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好きの将来性

作者: 大自然の暁
掲載日:2026/02/26

 空気が暖かく始める春の頃。

 それでも朝はやはり寒い。

 寒いから布団を被ってしまう。

 俺はスマホのアラームを寝ぼけた頭で止めた。


「あら、スヌーズモードになってるわよ」


「んあ……、あー……。めんどいしシャットダウンしよ……」


「怠惰ね。陸上をやっていた頃はもっと早くに起きていたでしょうに」


 眠たい目でベッド横にいる女を見る。

 高校の制服をきっちりと着ている。

 長い黒髪は綺麗に手入れされ、白い肌はまるで日光を知らない吸血鬼のようだ。

 糸目の端を少し釣り上げ、実に面白そうだ。

 俺をからかっているのだろう。


「うるせぇ……。で、なんで家にいるんだ? それも俺の部屋に」


「あなたのお母さんが招き入れてくれたわよ」


「方法を聞いてるんじゃねぇよ。目的を聞いてるんだよ」


「あら、可愛い幼馴染が起こしに来るのがそんなに不満なの? 失礼しちゃうわね」


「答えになっていない。はぐらかすな」


「そうは言っても、あなたも知っているでしょう? 私の目的を」


「……知らんな」


「乙女心の分からない男ね。それじゃモテないでしょう。都合がいいわ」


「ちっ……」


 もちろん俺も分かっている。

 だが、それを認めたくないのだ。

 認めてしまえば決断せざるを得なくなるからだ。


「私はあなたの事が好き。だからこうやって好感度を稼いでいるのよ」


 見た目清楚なイカれた女の求愛を、俺はどうにも認められなかった。

 先日、俺はこの女に告白された。

 愛の告白だ。

 だが、それは酷いものだった。


『私、あなたに将来性があると思うの』


『……はあ』


『つまり、将来的に物凄く稼げると思うのよ。資本主義の世界ではお金が全てでしょう? だからあなたと結婚して資産を共有したいのよ』


『は?』


『だから好き。あなたの事が好き。付き合って』


 これだ。

 これを愛の告白と言い張るこいつの精神が理解不能だ。

 金を稼げそうだから好き、なんてイカれてる。

 本人に言うか、普通。

 だから返事を保留にし続けている。

 普通に断ればよかったのだが一つのイレギュラーがあり、断るに断れない状況となってしまった。


「クソッ……、なんでこんなことに……」


「陸上部に入ったせいね」


「それはっ! ……………………確かに」


 確かに、入らなければよかった。

 入らなければこいつの告白を断れたし……、何よりここまで惨めな思いをすることもなかった。

 入らなければよかった。

 もしも過去に戻れるなら、俺は陸上をしていないだろう。


「さ、学校へ行く時間よ。時間は有限なの」


「……まだ6時前だぞ」


「早く行って今日の授業範囲を予習するのよ。あなた、ちょっと前まで陸上一筋だったでしょう? もう三年生、受験が控えているわ」


 ああ、憂鬱な受験シーズンがとうとうやってきた。

 どれだけ嫌だったか。

 勉強、しなくちゃいけないなぁ……。

 陸上もやめちまったからスポーツ推薦は使えねぇし。

 一応推薦はされてるが……、もう陸上は辞めるからな。


「仕方ねぇーか。行くよ」


「ふふっ、登校デートね」


「ざっけんな。あん? そう言えばなんでアラームがこの時間に鳴ったんだ?」


「指紋認証でちょちょっと」


「……パスワードに変えよう。まあいい、着替えるから出ろ」


「ふふふふふふ……」


 こいつ……、さては出る気がないな?

