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鬼追師の姫緒   謡言の澱  作者: カンキリ


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8/12

付喪神 その1

 あまりに意外な結論だった。

 まさか、『本職』から『気のせいです』と宣告されるなどとは――。

 しかし、どうやら自分を騙す気は無いようだと妙に感心する自分がいる。

「いいえ!違うのデスよ!」

 ぶんぶんと大きく首を振って風小が叫ぶ。

「ちがう?」

 北條が聞き返すと、風小は「はい」と言う返事とともに、ズイと北條の鼻面まで顔を近づけて話し出した。

「北條さんは、うちの事務所に電話をかけて来ましたデスよね?」

 北條には風小が何を言っているのか理解出来なかったが、確かに――。

「俺はあんたの事務所に電話したけど?」

 それがどうしたというのだろう?

 そんな北條の態度を見て、風小は焦れったそう口をひらく。

「うちのホームページは細工がしてあって、普通の人が見ても電話番号の下4桁の数字が『ZELOSO』の6文字になって見えるのデス。正しい電話番号を知る事が出来るのは強い『場』の影響を受けたことがある人だけなのデスよ!」

 そう言うと風小はビシッと人差し指で北條を指さした。

「つまり、北條さんはつい最近、あやかしが生まれるほどの強い『場』の影響を受けているのデスよ!」

「だ、だけど――」

 北條はそう言うと、少し考えた風な態度をして続けた。

「反応が無いって言ったのはアンタだろ」

 ウッ、と 風小がたじろぎ後ろに下がる。


 言って良いものだろうか?と風小は戸惑っていた。

 事実を言ってしまえば、話は間違いなくややこしい事態に転がるのは目に見えていたからだ。


「なぁ――」

 そんな風小の態度に北條は不審を感じた。

「何か企んでるんじゃないのか?」

 風小が顔を真っ赤にして再び後ろに下がる。

「な、なんてことを――」

 悔しさで泣き出す寸前。

 少なくても北條にはそう見えた。

 だが、それこそが演技であるかもしれないとさらに不審が募る。

 北條は風小をないがしろにすると、椅子に座り直し、姫緒の方へ向き直った。

「ねぇ、所長さん――、鬼追師さん。何を企んでるのかは知らないが、いい加減めんどくさい茶番は止めてくれないか?」

 姫緒は彼のそんな態度を気にするようでもなく、風小の方に何事かを確認するように目線を送った。風小が意味ありげに小さく頷く。

「『憑代』か」

 来緒はそう小さく呟き、面倒くさそうに机の上にある、北條が放置した携帯電話に手を伸ばそうとした。

 と――。

 机の上に投げ出されていた携帯電話が、けたたましく呼び出し音を鳴らし出す。

 姫緒は伸ばしかけた手をひっこめると、北條に目配せで電話に出るように促した。

「言われなくても――」

 彼は机の上から携帯を取りながら考えた。

 これで、すべて終わる――、と。

 電話の主は多分、川口だろう。

 さっきの伝言は最後通告にアラズ。

 きっともう一度確認の電話を入れてくれたのだ。

 電話に出れば川口の聞き慣れた声が流れ出し、互いに勘違いと行き違いがあった事を確認しあう。

 そして、この『鬼追師』達に今日は先約があったことを伝えて帰ってもらう。自分は川口と約束した居酒屋へ行って何事も無かったことになる。

 それで、終わり。

 もうすぐこの腹立たしくも居心地の悪い空間と時間からおさらば出来る。

 『ハズ』だ。

「もしもし、北條です」

「全く!何やってんだよ!」

 予想どおり、電話口からは聞き慣れた川口の声がした。

「わりぃ――」

 北條が言い訳を始めようとした言葉を遮るように、電話の主がしゃべり出した。

「マッたク――、鬼追師ナンカよビヤガッテ!」

 北條の頭の中は白紙の紙が広がっていくイメージで満たされて行き、言いようのない不気味さに身体が氷つく。

 すると――。

 彼の手に持ったままの携帯は、聞いたこともないような乾いた破裂音とともに、自ら強く輝きだした。

 熱さや痛みは無かったが、あわてた北條は大きな悲鳴とともに電話を床に投げ出していた。

 目の前で起こった怪異に応じるように、姫緒がとっさに立ち上がると、座ったままの北條と、傍らに立つ風小の襟首を左右の手で鷲掴みにして、驚異的な瞬発力と反動を利用して、部屋の隅に投げ飛ばしす。

 二人はダイニング続きのキッチンの隅までもんどり打つように転がって行った。

 携帯電話の怪光は見る間に膨れあがり、まるで光そのものが質量を持つかのように、粘りつく質感を帯びて来て――。光が物質に変換し始める。

 やがて粘質の液体の様になったそれは、はた目から見ると、べっ甲色の水飴のようになって天井の高さ一杯まで伸び上って、吼えた。

「カおおおぉぉぉぉぉぉっ」

 『水飴』が、鎌首を持ち上げた蛇のように先端を垂れ下げると、脇腹の一面に、十数の、縦長の瞳孔をした猫目を思わせる金色の瞳が一斉に開いた!

