこを歩いても甘い匂い。

 何をしていても甘い匂い。

 ついでに言えば差し入れられる菓子の量も、この日ばかりは大量に増えるので甘い味を堪能出来て幸せな日だ。

 毎日とは言わない。三日に一度の頻度で何とか義務付けることは出来ないだろうか…。


 「何を馬鹿なこと」


 宰相がすかさずツッコミを入れ、心の声が駄々漏れていたことにようやく気付いた。


 「考えているだけだ。それくらい良いだろうが」

 「そんなことを考えている暇があるなら少しでも手を動かして下さい。先ほどから一向に減っていないですよ」


 見ないようにしていた書類の束を突き付けられて、ぐうの音も出ない。

 今日は政務に身が入らず、先程から上の空だったのは陛下も自覚している。


 筆をとっては思考が彼方へ飛んでいく。

 まだだろうか。もうすぐだろうか。

 そわそわする気持ちが前面に押し出て政務どころでは無くなっている。


 「いくら期待しても政務が終わるまで皇妃様からの差し入れはありませんから」

 「なに!?」

 「そのように皇妃様へお願いをさせて頂きました」


 胸膨らませていた陛下の期待を打ち砕く宰相の無情な言葉。


 「陛下も早く皇妃様の手作りが食べたいのでしょう?だったらどうすべきかお分かりですよね」


 あ、これは今届いた追加分です。とさらに積み重なる書類たち。

 …鬼だ。鬼がいる。

 笑顔を貼り付けた宰相の監視の下、陛下は涙を飲んで筆を動かした。







 「アウリス、お疲れ様」


 耳に心地よい酒やけに掠れた声が頭上から降り注ぐ。

 ああ、やはり落ち着く。

 陛下は机仕事で疲れた頭を寝椅子に座る酒やけ皇妃の太腿に乗せて、灰褐色の髪を撫でられていた。


 「本当に疲れた……」


 後頭部を皇妃の薄い腹に押し付けるように伸びをする。

 そして溜息と共に言葉を吐き出すと、皇妃がくすくすと笑った。


 「随分頑張ったってエルメルさんが言ってたよ。お慰めしてあげてくださいって」

 「ああ、一番にお前のを食べようと思って他の誘惑を振り切って頑張った。だから存分に慰めてくれ」

 「心得ました、皇帝陛下」


 恭しく陛下の目の前に出されたのは花を象った器に積み重なって盛られた茶色い菓子。

 口に入れた時の味を思い出して舌に涎が滲む。


 「トリュフか」


 ショコラで作られた一口大の丸い菓子。

 今日この日に女性が作る定番の菓子を皇妃も作ったらしい。

 それぞれの粒が一つとして形が揃っていないことが手作りの証と言えよう。


 「おひとつどうぞ」


 目の前に差し出された甘い物に手を伸ばそうとして、一つ思いついた我が儘を言ってみる。

 今日は特別な日。思う存分甘やかさせてもらおう。


 「リューディアが食べさせてくれ」


 横目で見上げながらちょんちょんと己の唇を指し示す。

 陛下の意図を悟り、皇妃が苦笑した。


 「分かったわ」


 皇妃が皿からトリュフを一つ摘まみ上げ、陛下の口元へ運んできた。


 「違う」


 そう言うと太腿の上でごろりと仰向けになって皇妃を見上げる。きょとんとしている皇妃に陛下はにやりと笑ってみせた。


 「口移しで」


 手を伸ばして紅が引かれた皇妃の唇をなぞると、途端にぼんっと顔が真っ赤に染まった。


 「なっ…なに、いって…っ」

 「慰めてくれるって言っただろう」

 「言った…けどっ」


 それとこれと指と口は別物だ!と皇妃は反論した。


 「やってくれたら明日も頑張ろうと思える。…だから、な?」


 うぐぐと唇を噛み締める皇妃の茹で上がった顔が可愛くて、陛下の悪戯心が擽られる。

 「二人しかいないから」とか「一回だけで良いから」などと宥めすかし、ダメ押しのように「リューディア、頼む」と情感たっぷりに、言った。


 すると根負けした皇妃が眉根を寄せて「……一回だけだからねっ!」と叫んだ。


 その言葉に陛下が心の中でほくそ笑んだことを皇妃は知らない。







 トリュフが溶けないように前歯で挟み、自分を見上げている陛下の顔へ徐々に近づいていく。

 にやにやと笑わないで欲しい。

 そう文句を言いたいが、口がトリュフのせいで半開きになっているので言うに言えない。



 くそう、なんでこうなった。

 皇妃は胸中で悪態を吐いた。


 今日は二の月の十四日。年に一度、女性が男性へ甘い物を贈る日。

 一般的に女性から愛の告白をする日と言われているが、夫婦となった二人はこの日は陛下を甘やかす日と決めていた。

 余談であるが三の月は皇妃が甘やかされる番になるのだが。

 それはさておき。



 膝枕をしてあげただけでも褒められてもいいはずなのに口移しとかどれだけの高等技術を要求するんだ。

 そもそも宰相のエルメルさんが疲れた陛下を慰めろとか言い出すからおかしなことになったのよ。

 慰めるったってよく分からないからアウリスに言われるままにしてきたけど、本当にこれで慰められるの?