 それなら俺にも考えがある。

 俺は窓を開けた。


「寒っ……」


「ははっ、お前は寒さに弱いだろ」


 観念するんだな。

 幼馴染の弱点くらい知っている。

 朝5時48分の寒波を喰らいな。


「くっ……、コートは下か……。やむなし」


 奴を撃退した。

 帰ってくる前に着替えよう。

 洗面所で顔を洗い、寝癖を直してから歯を磨く。

 ワイシャツを着て、裾をしまい込むようにズボンを履く。

 ネクタイを締め、鏡で確認したらブレザーを持って下の階へ行く。

 この間1分と40秒丁度。

 奴は母さんに捕まって俺の部屋に戻ってこれない。

 ウェディングドレスだとか、式場だとか、不穏な単語は取り敢えず無視する。


理人(りひと)、さっさとご飯を食べなさい。林檎(りんご)ちゃんが待っているでしょうに」


「ふふっ、いいんですよ。私が勝手に待っているだけなので」


「……」


 こいつ――林檎(りんご)は母さんの前では猫を被っている。

 いや、その他あらゆる人間の前で猫を被っている。

 ただ一人、俺を除いて。

 なぜかこいつは俺の前で演技をしない。

 好きだと言うなら好かれるような演技をすればいい。

 俺にそれを見破るスキルはない。


「今日の朝ご飯、林檎(りんご)ちゃんが作ってくれたのよ〜!」


 毒入り?


「いえいえ、早朝に押しかけた身ですから」


「いい子〜。……ほら理人(りひと)、うかうかしてたら他の男に取られちゃうわよ」


「……その手があったか」


「え? なんて?」


「いや……、なんでも。弁当ありがとう」


「お弁当も林檎(りんご)ちゃんが作ってくれたのよ〜」


「毒入り?」


「え?」


「いやなんでも」


 いかんな。

 つい本音が。

 俺は妙に豪華な……、というか俺の舌に合った朝食を胃に送った。

 なんでこいつは俺の好みを知ってんだ。

 いや、幼馴染だからか。

 そうしていると林檎(りんご)が俺に近づき、耳打ちをした。


「……理人(りひと)、毒なんて入ってるわけないじゃない」


「……そう言われると怪しく思えてくるな」


 母さんはそうこうしている俺たちを「あらあらお熱いわね」とでも言いたげな目で見た。

 恥ずかしい。

 俺は林檎(りんご)から離れ、弁当をカバンに入れた。


「じゃ、じゃあ行ってきます」


「行ってきます、()()()


「あらあらあら、あらあらあらあら…………、あら〜」


「……」


 俺は林檎(りんご)を小突き、家を出た。

 ここから決まった道を決まった順路で歩けば高校へと着く。

 ということは待ち伏せも容易ということ。

 早朝だと言うのに、待ち伏せされていた。


「ちっ……、(とも)ね……」


「ああ、面倒なことになりそうだ」


 なぜ俺の登校時間を知っているのだろうか。

 血色の良い肌に、柔らかそうな頬。

 小さな背に高校の制服はアンバランスに思える。

 肩にかかる程度の茶髪は、後ろで綺麗に束ねられている。

 (とも)は良いやつだ。

 天真爛漫という言葉のよく似合う少女だ。

 少なくとも、俺以外に対しては。


「おはよ! 理人(りひと)!」


「ああ、おはよう」


「おはようございます。(とも)さん(理人(りひと)の名前は呼んだのに私を無視したわね?)」


「あ、おはよう! 林檎(りんご)ちゃん! 今日の天気悪いね! (林檎(りんご)ちゃん、いたんだ。影が薄くて気が付かなかった)」


「そうですね。天気が悪くて(とも)さんのお顔もよく見えません。あなたの鮮やかな顔が好きでしたので。あれはなにか工夫があるのですか?(メイクで塗りたくった顔が見えなくてよかったわ。気色が悪くて見てられないもの)」


「ええー、何もやってないよぉ……。私からしたら、林檎(りんご)ちゃんの白いお顔はすっごい憧れる! (メイクなんてしていない。でも林檎(りんご)ちゃんはいつも死人みたいだからメイクしたほうがいい)」


