第7話 丸は、そこにあった
家の外に出ると、空は高く、少しだけ眩しかった。
朝の冷たい空気が、頬に触れる。
私は裸足のまま、家の前に立つ。
いつもの道。
いつもの景色。
石畳はところどころ欠け、隙間から雑草が伸びている。 道の脇には、割れた瓦の欠片や、小さな石ころ。
人が見向きもしない場所ほど、丸いものは転がっていた。
(外にも……あるよね)
家の中だけじゃない。
世界は、ずっと広い。
道ばたの小石。
木の実。
角が削れて、丸くなった瓦。
家でできたなら、
外でも、できるはず。
そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
――でも。
昨日みたいに、何も起きなかったら?
一生懸命考えて、それでも、応えてもらえなかったら?
(……それでも)
私は、道ばたの小石を一つ拾った。
昨日のものより、少し大きい。
手のひらに、確かな重さ。
周りを見回す。
朝のこの時間、人通りは少ない。
遠くで、水桶がぶつかる音がするだけ。
私は小石を地面に置き、少しだけ距離をとった。
深く、息を吸う。
(お願い……)
昨日と同じ言葉を、
でも、今日は少し違う気持ちで。
(私、ちゃんと考えるから)
(一緒に、やってみたい)
中心。
等距離。
転がる――。
意識を向けた、そのとき。
――ガラッ。
近くで、荷車の木輪が石を踏む音がした。
「……!」
肩が跳ねる。
顔を上げると、大人が荷車を押して角を曲がってくるところだった。
私は反射的に、小石から意識を離す。
心臓が、どくどくとうるさい。
大人は一瞬だけこちらを見て、
何事もなかったように視線を逸らし、通り過ぎていった。
(……やっぱり、誰も見ない)
それが当たり前なのに、
なぜか胸の奥が、少しだけ痛む。
ふう、と息を吐いた、その瞬間――
――ころ。
「……え?」
視線を落とす。
さっき置いた小石が、
ほんの少しだけ、転がっていた。
ほんの、ほんの少し。
でも、確かに。
(今の……)
私は慌てて、小石を見つめる。
集中は、もう切れていた。
でも――
(……応えてくれた?)
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
完璧じゃない。
大きくもない。
それでも。
私が考えたから。
呼びかけたから。
――返事を、もらえた。
そのとき。
「おい」
低い声。
背中が、ぞくっとする。
振り返ると、少し年上の男の子が立っていた。
神殿で、何度か見た顔。
きれいな靴。 よれ一つない服。
男の子は、私の足元と手の中を見て、鼻で笑う。
「なにしてんの。ボール使い」
その呼び方が、胸に刺さる。
「石ころ拾って遊ぶしかないもんな」
「さすが、ゴミスキル」
言い返したい。
でも、喉が固まって、声が出ない。
男の子は興味を失ったように、くるりと背を向けた。
私は、その場に立ち尽くす。
手の中の小石が、
さっきよりも、少しだけ温かい気がした。
(……勝手じゃない)
ちゃんと、応えてくれた。
怖さもある。
悔しさも、消えない。
それでも。
私は、小石をそっと地面に戻した。
(外にも、ある)
丸は、世界中にある。
家の中だけじゃない。
貧しい道ばたにも、ちゃんと。
私は家の方へ歩き出す。
裸足の足裏に、石畳の感触。
心臓はまだ早い。
でも、胸の奥には、確かに残っていた。
――スキルは、
努力に応える。
呼びかけに、耳を澄ます。
それを、私は今日、少しだけ知った。




