第5話 ころがる、ということ
昼下がりの光が、家の床に細長く伸びていた。
私はその光の中に、しゃがみこんでいる。
手のひらの上には、小さな石ころ。
昨日から、ずっと考えていた。
紙の丸は、ダメ。
水も、ダメ。
でも、毛糸玉とコマは、動いた。
(じゃあ……これは?)
石ころは、丸い。
完璧じゃないけれど、角はなくて、ころんとしている。
それに――
私は、そっと床に置いて、指で軽く押した。
ころり。
短い音を立てて、石ころは転がった。
(……転がる)
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
毛糸玉も、コマも、
「転がせる」ものだった。
私は石ころを拾い、両手で包む。 ひんやりとして、少し重たい。
(中心……)
どこか一つ、真ん中がある感じ。
そこから、同じくらいの距離で、ぐるっと。
昨日みたいに、強く考えすぎないようにする。
ただ、「石ころは石ころだ」と思う。
ちゃんと、ここにある。
持てる。
落としたら、床に当たる。
(……いける?)
私は、息を止めた。
――そのとき。
石ころが、かすかに震えた。
「……っ」
声が出そうになって、慌てて口を押さえる。
震えは、すぐに止まった。
浮いていない。
動いてもいない。
(今の……?)
気のせいかもしれない。
でも、胸の鼓動が、さっきより早い。
もう一度。
私は石ころを床に置き、少しだけ距離をとった。
目線を低くして、じっと見る。
(転がる……)
強く思わない。
ただ、知っていることを思い出す。
石ころは、転がるもの。
――ころ。
音がした。
ほんの、指一本分。
でも、確かに。
石ころが、私に向かって転がった。
「…………!」
一瞬、息ができなかった。
目を見開いたまま、石ころを見る。
さっき置いた場所から、少しだけずれている。
(今の……私?)
胸の奥が、どくん、と大きく鳴った。
浮いていない。
持ち上がってもいない。
ただ、転がっただけ。
でも――
(動かした)
私は、何も触っていない。
風も吹いていない。
それなのに、石ころは動いた。
「トラ?」
母の声がして、はっと顔を上げる。
母は台所の入り口に立って、こちらを見ていた。
「……どうしたの?」
私は、少し迷ってから、石ころを指さす。
「……今」
喉が、からからに乾く。
「お母さん、見てて!」
石ころに視線を戻す。
(中心。 等距離。 転がって……)
――ころり。
「……うご、動いたよね?」
母は床に目を落とし、石ころを見る。
それから、ゆっくり私を見た。
「……ええ」
静かな声だった。
「動いたわね」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥に、じわっと何かが広がった。
怖さ。
嬉しさ。
どっちかわからない感情。
私は、石ころをそっと拾い上げる。
小さくて、ただの石。
どこにでもあるもの。
でも今は、少しだけ違って見えた。
(転がる……)
浮かせられなくてもいい。
派手じゃなくてもいい。
――動かせた。
私は、初めて思った。
このスキルは、
「できること」から、広がっていくんだ。
石ころを握る手に、
少しだけ、力がこもった。