 心の声が聞こえる。

 どうやら俺は読心術を会得したらしい。

 二人は笑顔で睨み合う。

 しかしそれは数秒で終わった。

 (とも)は俺に向き直り、こう言った。


理人(りひと)、陸上を再開しない?」


 それは一番言ってほしくない言葉だった。

 しかしそれと同時に、もっとも言ってほしい言葉でもあった。

 もうやりたくない。

 だが、背中を押してほしい。

 本心では陸上が好きだから起こる葛藤。

 しかし、だからこそ俺はその気持ちを綺麗な思い出として飾っておきたい。


「なんで、俺なんかを……」


 まただ。

 また答えの知っている質問をしてしまった。

 (とも)は小さく笑みを浮かべ、俺に近付いた。

 そして林檎(りんご)に聞こえないくらいの小声で俺にささやいた。


「君を、好きだから」


 これがあるせいで俺は林檎(りんご)の告白を断れない。

 俺が林檎(りんご)に告白された日。

 唐突で頭が追いつかず、取り敢えず保留にした。

 その時、一人で悩んでいた所に(とも)が来た。


理人(りひと)、話がある』


『え? なに?』


『私、君なら世界に通用する走りができると思う』


『……はあ。でも俺は……』


『それはいい。私は君に将来性があると思う』


『…………………嫌な流れだ』


『世界一の陸上選手に君はなれる。勝って勝って勝ち続ける事ができる。一度負けても、次の試合では必ず勝てる。私はそう確信している。世界の勝利者になれる。だから君が好き。付き合って』


『…………実はに林檎(りんご)も告白されてて、まだ答えを出してないけど』


『じゃあ断ってきて。君が断ったら私と付き合おう』


 このせいで俺は林檎(りんご)の告白を断れなくなった。

 そしての告白を影で林檎(りんご)が聞いていたせいで(とも)の告白も断れなくなった。

 正直どっちも断りたい。

 顔はいいけど片方ははお金が好きなだけ、もう片方は勝利が好きなだけだ。

 お金を失えば林檎(りんご)は俺から離れていくだろうし、負けが増え続ければ(とも)は俺から離れていくだろう。


「それで、戻ってくる……?」


 (とも)は縋るような目で俺を見た。

 これはこいつの演技だ。

 林檎(りんご)がいるからやっているポーズに過ぎない。


「……それは、まだ考えてる」


 先送り。

 俺は選択を先送りすることを選択した。

 彼女はそれを聞き、一瞬だけ悲しそうな表情をした。

 演技だ。

 演技に違いない。

 俺には彼女らの演技を見破る術はない。

 だから、演技と信じるしかないのだ。


「それじゃあ学校に行こっか!」


 (とも)は明るく、天真爛漫にそう言った。

 林檎(りんご)は澄ました笑みでそれを了解し、俺たちは三人で登校した。

 なにが正しいのだろうか。

 俺には分からない。



 学校へ着くと、授業が始まるまでの間に予習を行なった。

 林檎(りんご)のまとめ方はとても上手であり、今日一日分の授業内容を全て理解できた。

 もはや授業を聞く必要があるのかすら不明だ。


「やっぱり林檎(りんご)は凄いな」


「そんなことはないわよ。これは努力しただけだから。誰にだってできること」


「少なくとも俺はそれをできない」


「すぐできるようになるわよ」


 林檎(りんご)そう言って笑った。

 ここに(とも)はいない。

 だからこうやって素でいられる。

 (とも)は陸上部のマネージャーだ。

 朝練をしている陸上部の所へ行った。


「ところで、理人(りひと)はどこの大学を志望してるの?」


「どこの……」


 勉強の間に、彼女はそう言ってきた。

 大学はまだ決まっていない。

 監督から貰った推薦は断った。

 どこかの大学を選ばなくてはならない。

 近くの大学を適当に受験しようか。

 もうそれでいいだろう。


「私、東大に行こうと思うの」


「……えっ」


「一緒に行かない? 理三」


「……俺じゃあ無理だよ」


「三年からでもあなたなら行けるわよ。努力じゃ届かない才能があなたにはあるもの」


「仮にあったとしても理三に行けるほどじゃ……」


「行けるわよ」


 何を言っても聞かないな。

 行けるわけがない。

 理三を舐めてんのか。

 ずっと努力してきた林檎(りんご)とは違って、俺は陸上しかしてこなかった。

 テストはドベとは言わずとも上位ではない。

 ここから理三を目指すにしても、そうとうの努力をして落ちる可能性が高い。

 浪人は当然として、何浪で入れるのだろうか。

 親はきっと許してくれるだろうが、それが逆にきつい。

 だって入れない可能性の方が高いのだ。


理人(りひと)は陸上に行かない方がいいわよ」


「……」


「陸上は運の要素があまりに強すぎる。陸上だけじゃない。勝敗が関わることは運が良くないといけない」


「それは……」


「否定できる? だってどれだけ努力をしようと、より才能のある人がいればその人に負ける。もしその人に勝てても、また強い人が来たら負ける。努力が必ずしも報われるとは限らない。それに勝っても勝ってもまた次の勝負がある。賽の河原よ」


