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鬼追師の姫緒   謡言の澱  作者: カンキリ


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鬼追師 その1

 北條のまわりには、殺伐とした光景が広がっていた。

 焦げた床や壁紙――。

 散乱したガラスやへし折られたテーブル。

 裂けた家具類――。

 それらは全て今までのことが現実であったことの証拠――。

 北條は力無くよろよろと立ち上がると、何かを思おうとするが、目の前の事実を頭に詰め込むだけで精一杯だった。

「ほーぅじょーさん!」

 満面の笑みを浮かべながら、エナメル服に身を包んだ風小が北條に飛びついて来た。

 惚けた顔のまま、非常にゆっくりと北條は風小を受け止めた。

 それは反射的なものであって、彼の意識が整ったためでは無かったのだが、お構い無しに風小は続ける。

「北條さん、見てましたデスか?見てくださいましたデスか?私やりましたデス!やっちゃいましたデスよ!」

 彼女はそう言うとうれしそうに、『きゅうっ』と、抱きついた腕に力を入れて北條の胸に顔を埋めた。

 北條は事態をまだ飲み込めず、真っ白なまま当たりを見回す。

 どこかに溶けて行きそうな固まらない意識の中で――、視線を感じた。

 反射的に、それでもゆっくりと――、視線の先に首を巡らす。

 姫緒の視線だった。

 精彩が無い北條の世界の中でその視線は力強く、存在感のあるものだった。

 北条が、すがるような視線をそちらに向けたその時――。

 だしぬけに、甲高い電話の着信音が響く。

 風小が顔をこわばらせ、北條からゆっくり離れて行く。

 北條の右手――。

 そこにいつの間にか携帯電話が握られていたのだ。

 電話の着信音は呼び出し続けている。

「北條さん!いけませんデスよ!」

 風小が叫んだが、北條は意識の欠けた様子で電話のスイッチを入れると耳に近づけた。

「モシモシ――」

 電話に話し掛ける。

 そして――。

「えっ?」

 北條は何事かを電話から告げられた様子で小さく声をあげると、それを姫緒に差し出す。

「鬼追師さん――。あんたにだ」

 風小が固唾をのんで見守る中、姫緒は唐突に、ためらいなく北條に進み寄ると、差し出された電話を取り「ありがとう」といって耳に当てた。

「もしもし」

 不審に思う風でも無く、毅然とした態度で電話に出る。

 電話は沈黙していた。

「もしもし?用が無いなら切るわよ?」

 姫緒がそう言って電話を耳から離そうとしたそのとき。

「きゃー!」

 突然の風小の悲鳴!

 携帯電話の画面部分から、無数の昆虫のような足が湧き出し、わきわきと姫緒の耳を掴もうと蠢いていたのだ。

 姫緒は少しギョッとした風だったが、すぐに気を取り直すと、電話に向かい人差し指と中指で宙に十字を数度描き九字を切った。ギッギッっと言う虫の足が擦れる音を残して足は消滅する。

「戯れてもムダよ。どうせならもっと愉しみましょうよ」

 電話に言って聞かせるように姫緒がいうと、再び九字を切ろうとする。

 だが、わずかに早く、携帯から、再び乾いた大きな破裂音と発光が発生したかと思うと、新たな異形のモノが具現した!

 今度の『モノ』は前回のモノとは違った形態をしていた。

 一言で言えば2メートルほどに伸び上がった顔のない真っ黒なムカデ。

 ただ、ムカデのように横腹に一列の足が付いている訳ではなく、先が三叉に割れたカブトムシの足の様な不快な腕が、まるで古い大木の枝のように身体中に騒々と生えていた。

「姫さまぁ!」

 風小が、壊れかけていた北條の正気を取り戻すほどの、大きな叫び声を上げる。

 意識を戻した北條が風小の視線の先を――、新しいアヤカシの方に視線を向けると、彼の目に絶望的な風景が飛び込んだ。

 無数のアヤカシの足が、姫緒の四肢と身体を絡め取り、晒し者のように空中に持ち上げていたのだ。

「モシモシ――」

 アヤカシが声を発した。

 その音声は姫緒の声だった。

「モシモシ」

 携帯の録音を再生したような聞き難い姫緒の声真似。

「切る、ききききキル――」

 アヤカシは姫緒の声を真似ながら、捕まえた彼女の肢体をひき千切ろうと言うかのようにギリギリと力を入れていく。

「用がない、無いなら切る・截る・伐る・剪る・斬る・殺る(キル)」

「うぅ――、あぁぁぁぁぁぁ!」

 姫緒の叫びが上がる。

「北條さん!あなた何んてモノを飼っているのデスか!」

 風小の声に北條が我に返る。

「ふざけるな!俺が飼ってたわけじゃねー!」

「北條さんの携帯から出てきたのデスよ!」

「ウッ」と言って北條が言葉を詰まらせた。

 ズイと風小がにじり寄る。

 北條は一瞬、風小の視線から目を外したがすぐに気を取り直して叫んだ。

「詭弁はいいから、さっきの奴みたいにサッサとやっけろ!」

 一匹目のアヤカシを風小が目の前で倒したのを見たためか北條はかなり強腰だった。

 今度は風小が言葉に詰まる。

「あ、あんな――、波動――せん、デスよ――」

 口ごもり気味に何事かを小さな声で答える。

「さっさと倒せ!」

「あんな強力な奴!波動だけで吹き飛ばすことなんて出来ません!」

 聞かなければよかった。

 北條は気が遠くなるのを覚えた。

「ヨ、ヨウ!用、ヨ、よよよよようが無いナイ、ナイナイ亡イ――」

 アヤカシが騒ぎ出す。

 姫緒の身体は大の字に引き延ばされていたため、服の下半身は全てたくし上がっていた。純白のインナーが露になり、しなやかで肉付きのよい太股が根元までむき出しになる。あやかしは姫緒の身体を高々と差し上げると再び肢体を引き抜こうとして力を入れ始める。彼女の手足は限界一杯に引き延ばされギリギリと骨が軋み出していた。

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