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甘党陛下と酒やけ王女  作者: 煤竹
こぼれ話
11/20

こぼれ話 酒やけ皇妃の悩み事

結婚後の二人の小話です。



 じーーーっ。


 朝食の席で、食後の甘いお茶を飲んでいる最中の出来事。

 最近どこかから見られていると思っていたが、ここまでの鋭い視線は今日が初めてだった。

 そんな強烈な視線を感じた甘党陛下がその出所を探ると、何のことは無い、彼の妻である酒やけ皇妃から注がれていたものだった。


 「どうかしたか?」

 「…いいえ、何でもないわ」


 問えば視線を外し、気まずげに微笑んで誤魔化す姿に何かあるな、とは思うのだが皇妃の考えは時に突拍子もないことだったりするので、陛下は深く追求せずに「そうか」とだけ返すことにした。





 「ここ、綴りを間違えています」


 執務室にて、陛下が書き上げた治水工事に関する書類を見ていた宰相が「陛下が初歩的な間違いをするなど珍しい」と書き直しを求めていた。


 どうやら今朝の皇妃の視線がちらついて気もそぞろになっていたようだ。

 仕事に身を入れようと頭を振った陛下を訝しんで「どうかしましたか」という宰相の問いかけに「いや、何でもない」と答える。

 今朝と同じようなやり取りを繰り返したことに何とも言えない思いを抱いて、陛下は羽根ペンにインクを付けた。




 昼時になり陛下と皇妃が揃って昼食を食べていると、また、あの強烈な視線を感じる。

 肌に突き刺さる皇妃の視線はまるで物問いたげな、恨みがましいような、妬ましいような、責めるような、切ないような。色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような視線、と形容できようか。

 一つ言えるのは、訴えたいことがあるように思えて仕方のない視線であるということは間違いない。


 言いたいことがあれば言って欲しい。たとえ言い出し辛い悩み事でも、隠さず言って欲しい。


 その思いで皇妃に「何かあったのか?」と訊くも「何でもない」との答えが返ってくる。きちんと視線を外して。

 ますます以て怪しい。だが陛下にはまだ政務が残っている為に皇妃を構う時間が取れない。皇妃も午後から孤児院の視察に行く予定になっている。


 俺が何かやらかしてしまっただろうか。それとも何か重大なことを告げることを躊躇っているのだろうか。考えたくもないことだが、離縁…?

