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鬼追師の姫緒   謡言の澱  作者: カンキリ


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鬼追師 その2

「う、ううんんんん」

 姫緒が熱い吐息を漏らす。

 だが実は、あやかしは彼女をいたぶっていたわけではなかった。

 むしろ焦っていた。

 あやかしの力は人間の手足など難なく引き抜けるほどの力を持っていたのだ。

 なのに、懸命に引き抜こうとしているにも関わらず、姫緒の身体には、後一息のところでそうさせない『力』が働いた。

 実体化したとは言え、あやかしの力の源は霊的なものだった。

 姫緒は自分の身体の関節部と急所となる機構部分に霊的に気の固まりを造り出していたのだ。

 この霊的処理があやかしの力に反発し寸前のところで攻撃を防いでいた。

 もっとも――。

「はぅぅぅぅううう――」

 艶めかしい姫緒の呻き――。

 あやかしの必死の攻撃。

 手足を引き抜けない事を悟ったあやかしは彼女の身体を二つに折ろうとして弓なりに軋ませ出した。

「あぁぁぁぁ――」

 姫緒を襲うのは、アヤカシの責めによる肉体的な苦痛。

 そしてそれが彼女にもたらすのは――。

 シビレルヨウナ快感。

「ああ、恐ろしい――」

 風小が呟いた。

「?」

 訝しそうにこちらをみている北條に気づいて風小が続ける。

「私は恐ろしいのデス。もし、あの姫さまがサドだったりしたら――」

「何を言ってるんだ?」

 北條が問うと、風小は大まじめな顔になった。

「姫さまですよ。うちの姫さま、ああ見えても『マゾ』なんです」

「マ、ぞぉ」

「はい。マゾです。Mです。大マゾです」

 風小に言われて姫緒に気を向けた北條の目に、彼女の、苦痛とは程遠い誰の目にも愉しんでいる事が明白なほど恍惚とした表情が写った。

 霊的な遮蔽はもっと完璧にすることが出来た。

 しかし、これは彼女にしてみれば滅多にないイベントなのだ。

 自分を殺そうとするまで責めてくれるなんて――。

 人のものとは思えぬ大きな音を立て、彼女が生唾を飲み込む。

 気が遠くなりそうなくらいの喜びがむず痒く全身を駆け抜ける。

 リスクが無いわけではない。

 いや、リスクが有ればこそのイベントなのだ。

 もしも、もしもあやかしの責め苦に自分が感じすぎてしまったら――。

 あやかしの責め苦で絶頂にまでのぼりつめさせられてしまったら。

 全ての霊的遮蔽は消え去ってしまい、自分の身体はあやかしの手によってズタズタに裂かれてしまうだろう。

 そんなこと、そんなことを。

 タマラナイ――。

 考えただけでもぞくぞくする。

 肉体と精神の両方から与えられる甘美な空間に浸る。

 逃れられない。

 身体の芯の芯から熱いしたたりがあふれ出す。

「クうっ」

 切ない呻き声が、食いしばった彼女の口から漏れる。

 自分の陥っている淫猥な気持ちを、その呻き声から悟られるのではないかと勘ぐる。

 そんな羞恥心が、新しい快楽の扉に火をつける。

 このままでいたい。

 もうそろそろ『仕事』に戻らねばならない。

 だが――。

 せつなさが全身を虫ずのように這いずり回り、淫らな精神を丸裸にしようとする。

「ひッ、だ――、もう――」

 自分の口から発せられる声の卑猥な響きにうっとりする――。

 快感が加速する。

 姫緒の身体の熱い部分から全身に向けてゾワゾワとした感覚が広がる。

 そのとき初めて、姫緒は自分が取り返しのつかない事態に陥っていることに気づいた。

「あ、あ、!だめ!だめぇぇぇぇぇ!」

 だった一度だけ、姫緒が快感に抵抗を試みる。

 だが。

 それきりだった。

 乾いた口からは快楽を舐め取ろうとするかのように舌がだらりと垂れ下がり、本能が何かを求めるようにひくひくと痙攣を始めた。

 身体の末端という末端、手足の指先、髪の毛一本一本に至るまで、全てが段々外に向けて力が入って行くのが解る。

 イってシまウ――。

 漠然とそんな言葉が浮かんだが、それが何を意味するのかを考える思考はもはや無かった。

 むしろ、絶頂を迎えてしまう事によってこの快楽を継続できなくなってしまう事の方が今の姫緒には恐怖だったかもしれない。

