第3話 スキルの条件
さっきまで胸いっぱいだった期待は、驚くほどあっさり消えた。
床に転がった毛糸玉は、何事もなかったかのように静まり返っている。
――さっきまで、確かに浮いていたはずなのに。
「もう一回、やってみようか」
母の声は、少しだけ慎重だった。
期待しすぎないように。
でも、否定しないように。
私は小さくうなずき、毛糸玉を拾い上げる。
(中心……真ん中……)
ぎゅっと目を閉じて、同じように意識を向ける。
けれど今度は、何も起こらなかった。
「……動かない」
声が、自然と落ちる。
胸の奥が、すうっと冷えていく。
「一回できたなら、力がないわけじゃないわ」
母はすぐにそう言った。
「でも……どうやったのかわからない……」
どうして?
毛糸玉は、さっきも歪んでた。
綺麗な丸じゃない。
じゃあ――中心って、どこ?
(わからない……)
毛糸玉を見つめる。
でも、浮いた。確かに。
「トラ。これも試してみましょう」
困惑する私に、母は優しく声をかけ、台所の棚から古い木のコマを取り出した。
昔、私がよく遊んでいたものだ。
先は少し尖っているけれど、胴体は丸い。
「……コマ?」
「中心があって、ぐるっと同じ距離なら……どうかしら」
私はそっとコマに触れた。
毛糸玉より、少しだけ――集中しやすい。
(真ん中があって……回ってる……)
次の瞬間。
コマが、かすかに震えた。
浮きはしない。
でも――確かに、動いた。
「……今、動いたよね?」
「ええ。ほんの少しだけど」
胸の奥が、きゅっと高鳴る。
偶然じゃない。
「じゃあ……これは?」
私は部屋の隅に置かれた、水の入った木桶を指さした。 上から見れば、きれいな円だ。
「水も……中心があって、巡ってる?」
母は一瞬驚いた顔をしてから、ふっと笑った。
「どうかしら。でも、いい考えね」
桶に手を伸ばし、意識を向ける。
けれど、水面はぴくりとも動かなかった。
「……ダメだ」
「たぶんね」
母は静かに言った。
「水は、形が決まっていないでしょう?」
その言葉に、はっとする。
毛糸玉。
木のコマ。
丸くて、触れられて、形が保たれているもの。
でも、水は違う。
私は自分の手を見下ろした。
まだ、何もできないに等しい。
けれど――何もないわけじゃない。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「このスキル……」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「ゴミ、じゃないよね」
母は即答した。
「ええ。全然」
その声に、迷いはなかった。
「名前に振り回されているだけよ。スキルはね、わからないうちは、誰だって怖いものなの」
私はもう一度、毛糸玉を握る。
さっきより、ほんの少しだけ力が入った。
(条件が、ある……)
中心。
形。
等しい距離。
――もし、それがわかれば。
毛糸玉は、まだ動かない。
でも私は、初めて思った。
このスキルは、
理解できた分だけ、きっと強くなる。