 良くない方向へ考えが及ぶ。


 だがしかし。夫婦仲は至って良いものだと陛下は自負する。

 ひょんな出会いで一緒になった変わり者同士、居心地が良いと感じているのは自分だけではない。……はずだ。


 もしも、夕食にも同じような視線を感じたならば、今度は聞かずに好きなようにさせてみよう。

 そしてその後、二人きりになった時に問い質してみるとしよう。

 もしかしたら己の気のせいかもしれないし、または夕食までに悩み事も解決しているかもしれない。


 陛下が瞼を伏せてデザートを口に運ぶ最中、気付かれないように気を付けながら皇妃はまた陛下のことを見ていた。

 眉を顰め、唇を噛み締めながら。陛下の瞼が開く数瞬をそのように盗み見て、陛下と目が合うと綺麗な笑顔を貼り付けていた。







 結論から言えば、夕食の席でも皇妃の視線が陛下に纏わりついた。

 やはり何かある。

 疑惑が確信となり陛下の心にずしりと重いものが圧し掛かった。



 俺はまだ、お前に悩みを告げられる程の男ではないということか。



 しょんぼりと気を落とした様子を何とか気取られぬように振る舞い、皇妃が投げつける視線を遮ることなく重い動作で夕食を口に運んだ。

 もごもごと料理人自慢のソースがかかった絶妙な焼き加減の肉を噛むが、味が分からない。だが残すわけにもいかず、淡々と平らげた。

 食後のデザートは陛下には季節の果物がふんだんに使われたタルト、皇妃には葡萄酒で作った甘さ控えめのジュレが出された。

 甘い物に気持ちを救われつつ、びしばしと感じる厳しい視線に戸惑いつつ、陛下は早く二人きりになりたいと考えていた。


 言わぬなら、言わせて見せよう、何とやら。

 異国の偉人の言葉をうろ覚えのまま自己流に引用して、皇妃からどう聞き出したものかと思案に更けながら二人の夕食の時間はゆったりと流れて行った。







 夕食後、諸々の雑事を終えて夜着に着替えた二人は寝室にある長椅子に座り、陛下は皇妃へ寝酒の酌をしている。

 二人で他愛もない話をしながら皇妃が寝酒を楽しむ、という寝台に入る前の習慣となっているこの時間に陛下は聞き出すことに決めた。

 今日あったことを互いに話し、その流れで今日一日感じた視線の謎を皇妃へ直球で投げかけた。


 「リューディア。俺に言いたいことがあるだろう?」

 「…何のこと?」

 「今日一日、俺のことを何度も物凄い顔で睨んでいただろう」

 「睨…、普通に見てただけよっ」


 もしや気付かれていないとでも思っていたのだろうか。

 ぎょっとした皇妃は視線を彷徨わせながら陛下から身を離した。


 「見てただけっていうかたまたま見た瞬間を貴方がたまたま目にして、それが偶然何回も重なっただけで全然他意とか無いから気にしないで、本当に気にしないで、別に言いたいこととか何にも無いから、睨んで無いし、というか物凄い顔ってどういうことよ、悪かったわね元々こういう顔なのよっ」


 誤魔化そうと言うのか早口で捲し立てる皇妃に「まあ飲め」と酒を勧めて穏やかに話を進める。

 素直に言うはずもないと思っていたが意固地になられて聞き出せなくなっては元も子もないと、酒好きの皇妃に少量の酒を飲ませて思考を鈍らせる作戦だった。


 「本当に偶然か?」

 「そ、うよ」

 「俺に何も言いたいことはない?」

 「…ええ」


 穏やかに話しかけ、時折優しく髪を梳く。

 どうやらこの作戦は功を奏したようで、ほろ酔いになった皇妃はぶつぶつ言いながらも警戒を解いてくれた。

 猫の仔を手懐けるような感覚に陥り顎の下を擽ってみたい欲求に駆られたがそれは我慢して、ゴロゴロと喉を鳴らす皇妃を想像しつつ、グラスを持っていない方の彼女の手を握った。


 「俺が知らず、お前に嫌なことをしていたら包み隠さず言って欲しい」

 「だから…何でも無いって…」


 手の内のグラスを弄ぶ皇妃はちらりと視線を陛下に向けて何かを言いたげにするのだがすぐに反らしてしまう。

 何でもないと言う割りにあからさまな反応。気にするなという方が無理な話だった。


 「お前は嘘が下手だな」


 陛下がそう指摘すると皇妃は小さく頬を膨らませて口を尖らせた。


 「だって私の…問題だから…」

 「うん?」


 小さく囁かれた言葉を聞こうと陛下が耳を近付ける。その耳に届いたのはどこか諦めたような響きの溜息。

 コトリとグラスを机に置き、皇妃は徐に陛下の脇腹へ手を差し伸べた。



 ―――さわさわ、きゅっ。


 「……うん?」


 皇妃の手で脇腹、腹筋の辺りを撫でられ時折指先で服の上から皮膚をつままれる。

 言うなれば、擽られている、のだろうか。

 生憎と擽りには強い陛下にその唐突な悪戯は効かないので、好きなようにさせてみる。


 「どうして…」


 皇妃の口からはその言葉がうわ言のように繰り返し紡がれる。

 何がどうしてなのか。

 陛下の頭の中は疑問符だらけだった。


 「俺の腹が、どうかしたか?」


 特に怪我をしたわけでも、腹を壊したということもない。定期健診で侍医から病気であるという報告も聞いていない。

 だとするならば。


 「……腹が、出て来たか?」


 恐る恐る陛下が屈辱的なその台詞を口にすると、それまで無遠慮に陛下の腹を撫でまくっていた皇妃の手がぴたりと止まった。

 心なしかぷるぷると震えている。

 やはり、俺の腹が出てきたのか。体重は変わらないが自分では気付かぬ微妙な違いも近くにいる皇妃には全てお見通しなのだろう。あの視線に込められた意味も、みっともない姿を晒すなという皇妃からの痛烈な批判だったに違いない。


