戦争の英雄は妻に頭が上がらない
平民が成り上がる状況の一つに戦争ってやつがある。
もちろん運もあるんだけどよ。
オレはいくつか奇功を挙げて、敵味方にちょっとは知られる存在になったんだぜ。
そんなある日のこと。
「お見合い……ですか?」
「正確には顔合わせだな」
上官から縁談が持ち込まれた。
上官は軍人って言っても、オレみたいな平民じゃなくてお貴族様な?
どこぞの伯爵家出で大将で統合作戦本部長。
「お相手は貴族のお嬢さんなんでしょう?」
「もちろんだ」
「いやあ、オレみたいな平民の嫁では可哀そうですよ」
「可愛そうか可哀そうでないかは先方が判断することだ。エミル君、恋人はいないのだろう?」
「おりませんが」
いたこともあった。
が、続かないね。
オレみたいな気の利いたことの一つも言えない、おまけに生死の保障のない戦争バカを夫にしたいと思う女はいないってことさ。
「なら問題ないではないか」
「しかし……」
「君を取り巻く様相というものもある」
「オレを取り巻く、と言いますと?」
「エミル君は現在大佐だ。しかし結婚しないのならこれ以上の出世は望めない」
ああ、オレの将来ってことか。
わかる。
オレは天涯孤独の平民だ。
自分自身以外に守るものがないから、国としては金で転ぶかもしれない、信用できないやつと見る向きもあるだろう。
結婚させて枷をつけとけってことだな?
「君の軍事的才能はもっと大きな指揮権を行使することで発揮されるべきだ、でないと国にとっても君にとっても不幸だ」
「オレを高く評価してくれるのはありがたいですがね」
「今後のこともある」
「今後? ああ、戦争が終わるってことですか?」
「うむ。戦争は我が軍の勝利で終結するだろう。すると維持するのに金を食う軍は縮小される。国としてはエミル君を将官待遇で軍中枢に残したい」
「しかし叩き上げの大佐じゃムリってことですか。オレは恩給もらえりゃ十分なんですが」
「平民の星である君をそんな扱いでは誰も納得しないのだよ」
これ以上抵抗できないな。
いや、上官の命令を聞かないという選択は軍人としてなかったし。
オレが消極的だったとさえ思ってもらえればよかった。
そして紹介されたのは……。
「シンシア・ホールデン子爵令嬢ですか」
「うむ。貴族学校の才媛として名を馳せている。どうだ?」
「どうだと言われても……」
てっきり売れ残りの年増を押しつけられるのかと思っていた。
一七歳で絵姿を信用する限り美人で、しかも優秀なのかよ。
ケチのつけようのない話を持ってきたぞ?
上官の得意げな顔が癪だなあ。
「ともかく会ってみることにしますよ」
「やあ、よかった。これで我が国の将来は万全。エミル君の前途は洋々だ!」
大げさだなあ。
年齢が一〇も離れているし、こんなの向こうに断られたら終いなのに。
◇
――――――――――三年後。シンシア視点。
エミル・ガラン様は隣国ノーヒロスとの戦いにけりをつけた軍才の持ち主として、知る人ぞ知る存在です。
でもそれはエミル様が平民出身だから。
「もし貴族出身者だったら救国の軍神って言われてましたよ」
「よせよ。柄じゃねえ」
うふふ、恥ずかしがりなのですから。
はい、エミル様とは三年前に婚約して。
わたくしの成人を待って結婚いたしました。
嬉しかったです。
エミル様の妻になれるなんて。
婚約してしばらくの後、ノーヒロス戦役は我がニューベリン王国の大勝利で幕を閉じました。
ノーヒロスはかなりの領地をニューベリンに割譲、多額の賠償金を支払うことに同意し、三流国に転落しました。
もう当分我がニューベリン王国が中原の覇者である事実は揺るがないでしょう。
平和が訪れます。
エミル様が男爵に叙爵されました。
領地はノーヒロスからの割譲地の一部です。
旧敵国領ですから難治の地ではありますが、ホールデン子爵家領から近いので何とかなるでしょう。
わたくしの出番です。
「すまんね。オレは領主らしいことなんかできなくてよ」
「うふふ、よいのですよ。そのためにわたくしがいるのですから」
ニューベリン王国としては大功を挙げたエミル様を賞したい。
平民でも実績があれば成り上がれるのだということを、国民に見せたいという意図があったと思います。
しかし統治というのは甘いものではなく。
戦争の天才が名領主たるとは限らないのです。
というか貴族や有力商人、新領地の有力者との人脈がほぼないエミル様が、短期間に治績を挙げるのは不可能でしょう。
「シンシアみたいに美人でできる女が妻なんて、国も粋なことをしてくれるぜ」
「うふふ」
ニューベリン王国としては、エミル様を叙爵して領地を与えるのがわかりやすい優遇に見えます。
ところがエミル様の統治の才能は未知数なのです。
ここで新領統治に失敗するとノーヒロスからの割譲地域住民に不満を生み、大事になりかねません。
そこで貴族学校で統治を学んだわたくしを妻として送り込んだと、エミル様は考えています。
しかしそれは半分しか当たっていないのです。
「オレは戦争しか能がなくてよ。書類仕事はサッパリだ」
「大丈夫ですよ。わたくしにお任せください」
「シンシアが喜ぶこともしてやれねえ。ごめんな」
「そんなことないですよ。エミル様は真面目で贅沢もなさらないではないですか。領民と気さくに接してくださいますし」
「まあオレは平民だからよ」
「今は男爵様ですよ」
「お貴族様か。慣れねえな」
「それにわたくしを愛してくださいますし」
「いい女だからな」
エミル様にいい妻いい女と言われます。
またわたくしの学んだことや人脈で、エミル様の力になれています。
無上の喜びです。
何故ならわたくしはエミル様に救われたことがありますから。
チラッとしか顔を合わせていませんので、当時のわたくしのことを覚えてはいらっしゃらないでしょうけど。
八年前になりますか。
国境にあるホールデン子爵家領にノーヒロス軍が攻めてきたことがありました。
援軍として派遣されてきたのが、当時まだ中尉だったエミル様の一隊です。
率いてきた兵数も少なく、国はホールデンを見放すのかと絶望的な気持ちになったものでした。
しかしエミル様は何でもないことのように大勝利しました。
その時はまだニューベリンが劣勢と言われていたのにですよ?