 私にとってただの罰じゃないの?え、私いじめられてる?アウリスを酷使したのはエルメルさんなのに!?


 様々な文句を心の中で吐きながらも、視線で「早く」と要求されれば顔を近づけないわけにはいかない。

 早く終わらせたいが恥ずかしさが勝ってゆっくりとしか近付けられない自分がもどかしい。

 自然と息が上がり、それを陛下が面白そうに眺めているのもまた癪に障った。



 …そうだ、陛下の口に触れる前に離れればいいんだ。


 閃いたこの拷問ともいえる恥ずかしい行為の終着点。


 …そうよ、口移しだからって何も唇を合わせなくてもいいわよね。口に落っことしちゃえば終わりよ。一回だけなんだし、大丈夫大丈夫。


 そうと決まれば気持ちが楽になる。

 何ともない顔をしてトリュフを運ぶだけの簡単なお仕事と割り切ってしまおう。



 膝枕をしているため不安定な体勢。狙いが外れないように陛下のおでこに手を乗せて、身を屈めて互いの息がかかるくらいまで顔を近付ける。

 薄く開いていた陛下の口が餌を待ち侘びた雛鳥のように開かれて、そこにぽとんとトリュフを落とした。


 終わった…!


 そう思ったのも束の間。

 突如頭を掴まれたと思ったらぐいっと垂直に引き寄せられ、唇に触れる柔らかな感触にまんまとしてやられたことを理解した。何となくそんな予感してたけどね!


 横たわる陛下の顔と直角に交わったままの口付けは何とも不思議な感覚で。

 逃げようにも頭を抑えられ、しかも陛下は腹筋を使って上半身を起こしているようだった。…逃げられない!


 口を半開きのままでいたことが仇となって易々と陛下の舌が侵入し、あまつさえ甘い甘いトリュフの塊を押し込まれたり押し戻したりの押し問答を繰り広げた。


 トリュフが溶けて無くなっても皇妃を解放する気は無いらしく、濃厚なショコラの味がする二重の意味で甘い責めを味わうこととなった。



 「美味かった」


 ぺろりと唇を舐めて、おまけとばかりに軽く吸い付いてから皇妃を解放した。

 いつもこんな調子な気がする。肩で息をした皇妃が陛下から顔を離し、ぐったりと天を仰いだ。


 「甘い物が苦手という割に、お前は菓子作りが上手いな」


 皇妃の太腿から身を起こして今度はちゃんと自分の手でトリュフを食べ始めた陛下は、もぐもぐと口を動かしてその滑らかな舌触りを楽しんでいる。


 「…料理するのは嫌いじゃない、から」


 酒の味を覚えてからというもの料理をするとかこつけて厨房に入り、様々な酒を味見していたとは言わなくてもいいことだろう。そのお陰で料理の腕も上がったのだが。


 皇妃はふう、と呼吸を整えて寝椅子から立ち上がり、お茶の用意がされているテーブルの方へと歩いていった。お茶は少し温くなってしまったが甘くなってしまった口を潤すのにちょうどいいとティーカップを傾けた。



 「ごちそう様」


 そう言って空になった皿を片手に陛下もテーブルの席についた。

 結構な量を作ったはずが、もう全て陛下の胃袋に収まってしまったようだ。

 驚嘆に値するその甘味に対する食欲に舌を巻きつつ、残さず食べてくれる陛下に作り甲斐を感じる。

 また来年も美味しいと言われるものを作ろう。そう心に決めるが、当面の心配事が一つ。

 

 同じくティーカップを傾けている陛下と目が合うと、にっこりと極上の笑みを浮かべてこう宣言した。


 「来月は楽しみにしているといい。どろどろに甘やかせてやる」


 …そんな心遣いはいらないです。


 引き攣る顔のまま、皇妃はしばらく固まっていたという。










まずは日付確保のために中途半端なまま載せてしまったことを深くお詫び致します。申し訳ありませんでした。


折角の甘党の話でバレンタインを逃してはならぬと思い立ったわけですが、時間が足りませんでした。時間のほかにも色々と足りていませんが、笑って読み飛ばして頂ければこれ幸い…!





追加分はいつもの「陛下のセクハラ攻撃!」「皇妃は大ダメージを受けた!」そんなパターン。

追加無くても良かったかしら…?と後から思わなくも無かったです。はい。

オチが思いつかないとだいたいそういう方向になります。そうならない脳が欲しい…っ



最後までお読み頂きましてありがとうございました!

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