 打ちひしがれながらも男としての矜持を刺激され、政務の合間に身体を鍛える時間をこれまでの倍に増やそうと心に決めていると、突然どん、と胸を叩かれた。


 「っ」


 思っても無い攻撃に息を詰めた陛下が何事だと皇妃を見ると、瞳を潤ませながら見上げる視線とぶつかった。


 「そ、そんなに嫌だったのか。これまで気付かなくて、すまない」


 泣く程まで嫌悪されていたのか。

 おろおろと甘い物断ちをして元の身体に戻すから許してくれないだろうかと懇願すると、「違うわよっ!」と叫ばれた。



 「太ったのは私の方よ!!」



 一瞬、何を言われたのか陛下は理解が出来なかった。


 「どうして私と同じような、…いいえ、私よりも明らかに太る食生活の貴方が無駄な贅肉一つ無くて私にばっかり肉が付くのよ!」


 確かに食事の量は少し違えども、大体内容は同じものを食べている二人。前菜からデザートに至るまで流れは一緒。

 そんな二人の間にある最大の違いは甘い物を摂る量だ。

 陛下は一日中何かしら甘い物を口にしている。ポケットには様々な味の飴が忍ばせてあり、好きな時にいつでも口に放り込んでいる。茶には必ず砂糖を入れて飲むし、茶菓子も残さず食べる。

 しかし皇妃は食後のデザートは口にしても基本的にお菓子は口にしないのだ。

 また酒を好む皇妃だが、食堂では酒を飲まないことにしている。それは飲めない陛下に配慮したもので、城では寝酒を楽しむくらいにしか嗜まない。たまに訪れる城下の酒場ではこの限りではないが。


 …言われてみれば確かに自分の方が圧倒的に太りそうな食生活を送っている。まあ、日頃から運動してそうならないよう気を付けているが。

 そもそも、皇妃が気にする程太ったという風には感じられない。

 ふむと思案しているうちに、がばっと上着を捲られて露わにされた腹筋をぺちぺちと叩かれた。


「おい?」

「こんな立派な腹筋、羨ましくなんかないんだから…!」


 そこそこ鍛えているつもりではあったが皇妃から立派な腹筋と褒められると、先程までの気落ちしていたのは何だったのかというこそばゆい思いが胸に広がる。うむ、これからも鍛えよう。

 …いやいや、重要なのはそこじゃない。皇妃の言葉一つで一喜一憂するとはなんてお手軽な男なのだ己は。


 ひとまず考えを整理した陛下は、先程から陛下の腹にぺちぺちぎゅむぎゅむと細い指先で八つ当たりしている皇妃の腰を両手でむんずと掴んだ。


 「ぎゃわっ!」


 皇妃が色気の無い声を上げるのはいつものことで。

 むにむにとその細い腰を揉んでみた。


 「ちょっ、止めっ、くすぐった、いぃぃっ」

 「別に腰は変わらんと思うのだが。…ちょっとこっちに来い」

 「うわわっ」


 陛下は掴んだ腰をそのまま持ち上げて皇妃を太腿に跨らせて向い合わせに座らせた。

 これならば思う存分に検分が出来る。

 腰から脇腹、太腿に二の腕。夜着の上から弱そうなところを、いや、肉が付きそうなところをこれでもかと皇妃の身体を擽った。いや、調べた。


 「ほんと…、かんべんしてください……」


 余りに擽られるのに弱い姿を見せられて、悪戯心が擡げた陛下を誰が責められようか。

 ぐったりと陛下に凭れる皇妃は検分と言う名の擽り地獄で息も絶え絶えになっていた。

 そんな皇妃の背を優しく撫で、ついでに先程は触らなかった尻も撫でてみる。散々擽られたことで敏感になっている皇妃が撫でられたことでびくっと反応して、その胸を陛下に押し付ける形になった。


 …ん?


