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鬼追師の姫緒   謡言の澱  作者: カンキリ


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3/12

風小 その1

「へー、それはそれは、大変な経験をしましたデスねぇ」

 鈴を転がすような女性の声が携帯電話の向こうから答えてくる。



 翌日の昼。

 北條は、仕事の昼休みを利用して、会社のインターネットで探し出した『霊媒師』に、喫茶店の薄ら寒いオープンテラス席の隅の隅からこそこそと携帯電話をかけて、家での非常事態を報告していた。

 こんな話――、明るくなってからよくよく考えてみると、確かに、人に聞かれる事をためらう内容だと気づいての事だった。

「よくあるのデスよねー」

 電話口の女性の声からは『緊張感』とか『親身』とか言った感情が感じられない。

 それどころか、妙に悟っていると言うか。

 好奇心らしきものすら微塵も伺えず、ともすれば、こちらの話を信じていないのではないかと思えるほどに日常的な受け答えをした。

 真剣味が無いとも取れるそのやり取りは、気に障るといえば気に障り――。

 本当ならば、とっくに電話を切ってしまってもおかしくは無かったかも知れない。

 ところが、『我慢』という感情とはほど遠い――。

 むしろ、『安らぎ』すら感じて、こうして話し続けてしまっているのは、この電話の娘の『声質』のせいだった。

 とにかく聞いていて心地よい。

 夏の日の、夕立の後の一陣の風や、打ち水したあとの地面の匂い――。

 そんな清々しさや、どこか懐かしい心地よさに似た感覚が耳をくすぐる。

 彼女は自分を『フウコ』と名乗った。

「あっ、でも、『フウコ』の『フウ』は『風』と書くんですけど『コ』の方は子供の『子』では無くて、小さいと言う意味の『小』を書いて『風小』と言うのデスよ」

 聞きもしないことをベラベラ良く喋る。

「それに、私『ねずみ』嫌いなんデスよー」

 本当に良くしゃべる。

「寝てる時にかじったりするじゃないですかあ~」

 涙声で訴えた。

 あるのか?かじられたことが?

 何にせよ。

 北條はこの『霊媒師』に連絡を取ったことを後悔し始めていた。

 長瀬の家で一晩明かした北條は、彼の洋服を借り、かなり早めに会社に出勤した。

 長瀬の提案どおり『霊媒師』を探すためだ。

「探すッて、いったいどうやって?」

 昨夜、北條が尋ねると長瀬はめんどくさそうに寝床から答えた。

「テレビ局に聞くとか――。あー、とー、はぁ……。インターネットかなぁ……」

『なるほど』北條は妙に感心し、そして確信した。『その方法は正しい』――と。

 だが、北條は自分の家でインターネットの出来る環境を持っていなかった。

 そこで、会社のパソコンを使って検索する事を思い立ったのだった。

『テレビ局に電話』と言う提案も有ったわけだが――。

 どうもテレビに出演している『霊媒師』達は『うさん臭い』。

 万が一有能な霊能者とやらに出くわしたとしても、テレビ局が嗅ぎつけて『ドキュメンタリー』番組なんぞにされでもしたら、イイ晒し者になってしまう。

 たまったものでは無い!

 なにせ――、自分の話は『本物』なのだ。

 そうなる可能性は充分にあるのだから――。と、考えた。

 早朝のため、人もまばらな事務室の自席のパソコンを起動する。

 もどかしげにインターネットに接続し検索サイトを立ち上げた。

 『霊』『霊媒師』

 そこまで入力し、検索のボタンをクリックしようとして、何か物足りなくてちょっと悩む。

 数秒後。

 最後に『退治』と付け加えて満足げに検索を開始させた。

 意外なくらいにヒットした。

 100件近いかも知れない。ちょっとたじろぐ。

 気を取り直して画面に表示された検索結果を上から順にアクセスしてみる。

 ……。……。

 ものの見事に『うさん臭い』。『暗い』。『電波系』。

 逆に呪われそうで、入場のクリックを躊躇ってしまう様なモノまでいくつもあった。

 とにかく一様に、一般の感覚的に――、悪趣味だ。

 四分の一ほど閲覧した時点で、北條はうんざりし始めていた。

 そのとき――。

 『霊査所』

 と言う見出しが気にかかり、順番を無視してクリックしてみる。

 クリーム色の壁紙にコバルトブルーの太文字で『姫緒-KIO-霊査所』と横書きされている。

 その下には赤紫色の小文字で、

 『萬あやかし事承ります。まずはお電話で!』

 と書かれており、その下にはひっそりと電話番号とメールアドレスが書かれていた。

 どこにもリンクされていない、まるで新聞の求人欄のような、ただそれだけのページだった。

 だが、今までのページに比べると――。

 とりあえず普通。

「ここでいいか――」

 北條はため息を漏らすと、そのページをプリントアウトした。



 しかし、それは間違いだったかも知れない。

 そう思い始めていた。

「あのー、私の話聞いてますデスかぁ?」

 電話口で風小が尋ねてきた。

「と言うよかさ、風小――さんだっけ?」

「はいデスよ!」

 びっくりするほどハキハキとした返事が返ってくる。

 しかし、怯んではいられない。

「オレの話、解ったの?というかおたくの所大丈夫なの?」

「あっ!もう、ゼーンゼン、ぜーんぜんばっちり!ちり助デスよ!」

「ちり――、すけ――」

 もうダメだと思った。

 取り返しのつかなくなる前に断るしかない――。


 彼が言葉にしようとした一瞬先に、風小が切り出した。

「うちの姫さまは最強の退魔師『鬼追師きおいし』なのデスよ」

「『鬼追師』?」

 初めて聞く言葉に、北條が怪訝そうに聞き返す。

「えーっ!鬼追師をご存じないデスか?」

 風小の問いに北條が「ああ――」と答える。

 それでは、と言って風小が語り出した鬼追師の話は大体次のような物だった。



 かつて、平安の時代、膨大なる知識と資質により、自然の摂理を理解し、錬金術を操り、祈祷、占星術に長けたモノ達が居た。

 世に言われる『陰陽師』である。

 陰陽師は、時にその強力な呪詛によって、人知の及ばぬ事件『あやかし事』を鎮め、都の平穏を守っていた。

 しかし、彼らはその大半が都のお宮に仕える、今で言うところの『公務員』であったため、都の外で起こった『あやかし事』に対しては全くと言っていいほど機動力を持たなかった。

 そんな中、一人の陰陽師――。

 後に平安の裏舞台に鬼追師の姫の中の姫『酔姫』としてその名を轟かせることとなる堀川南洞院綾乃翠の父、堀川置戸は、陰陽師の職を離れ都落ちし、都の外からの霊障壁を築きあげるため、広く地方の陰陽師達より資質者を募り、陰陽師の別機動部隊を教育、育成した。

 主に政治まつりごとの祈祷を生業とした陰陽師に対して、『あやかし退治』を生業とする機動部隊は、より強力な呪詛や錬金術を必要とし、チカラを付けていった。

 しかしやがて――。

彼らの思想やことわりは、陰陽師とはあまりにかけ離れた粗野なモノとなり、野蛮との誹りを受け始めると、いつしか、都に鬼を寄せ付けない番犬と言う意味から、卑下た意味を込めて、『鬼追師』と呼ばれ歴史の裏舞台へと追いやられる事となる。

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