第21話 選ばれない道、選ぶ者
試験待機場のざわめきは、
ひとりの人物が現れた瞬間、嘘のように静まり返った。
教職員たちは、皆、同じ黒のローブを身に纏っている。
だが、その中央を歩く老人だけは違った。
黒地のローブに、
金糸で施された複雑な刺繍。
派手ではない。
けれど――格が違う。
誰かが、小さく息をのむ。
「……学園長だ」
その声が合図のように、背筋が伸びる。
老人は壇上に立ち、杖を一度だけ床に打ち鳴らした。
「静粛に」
低く、しかしよく通る声だった。
「私は――
オルビス高等技術院 学園長
レオニス・グランヴァル」
名乗りは短い。
だが、それ以上の説明は不要だった。
「本日ここに集まった諸君は、全員が“入学候補者”である」
少しだけ、場がざわつく。
「これから行うのは、合否を決める試験ではない」
「諸君が、どこで学ぶべきかを見極めるための選定だ」
学園長――レオニスは、
集まった生徒たちを、ゆっくりと見渡した。
「本校には、いくつかの学科がある」
杖を軽く掲げると、空中に淡い光の文字が浮かび上がった。
「騎装戦技科」
剣や槍を携えた者たちが、息をのむ。
「身体能力と武装技能を極める道だ。王国の盾となる者たちが進む」
次の文字が浮かぶ。
「術式運用科」
炎や風を扱う生徒たちの視線が集まる。
「魔力と術式を用い、戦闘・制御・支援を担う者たちの学科」
そして。
「基礎総合科」
空気が、少し緩む。
「戦技・術式・知識を幅広く学ぶ」
「最も多くの生徒が進む、一般的な進路だ」
何人もの肩が、ほっと下りる。
――かつて街で、
トラに「ゴミスキル」と嘲った、
炎のスキルを持つ裕福そうな少年も、その一人だった。
仕立ての良い制服。
磨かれた靴。
胸の前で腕を組み、ふんぞり返るように話を聞いている。
指先では、小さな炎が揺れていた。
術式運用科志望であることは、誰の目にも明らかだった。
少年は腕を解き、
小さく息を吐く。
「そして、最後に」
学園長は、一拍置いた。
「技能解析科」
その瞬間。
場の空気が、目に見えて沈んだ。
「技能解析科は、
スキルを“力”としてではなく、
構造・条件・再現性として扱う学科だ」
説明は簡潔。
だが、生徒たちの反応は正直だった。
「……地味だな」
「裏方じゃないか?」
「戦えないだろ」
小さな声が、あちこちで漏れる。
少年は、鼻で笑った。
「解析?そんな回りくどいこと、俺には向いてないな」
周囲の何人かが、同意するように頷く。
――選ばれたくない学科。
それが、皆の共通認識だった。
ただ一人を除いて。
トラは、学園長の言葉を、ひとつも聞き逃していなかった。
(構造)
(条件)
(再現性)
胸の奥で、静かに音が鳴る。
(……それ)
(私が、ずっとやってきたこと)
毛糸玉。
石ころ。
車輪。
どうして動いたのか。
何が違ったのか。
何ができて、何ができなかったのか。
それを考えることが、
いつの間にか、怖くなくなっていた。
周囲では、安堵の空気が広がっている。
技能解析科に行かされる心配はない。
そう思っている顔。
でも、トラの胸は、逆に静かだった。
(……そこだ)
理由は、まだ言葉にならない。
けれど、確信だけはあった。
自分が進むのは、
この“選ばれない道”だ。
学園長の声が、再び響く。
「進路は、諸君の希望では決めない」
「試験の結果をもとに、
我々が“最も適した場所”を与える」
ざわり、と空気が揺れる。
少年が、顔をしかめた。
「……冗談じゃない」
その視線が、ふと動き、
トラと目が合う。
一瞬の驚き。
そして、口元に浮かぶ、意地の悪い笑み。
――覚えている。
街で見下した、あの少女だと。
トラは、その横顔を見て、何も思わなかった。
ただ、胸の奥で――
小さく、確かな音が転がっていた。
それは、不安ではない。
選ばれる前の、静かな確信だった。