この戦いはニューベリンが優勢となる転機になりました。
あとになってお父様に聞いたことですが。
「あのエミルという男、天才だ」
「どういう戦況だったのです?」
「この高台があるだろう?」
お父様が指す地図上の一点、素人のわたくしでも一目で戦略上の要地とわかります。
この高台の攻防が勝敗に直結するでしょう。
「当然エミル中尉が高台に陣取るものと思った」
「違ったのですか?」
「丸っきり戦闘素人の村人をありったけの強弩と鳴り物とともに配置したんだ」
「えっ?」
いえ、戦闘素人であっても強弩があればある程度の戦力になる?
「中尉は笑って言った。ノーヒロス軍にとってホールデン子爵家領に大した戦略的価値はない。こちらに寄越した軍は陽動だと」
「わたくしもそう思います」
「だから敵軍に戦意はない。高台に陣どってりゃ本気で攻めてはこない。強弩があれば十分追い返せると」
「……かもしれませんが、エミル中尉御自身はどうされたのです?」
「ここだ」
お父様が指す地図上の別の点。
ノーヒロス領内ですね。
何かありそうな場所には思えませんが……。
「ノーヒロス軍の食料集積所の一つがあった。我が領に攻めてきていた部隊はその食料集積所の守備隊が半分なのだと」
「エミル中尉はよく調べていますね」
ノーヒロス軍の戦略はわかります。
ホールデン子爵家領を攻めれば、食料集積所の位置がバレていたとしても逆襲する戦力はニューベリンにはない。
何故なら結局勝負を決めるのは街道沿いの、両軍の主戦力による大会戦でしょうから。
枝葉の戦いに戦力をつぎ込むのはムダ、ニューベリンがホールデン子爵家領に少しでも兵数を割いてくれればいい、というのがノーヒロス軍の思惑だったでしょう。
ところがエミル中尉は?
「どうせ油断してる。食料集積所を焼いてしまうと」
「……確かに敵軍も油断していたでしょう」
兵糧を奪取するのは難しくとも、色気を出さずシンプルに焼くと決めていれば成功率は高そう。
「食料集積所を焼いてしまえば、放っといてもホールデン子爵家領に攻めている軍は撤退すると」
「それが故の勝利ですか」
「中尉の戦略構想のすごいのはここからだ。食料集積所を焼いたらノーヒロスは我が国北東からの侵攻は諦め、街道での主戦力同士の決戦に注力するだろうと」
「わかります」
「そうしたらこの食料集積所のある地点に我が軍の砦を建設すると」
「えっ?」
「ホールデン子爵家、キルロー男爵家、レアード男爵家の協力があれば可能だから、わしも協力してくれとのことだった」
「何の意味があるのです?」
ノーヒロス領内ですよ?
我が軍は劣勢なのです。
この戦いはノーヒロス軍を追い返せば御の字、ニューベリンも街道に戦力を集中すべきなのでは?
「食料集積所を設置していただけあって、天然の要害なのだそうだ。つまり本来は寡兵で守れる地ではある」
「油断しなければですか」
「うむ。一方でここにニューベリンの戦略拠点があれば、ノーヒロスは警戒せざるを得ない。喉元に刃物を突きつけられたも同然だからだ。ホールデン子爵家、キルロー男爵家、レアード男爵家から援軍や補給を送るのは比較的簡単だからな」
驚きの戦略構想でした。
これで戦況はニューベリン優位に傾いたのです。
我が軍の取れる手段が多くなり、さらにエミル様は戦況が有利になったことを利用してノーヒロス貴族の切り崩しに成功し、最終的な大会戦の勝利に繋がったのです。
エミル様はホールデン子爵家を救ってくださいました。
一時期は見捨てられたと絶望的な思いだったのにですよ?
去ってゆく中隊に手を振ると、エミル様が手を振り返してくれたのです。
わたくしの心にエミル様が深く刻み込まれた瞬間でした。
いつかエミル様に恩返ししたい。
エミル様は大出世するでしょう。
将来は叙爵されるのではないでしょうか?
でも平民のエミル様には、社交や領政は経験のないことです。
ああ、わたくしのお手伝いできることがあるではありませんか!
わたくしは貴族学校で懸命に学び、エミル様の婚約者候補に推されました。
本当に夢のようでした。
エミル様は恋愛には奥手のようで。
オレでいいのかと何度も確認してきたのですよ。
あなたがいいのです。
エミル様がしみじみ言います。
「シンシアには頭が上がらねえよ」
「うふふ」
頭が上がらないのはわたくしのほうですよ。
エミル様はわたくしの、ホールデン子爵家の、ニューベリン王国のヒーローなのですから。
「オレにできるのはこれくらいだ」
「十分ですのよ」
エミル様が後ろから抱きしめてくださいます。
頼りになる温もりですねえ。
「愛してるぞ」「愛してますよ」
重なる声に笑いが出ます。
ありがとうございます。
わたくしは幸せです。
『銀河英雄伝説』のエル・ファシルの英雄のエピソードのオマージュですね。
エミル・ガランが当時中尉だったというのは、エル・ファシルの時のヤン・ウェンリーも中尉だったからです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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