 否定できない。

 否定できないから俺は陸上を辞めた。

 俺より強い奴がいた。

 それも圧倒的に。

 努力はした。

 コンディションも最高だった。

 それでも勝てないと、心の芯で理解してしまった。


「勉強は、努力と才能が一定以上あれば必ず成功する。だから私は勉強が好きなの。運もある程度は絡む。でもそれは才能で補完できる程度。勝敗ほど運は絡まない」


「……俺に才能はないよ」


「本当に陸上一筋だったのに、勉強する時間なんて一切なかったのに、毎テスト平均点を上回っているわよね」


「平均点を超えたってだけだ。林檎(りんご)はずっと満点だっただろ」


「授業内容だけで平均点を超えられるのがおかしいのよ。この学校、結構レベル高いわよ?」


「まあ……」


 言っている意味は分かる。

 だがそれでも納得はできない。

 だって理三だぞ。

 あの東大理三に受かると思えるかって話だよ。

 そもそもあまりよく知らない。

 目指す気もなかったからな。


「……まあいいわ、考えておいて。理三を目指すにしろしないにしろ、勉強は大切だから」


「そうだな」


 話はそれで終わりだ。

 勉強を再開する。

 人がだんだんとやってくる。

 ほのかに覚えた非日常感はすぐ日常にかき消された。

 朝はもう終わった。

 授業が始まる。

 生徒たちは自分の席へと着いたのだった。



 昼食の時間。

 俺は林檎(りんご)が作った弁当を抱えて今日の昼食場所を探した。

 教室は居心地が悪い。

 陸上部で一緒だった奴が同じクラスにいる。

 つまり気まずいのだ。

 俺は陸上部の元エースだった。

 俺が一番速かった。

 全ての競技で俺が速かった。

 それなのに辞めてしまった。

 だから気まずい。

 林檎(りんご)はいつも友達と食べるため、必然的に俺は一人で弁当を食べなくてはならない。


理人(りひと)、今一人?」


 そこには(とも)がいた。

 春の陽気が差し込む、ピロティであった。

 コンクリートの地面と無骨な体育倉庫。

 グラウンド近くであり、地面には砂が散っている。

 (とも)は体育の終わりなのかジャージを着ていた。


「体育委員だから」


「ああ……、なるほど」


「今、ちょうど片付けが終わった。一緒にご飯食べよう」


「弁当あるのか?」


「購買でパンを買っておいた」


 彼女は手に持っていた荷物からビニールに包まれたパンを見せてきた。

 俺たちはピロティのベンチに二人並んで座り、一緒に昼食を始めた。

 彼女は焼きそばパンとホットドッグを二個ずつ、メロンパンとロールパンを一個ずつ買っていた。

 俺の弁当は今朝見たような食材と白米に漬物を添えていた。


「ねえ、私に会いに来たの?」


「……まあそれもある」


「嘘」


「嘘じゃない」


「同じクラスに陸上部の人がいるからでしょ」


「………………ぐぅ」


「君、嘘を吐いてる時に瞬きが多くなる癖がある」


「まじ!?」


「嘘」


「……そっかあ」


 彼女は捕らえどころのない印象がある。

 本心がなかなか掴めない。

 演技をしている彼女の方が本心を掴めている感触がある。

 彼女の顔を見る。

 無表情。

 その容姿も相まり人形のようだ。


「さっき、監督と会った」


「っ!」


「推薦、まだ完全には取り消してないって」


「俺は……」


「大学、どうするの?」


「……」


「大学は将来の仕事を決める重要な要素。陸上選手にならない?」


「ならない。なりたくない」


「嘘。君はなりたがっている。だって君は陸上から逃げただけ。心の中では勝ちたいと思ってる」


「無理だ。勝てるわけがない」


「勝つの。勝たないとあなたは未来に進めない。成長ができない。一生、あなたはこの敗北を背負って生きていかなくてはならない」


「それは……、だが……」


「敗北は勝利でしか拭えない。あなたはいつか敗北を克服できる。一緒に行こう。陸上の強い大学に行こう」


 進路を、決めなくてはならないだろう。

 まだ春、ではない。

 もう春なのだ。

 高三の春なのだ。

 陸上の道に行くのか。

 理三の道に行くのか。

 どちらも嫌だ。

 早く、この場から逃げ出したい。

 逃げて、逃げて、逃げて……。


