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03.最高の淑女の礼

「私とリバース様は、本日をもって結婚いたしますのよ!」


その高らかな宣言に、会場の令嬢たちは息を呑む。

フローネは陶酔しきった表情で、自分が物語のヒロインだと切り出した。


「……は?」

静寂を切り裂いたのは、あまりにも短く、そして心底不可解そうなリヴァースの声だった。


彼は絡みつこうとするフローネの手を、まるで汚らわしい虫でも払うかのように無造作に振り払う。



彫刻のような美貌に浮かんでいるのは、圧倒的な「困惑」と「不快」だ。

「……貴様、何を言っている?」


氷点下の声。フローネの頬が、一瞬引き攣ったように見えた。


「え…、え……?リヴァース様、あの女との婚約を破棄されたのは、私を選ぶためで……」

「勘違いするな」


リヴァースは、フローネを「女」としてさえ見ていなかった。

彼の瞳はただ、情報のゴミを処理するかのような冷たさで彼女を射抜く。


そして、他の取り巻き、令嬢たちは気まずそうに「どちらの声援に回るか」と自分の位置を探っていた。


「この女を排除したのは、私の管理下に『偽り』が存在することを許さないからだ。そこに貴様が入り込む余地ななど一寸たりともない……そもそも、貴様は誰だ?」


致命的な一言。 ――『貴様は誰だ』。


散々リヴァースの気を引こうと画策し、怪しそうな《恋仲っぽい》リリアをいじめ抜いてきたフローネにとって、これ以上の屈辱はない。


会場に、今度はフローネに向けた失笑が漏れ始める。



「おい!取り巻きA笑うな、貴様らも立場を弁えろ……」

「伯爵令嬢A!お前も、私に仕えていたんじゃなかったのか!?」



床に伏したまま、私は見た。絶対的な支配者リヴァースが、自惚れに満ちた令嬢を「ゴミ」として“リリア”と同じく切り捨てた瞬間を。



(笑うな……笑いを堪えろ。堪えるんだ……!!)


「……ふふ、あははははははははは!」

床に伏し、引きずり出される寸前だった私の口から、乾いた笑いが零れた。


会場の視線が再び私に集まる。フローネは顔を引き攣らせ、リヴァースは不快そうに眉を寄せた。


(今日は何度、床に押さえつけられたことか……)


私はボロボロになったドレスの裾を払い、ゆっくりと、しかし確かな意思を持って立ち上がる。


「何がおかしいのよ、この泥棒猫!」


フローネの顔はもうすっかり赤く染まっている。


私は彼女の汚い罵声を、柳に風とばかりに優雅に受け流した。そして、あえてリヴァースのすぐ傍で固まっている彼女に向かって、これ以上ないほど深々と、完璧な礼法で頭を下げて見せたのだ。



「いいえ……フローネ様。貴方のおっしゃる通りですわ。……リヴァース様、貴様にはこのフローネ様がお似合いですわ。どうぞ、彼女を差し上げます」



リヴァースは、人生で初めて「計算外」の状況に直面していた。

動揺を隠せないのか、金魚が餌を濾しとるかのように、口元をあさましくパクパクと動かしている。



「私の故郷を侮辱し、そしてそこに生きる人々を虫けら扱い……王都の冷酷なる裁定者、リヴァース様。そんな貴方には、慈悲も愛もない、権力と虚栄心だけが取り柄の悪役令嬢を差し上げるのが、最高のバツだと思いませんか?」

「……は? なんだと、貴様の方が! 王都の面汚しが……ッ!」



吠え散らすリヴァースの顔は、怒りと焦りでひどく歪んでいる。 かつての「完璧な婚約者」の面影などどこにもない。落ち着きなく口をパクつかせるその姿は、陸に揚げられた魚のように滑稽だった。



「貴方たちは、お互いに愛することのないまま、死ぬまでその凍り付いた玉座で呪い合えばいい」

「……は?」

「おめでとうございます…リヴァース様。貴方の隣には、相応しい『空虚な人形』が用意されましたよ」

「き、貴様……何を……っ!」



リヴァースが声を荒げようとした瞬間、私は彼だけに聞こえる声で……



「婚約破棄……感謝いたしますわ。これで私は、貴方の支配下にある『所有物』から、ただの『爆弾』になれたのだから」



呆然と立ち尽くすリヴァース。

状況が飲み込めず『結婚できるのね!?』と顔を輝かせる浅はかなフローネ。



私は汚れた顔のまま、最高の淑女のカーテシーを決めた。

この瞬間、私に居場所はなくなった。

けれど、去り際に放った一撃は、王都の支配者の心臓に深く、消えない棘を突き立てたはずだ。



「さようなら、リヴァース様。地獄のような結婚生活を、どうぞお楽しみになって」



自分を連行しようとした衛兵の手を跳ね除けると、自分の足で歩きだす。


背後からフローネの狂喜した声、リヴァースの「待て……リリア!」という声が交互に聞こえる。

彼の焦燥に駆られた声を聴くのは、これが初めてだった。



(なんで最後まで『千代』じゃなくて『リリア』なのよ)


私は一度も振り返らなかった。

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