 おぞましき姿。アヤカシの具現。

 アヤカシは、まだ身体が完全に安定していないらしく、不規則に揺れながらたたずんでいたが、蠢く数多の猫眼は、鋭い眼差しで一斉に姫緒を捕らえていた。

「天来地帰」

 姫緒が右手の人差し指と中指をたてて振り下ろし唱えると、空中にふらりと青白い火球が四つ現れ、 それが、手当たり次第にアヤカシに衝突して行き、身体の表面を焼いては離れると言う攻撃を始めた。

 火球に触れたアヤカシの身体は、一瞬大きく炎を上げる。

 アヤカシにとって、この、文字通り身を焼かれる行為はかなり辛いものらしく、身体をよじり、苦しみ悶える。

 姫緒はそんなあやかしの様を一定の距離を取りながら見守っていた。

「な、何なんだよ、こいつわぁ!」

 北條が、風小の身体を盾にするようにすがり付き、裏返った声で叫んだ。

 彼の手が激しく震える感触が、風小の身体に伝わって来る。

「アヤカシデスよ。憑代を使っていたのデスよ!」

 風小が姫緒とあやかしから目を離さないようにして答えた。

 北條からの反応が無い。

 不審に思い視線を彼に向けると、ギロギロとした眼光で、訴える様な視線を彼女に向けていた。

 無視して続ける。

「アヤカシが『場』の存在に頼らずに存在する方法が一つだけあるのデス。霊的な処理の行なわれた物体の中に潜むこと。つまり、『憑代』を使うことデスよ!わかりますか?」

 彼女の問いかけに北條は力無く首を横に振った。

 目の前では相変わらず、アヤカシと火の玉の攻防が続けられている。青い火球がアヤカシに攻撃を仕掛ける度に、巨大な火柱が天井を焦がすほどまで吹き上がり、アヤカシはのたうち回る。

 だが、不思議なことに炎が建物を焦すことは無かったし、アヤカシの身体は、家具をすり抜けてしまうため、この戦いはまるで大きな立体映像のテレビでも見ているようであった。

「解らなくてもいいですから聞いてくださいませ。北條さんの今後にも関係する大切な事デスよ!」

 風小が北條の両肩を掴んで揺さぶりながらそう言ったが、北條にはその声が、現実味を帯びないくらい遠くでする汽笛の音の様にしか感じられなかった。

「『言霊ことだま』と言う言葉を知っていますデスか?」

 風小は北條の顔を真顔でじっと見据えて言った。

 北條は、相変わらず、ただすがるような目つきで風小を見ている。

「北條さん――、あなた悪い人なのデスか?」

「何言ってんだぴょ!」

 今にも泣き出しそうに顔をぐしゃぐしゃにした北條が叫ぶ。

「風小!早くしなさい!完全に実体化したら厄介よ!」

 姫緒が叫ぶ!風小はその声にハッとした様子で、北條の肩を持つ手に力を入れた。

「いいですか?北條さん――、これから話すことは、とっても、とっても、大切なことデスよ。目の前の問題をどう解決するか?すべては北條さんの返事いかんにかかっていますデスよ。解りますデスね!」

 声を出したことで多少落ち着きを取り戻したのか――。

 北條が力無く頷く。

「つまり――、北條さん、率直にお聞きいたしますデスが」

「早く!」

 姫緒が再び催促すると、風小が叫んだ!

「あれを退治してよろしいデスか!」

 一瞬、北條の意識に沈黙が訪れた――。

 あれ?あれ、とは――あれのことだろうか?北條が風小の肩越しに、のた打ち回るアヤカシを見つめて――。

 豪快に鼻水をすする音とともに叫んでいた!

「何いってんだよほぉ!オメェはよう!アタリめーだろう!」

「姫さま!お客様から『上』のご注文お受け承りましたぁ!デスよ!」

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