 自分の熱い部分がひくひくと痙攣し出すのが感じられた――。

「うッ」

 姫緒の瞳が光を失う。

「!っ」

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ姫緒の理性が本能を押さえた。

 そして再び――、永遠に消え去ろうとしたその時。

「姫さま!いい加減にしてください!」

 風小の声!姫緒の瞳に輝きがもどる。

「あ、ぶなかったぁ――」

 姫緒は一つ息をついてそう言うと、自分を取り囲んでいた霊的遮蔽をほんの少しだけ強くした。

 ホウセンカの種が弾けるように姫緒を絡めていたアヤカシの『足』が弾け飛んだ。

 支えられる物が無くなり姫緒の身体は床に落ちて行った。

「イタタタ」

 彼女が後頭部を押さえて立ち上がる。

 アヤカシは怯むことなく再び姫緒を捕らえようと次々に足を延ばすが、その足はことごとく姫緒の身体に触れる直前に、小さな音を立てて弾け飛んだ。

「風小!場を閉じなさい」

「I wouldn’t say no.(承知しました)」

 風小は深々とお辞儀をしながら、風水銃を胸の位置に構えた。乾いた拍子木の様な音とともに、風水銃の文字盤が一斉に裏返り、朱赤の地に大きく黒文字で『封』の字があらわれる。次の瞬間。

 目眩がするほど大きく空間が歪んだ。

「な、何が――」

 狼狽しながら当たりを見渡す北條の目には、空間が歪んだこの現象が世界の時間が止まり、風景が白黒になったように写った。

 時間と光が、空間の歪みのために、北条にはうまく認識出来なくなっていたのだった。

 狼狽していたのは北條ばかりでは無い。

 アヤカシもまた事態の把握にとまどっていた。

「どうだ?アヤカシ。この『場』のすべての気の通りを閉じた。これでおまえはどこからも力を補給することも、逃げることも出来ない」

 姫緒はそう言ってアヤカシを鼻で笑う。

 そう、この封じられた空間であやかしは大きな力を使うことは出来ない。

 大きな力を使おうとして身体にためるだけの『気』をどこからも吸収することが出来なくなっていた。

 だがそれは、姫緒にも言える事だった。

 ここでは力を補給できない。

 それ故、この場を創り出す前に大きな力をため込む必要があった。

 この場を創る前に――。

 絶頂スレスレの快楽に身を置くことにより、姫緒は大きな力を身体にため込んでいた。

属性石キャラクタル

 姫緒が言い放つと、彼女の胸の当たりが強く鈍い光で輝きだし、その光が段々と首の方へと移動して行くとやがて――。

 洋服の首の部分から、ペンダントトップについた輝石『ムーンストーン』が浮き上がり、空中で止まった。

「属性はルナティック」

 姫緒は、空中に浮かんでいるムーンストーンを手にとって軽くキスをした。

 そして、覚悟を誘うようにアヤカシを睨め付け叫ぶ。

「封印術『絶対崩壊域(アブソリュート・クライシス)』!」

 ムーンストーンの『属性』が姫緒の身体に流れ満ちていくとともに、濡羽色の長い髪がさわさわと次第にざわめき出し、白乳色の輝きが彼女の全身を覆った。アヤカシの四面と上下に巨大な方陣が光り輝き浮かび上がり、軋むような唸りを轟かせ、ゆっくりと回転しだす。

 アヤカシを取り囲んだ六つの方陣は、さらに輝きを増して行くと、やがて分裂し、新たな方陣を生み出し、回転を早めながら次々にアヤカシに発射される!

 方陣の当たったアヤカシは咆哮を上げてのたうち逃れようとするが、身体は徐々に崩れて行き、大きな黒い固まりに姿を変えて行った!

 やがて、ピクリともしなくなった『それ』は、巨大に膨れあがった下面の方陣にすべてを飲み込まれ、消えていく――。

 それで終わりだった。

 大きな音とともに空間の歪みが元に戻り、時間と色の感覚が戻る。北條はただ放心し、あやかしの消えた空間を見つめていたが、何者かに肩を叩かれ我に返って振り返る。

 と、そこには、風小が立っていた。

「ねっ!」

 風小が微笑みながら続けた。

「ばっちり!ちり助!」

 彼女はそう言うと北條から携帯電話を奪い取り、片手で粉々に砕いてしまった。

 満面の笑みをたたえながら。

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