「逃げて、どうするの?」


「……」


 逃げた先には何もない。

 敗北を考えるから陸上にはいけない。

 無垢の楽園に浸らなければ、勝利に縋れない。

 だが、そこまで愚かになれるだろうか。

 愚直に料理を目指せるだろうか。

 賢く逃げるのが一番だ。

 そうは分かっている、分かっているのだが……。


「勝とう」


 つい、勝利の炎に飛び込んでしまいたくなる。

 彼女の熱に当てられて、炎が俺に燃え移りそうになる。

 一緒に燃えて、灰となるか。

 はたまた燃料として新たな炎を生み出すか。

 林檎(りんご)の言う通り、運だ。

 才能がどれだけあろうが、平均が高ければ凡才だ。

 天才とは相対的なものだ。

 だから、俺は決められない。


「……考えておくよ」


「そうして」


 結局は先延ばし。

 選択肢は十全にある。

 あとは選ぶだけ。

 それが、妙に怖かった。


 なんの仕事がしたいか。

 陸上選手に憧れはあった。

 だが、医者の道も目指していた時期があった。

 だから林檎(りんご)は俺を理三に誘ったのだろう。

 林檎(りんご)は中学二年の頃、入院をしていた。

 今でこそ元気に学校へと通えているが、当時はそれすら難しかった。

 彼女の親が言うに、白血病らしかった。

 血液のがんだ。

 当時の俺が覚えたのは果てしない無力感であった。

 図書館にあった病気の本を食い入るように読んだ。

 医学、病理学、薬学、微生物学、看護学、その他多くの学問書を読んだ。


 内容は、今でも全て覚えている。


 林檎(りんご)はそんな俺を覚えているから誘うのだろう。

 だが、俺は林檎(りんご)のために努力した訳じゃない。

 林檎(りんご)を助けられない無力感を払拭するために頑張った。

 ただそれだけの男だ。

 結局は自分のため。

 自分の誇りを守るため。

 ただ、それだけなんだ。



 放課後、俺は林檎(りんご)と共に帰っていた。

 夕方、(とも)は部活に行った。

 俺はどうすればいいのだろう。

 横目で林檎(りんご)を見る。

 林檎(りんご)も俺を見る。

 妙に気恥ずかしく目を逸らす。

 告白に応えなければならないだろう。

 結局、それからも逃げているだけだ。

 言い訳をして、理屈をこねて、決断から逃げている。

 感情と向き合うのが怖いから、一丁前に理屈っぽく考え逃げている。


理人(りひと)って(とも)が好きなの?」


「えっ別に」


「ふーん」


「なんでさ」


「なんでもないわ」


 急になんなんだ。

 そんなことを気にする奴でもなかろうに。

 お金を稼げそうだから俺のことが好き。

 ただそれだけだろ。

 でも、それでも……。


理人(りひと)……」


 なんでそんな、辛そうな顔をしてるんだ。

 林檎(りんご)は俺を好きな訳じゃないだろ。

 お金のためなんだろ。

 なんでだよ。


「……好きよ。本心で好き」


「お前は……」


「あなたがお金を稼げそうだから好き、なんて嘘よ。好きになっちゃった言い訳をしたいだけ。それはきっと(とも)も同じ」


「……」


「怖いのよ。好きっていう感情が。その感情が正しいものか分からないし、でもあなたを思うと心が爆発しそうになる。だから、その感情に合理的な理由付けをしているだけ」


 彼女は少し頬を赤らめ言った。

 彼女は高校三年だ。

 俺も高校三年だ。

 子どもといえば子どもだし、大人といえば大人である不思議な時期だ。

 納得できない感情と、一見合理的な言い訳。

 俺も、彼女たちも、みんな正解が分からないのだ。

 経験したことのないことばかりだ。

 だから、この経験をいつか活かせるのだろう。

 彼女たちのどちらかと付き合うにしろ、しないにしろ、まだ俺には経験が足りていない。

 ここから、完全な大人になるのだろう。

 ならないといけないだろう。


 家へと帰る。

 決められた道を決められたように帰る。

 その道に、桜の木が一本あった。

 最後の花が、俺の前を舞っていった。

 そろそろ、葉桜の季節だ。

 紅葉し、葉が散り、また花が咲く。


 季節は、巡ったのであった。

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