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甘党陛下と酒やけ王女  作者: 煤竹
こぼれ話
10/20

こぼれ話 うたた寝陛下と3人の訪問者

二人の結婚後のとある一場面です。


 久しぶりの晴れ間が覗いたある冬の日、部屋を満たす暖気と窓から入り込む日光にぽかぽかうとうと寝入っている姿があった。


 寝椅子に寝そべりクッションに頭を預け、長い足を肘置きからはみ出させて静かな寝息を立てているのは甘党陛下。

 仕事の途中であったのだろうか、だらりと垂れた左手の下にばらばらと書類が散乱している。


 そんな陛下の元へ、そっと近付く者がいる。



 その人物は呆れた顔をして陛下に近づいた。

 そして足元に散らばる書類に気づき、音を立てずに拾い上げ一枚一枚中身を確認しては頷いている。

 全部に目を通し終わり短い溜息を吐くと、陛下に向かって折り目正しく一礼してそのまま扉に向かう。が、ぴたりと止まってごそごそと上着を探り何かを取り出した。

 手のひらにころんと乗ったそれは、紙に包まれた一つの飴玉。

 それを寝椅子の傍らの机に置いて、その人物は今度こそ部屋を出ていった。



 最初の人物が出て行ってから程なくして、また一人やってきた。

 その人物は扉の前で一礼し、手に持っていた暖かそうな毛布を広げると優しい手付きで陛下にふわりと掛けた。

 毛布が身体に触れたことで一瞬陛下が身じろぎし、その人物はぎくりと身を固くしたが目を覚ましたわけでは無かったので声を出さずに安堵した。

 そして机の上に置かれている飴玉を見つけると、優しい微笑みを浮かべてエプロンスカートのポケットを探り始める。

 出てきたのは可愛らしく包装された焼き菓子。手作り感溢れるそれを飴玉の横に添えて、その人物は入ってきた時と同じように一礼をして静かに部屋を後にした。




 それから暫くは誰の訪いもなく、また、陛下も目を覚ますことなくゆっくりと時間が過ぎて行った。

 穏やかな午後。徐々に雲が掛かりはじめたが、雲の間から差し込む陽光は午睡する陛下をより深い眠りへと誘っていた。





 最後に陛下の元へ訪れた人物はひょこりと扉から顔を覗かせて、良く眠っている陛下の姿を捉えると滑り込むようにして部屋に入ってきた。

 寝ころぶ陛下の間近でしゃがみ込み両肘を膝につき両手に顎を乗せて、眠る陛下の寝顔を覗き込んでいた。

 意外にまつ毛が長いとか、髭が薄いとか、頬に薄ら古い傷痕が付いているとか、普段じっくり見ることのない陛下の顔をじいっと観察している。

 余りに静かな寝顔に果たして息をしているのだろうかと鼻先に指を近付けて呼吸を確かめる。すうすうと指先に風を感じ、ちゃんと生きていると知らしめた。

 ついでとばかりに鼻先に持って行っていた指先をそのまま口元へ移動させ、今度は涎が垂れていないか確かめる。唇の右端から左端へとゆっくりなぞり、無いことを確認してうん、と頷いた。


 そして机の上に置かれたお菓子を見詰め、自分も何か無いかとドレスを探る。しかし甘い物が見つかる訳もなく、肩を落としてしまった。何かあげられるものはないだろうか。

 ううんと考え込んだ末に浮かび上がった妙案に、きょろきょろと辺りを見回す。


 誰もいない。陛下も起きる気配が無い。やるなら、今。


 こくり、と小さく喉を鳴らした人物は、寝椅子の背もたれと陛下の頭の方にある肘置きにそれぞれ手をついて、中腰のまま目的の場所まで顔を近付ける。

 形の良い眉と眉の間。たまに深い皺が刻まれるそこに、自身のふっくらとした唇を押し当てた。



 「…場所が違うんじゃないか」


 突然不満げな声を掛けられ「ぅひゃっ!」と悲鳴を上げたその人物を、陛下はいとも容易く抱き込んで己の上に引き上げた。


 「おおお起きてたの!?」

 「起こされた」


 仰向けの陛下の上に俯せられた酒やけ皇妃が身を起こそうと頑張るがそれは徒労に終わる。

 両腕でがっしりと抱き込み、寝起きの顔で視線を合わせる。ほら早く、と顎をしゃくって催促する陛下の意図を理解した皇妃は顔を真っ赤にするばかりで行動に移さない。


 「妃の口付けで起こしてくれるのだろう?」


 焦れた陛下がそう聞けば。


 「もう起きてるでしょう!」


 そんな可愛くない答えが返ってくる。


 ならばいい。そう呟いた陛下は抱き込んだ腕を解き、皇妃の脇に手を差し込んでぐいっと己の顔近くまで引き寄せた。

 眼前に迫る陛下にうろたえる皇妃に向かい「目覚めの口付けとはこうするんだ」とそう言って、柔らかな皇妃の唇へ己のそれを重ね合わせた。


 逃げを打つ皇妃の頭を項から差し入れた手で押しとどめ、ただ触れさせているだけに止まらず軽く下唇に噛み付いて奥へと侵入する。

 絡ませ合い、なぞり合った二人分の濡れた吐息を十分に室内に響かせた。


 一頻り堪能した後荒い息を吐いている皇妃の唇を名残惜しげに舐めて陛下が離れる。

 支えを失いくたりと力の抜けた皇妃が下にある身体に凭れると、陛下はくすと笑ってその黒髪を優しく梳いた。


 「次はこれくらいしてもらわないとな」


 次なんて、無い。

 声無き声で言い返して、皇妃はもう二度と昼寝をする陛下に近寄るまいと心に決めたのだった。








寝た子を起こすと大変だ、というよくあるお話。


お疲れの陛下にそれぞれのお土産を持参した3人の訪問者は順に宰相・陛下付きの侍女・皇妃でした。


お読み頂きましてありがとうございました!

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