 少しの違和感。

 いつも触っているので変わっていないと思っていたが、もしや。


 「ひょっとして、胸が大きくなったか?」

 「言わないでよっ」


 どうやら当たりらしい。

 皇妃が太ったと嘆いたのはドレスの胸元がきつくなったのが原因だと白状した。


 「今までずっと同じ体型だったのに、それが貴方と結婚してから崩れたんだからどう考えたって食後のデザートが原因でしょ?なのに身体を動かさずに怠けてたから…」


 食後に陛下一人で食べさせるのは忍びないと言って、甘い物が苦手な皇妃も甘さ控えめのデザートを陛下と共に食べることにしていた。

 その心遣いに感謝した陛下は、なるべく甘くないデザートを考案するよう料理人たちに申し付けていた。

 けれど徐々にきつくなる胸元。焦って陛下も同じなのかと観察したが一向に太る気配がない。そのことから知らず知らず観察する目が厳しくなり、最終的に睨みつけていたということだった。


 「それは…、すまない。無理をして一緒に食べなくても良いんだ。食後に甘い物を食べるのを止めることにするから」

 「……だって一人で食べるの、寂しいじゃない。それに、甘い物を食べている時の貴方の幸せそうな顔、見るの好きだし」


 すり、と陛下の胸に頬を寄せて「食後のデザートはこれまで通りに食べて」と呟いた。


 …なんだ、この可愛い生き物は。

 見れば耳まで赤く染めている。普段余り好きだなんだと口にしない皇妃が甘い物を食べている時の陛下の顔が好きだと言って照れている。

 照れたいのはこちらの方だ。

 今すぐ抱き上げて寝台に運びたい気持ちと、自分からすり寄ってきた皇妃をこのまま眺めていたい気持ちが鬩ぎ合う。


 そんな葛藤を陛下がしているとは思いも寄らない皇妃は今後の抱負を語った。


 「だから私が運動して体型維持すれば良いのよ。幸い他の部分は変わっていないのだから、すぐ元通りになってみせるわ!」


 そう意気込みを見せる皇妃に、けれど陛下は待ったを掛ける。

 彼には一つ、思い当たる節があった。


 「いや、このままで良い。ドレスは調節すれば何とかなるだろう?」

 「ドレスは何とかなるけど、このままで良いってどういうことよ?」


 出鼻を挫かれたような思いで皇妃が聞き返すと、陛下は至極真面目にこう答えた。


 「あのな、胸が大きくなったのは、俺のせいだ」

 「…だから、そう言ったでしょ。貴方と一緒に食べる食後のデザートが原因で…太ったって」

 「違う。太ったわけじゃない。そうじゃなくてだな」

 「なによ?」


 首を傾げる皇妃に口で説明するより早いと抱き上げて、寝台の上でその理由を実践することにした。






 その後、気怠い身体に毛布を巻き付けた皇妃が何でこんな目にと項垂れていると、陛下がにやけた顔でしれっと答える。


 「俺が大事に育ててきた甲斐がようやく実を結んできたということだな」

 「何がよ…」

 「手触りといい大きさといいあと少しで俺好みに」

 「最低!」


 ぼふっと陛下の顔面に枕を叩きつけ、皇妃はそのまま毛布に潜ってしまった。

 毛布越しに何やら陛下が言ってくるが無視を決め込んだ皇妃は「あの引き締まった腹が本当に出れば良いんだわ!」と心の中で悪態を吐いて、朝まで顔を出すことは無かったという。








高カロリーな食生活になりがちな陛下はきちんと運動しています。メタボじゃありませんっ。ということをお伝えしたかった小話。


裏設定として陛下は食べたらちゃんと太る体質。努力して素敵な腹筋を維持しています。


そして皇妃の胸は大きくもなく小さくもなく普通のサイズ。それが少し育ちました。

相変わらずオチの陛下がえろおやじくさい。男がスケベで無いと国が栄えないそうなので良しとしてください…っ!



お読み頂きましてありがとうございました!

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