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世界は、彼女の解釈で転がる  作者: 白澄


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第19話 予定を追い越すもの (アルケイン視点)

 入学式まで、残り三週間。


 本来であれば、整えるための時間だった。


 文字。


 数。


 王都で生きるための最低限の知識。


 ――そのはずだった。


 だが、現実は違った。


「ここ、意味が二つありますよね」

 机の向かいで、セントラが顔を上げる。


 指しているのは、基礎用の概念書。


 まだ専門に入る前の、ごく初歩の一節だ。


「“中心”が基点になる場合と、“関係の中点”として扱う場合。条件が変わると思うんです」


 ……早すぎる。


 アルケインは表情を変えず、眼鏡の位置を直した。


「そうだな」

 それ以上は言わない。


 褒めない。


 肯定しすぎない。


 だが内心では、何度目かの計算違いを起こしていた。


(まだ、教えていない範囲だ)


 彼女は、文字を覚えているのではない。


 文を読んでいるのでもない。


 ――構造を掴んでいる。


 文字は、ただの入口だ。


 意味を通すための通路に過ぎない。


 セントラは、その先を見ている。



 三週間のうち、数日は王都での一人行動も任せた。


 市場。


 文具店。


 食料の買い出し。


 護衛はつけなかった。


 様子見だ。


 夕方、彼女は約束通り戻ってきた。


 買い物袋を下げ、迷子になった様子もない。


「言われた物、全部あります」


 中身を確認する。


 量は適切。


 値段も、相場よりわずかに安い。


「……どうやって選んだ?」


「在庫の減り方を見ました」

 即答だった。


「減ってる物は、“今必要”か、“すぐ使う”ってことなので」


 ……やはり。


 大人でもやらない判断を、自然にやっている。


(知識ではない)


(思考の癖だ)


 アルケインは、ここで初めて確信した。


 この少女は、


 「教えられて賢くなる」タイプではない。


 世界を見て、勝手に学ぶ。



 スキルの成長も、想定を超えていた。


 最初は、一つの小石。


 次は、複数の小石。


 やがて――集めた石を、ひとつの“まとまり”として扱い始めた。


 浮かせているのではない。


 転がしているのでもない。


 条件を揃え、“そう在るもの”として成立させている。


(……危険だな)


 一瞬、止めるべきか迷った。


 成長が早すぎる。


 理解が先に行きすぎる。


 だが――


(ここで制限すれば、この思考は“檻”を覚える)


 それだけは、避けたかった。


 才能を潰すのは、無知よりも、善意だ。



 夜。


 机には、彼女のノートが残されている。


 文字は、もう震えていない。


 簡単な定義。


 自分なりの言葉。


 そして、余白。


(……書き残すことを覚えたか)


 思考を、自分の外に出し始めている。


 それは、


 学ぶ者から、積み上げる者への一歩だった。


 アルケインは、静かに椅子にもたれた。


 本来なら、


 この三週間は準備期間だった。


 だが――


(彼女は、準備される側ではなかった)


 予定通りに育ったのではない。


 予定を理解し、追い越してきたのだ。


 窓の外には、王都の灯り。


 明日を告げる夜。


「……入学前試験、か」

 思わず、小さく息を吐く。


 試されるのは、


 彼女だけではない。


(私もだな)


 この才能を、どこまで信じられるか。


 灯りを落とす。


 世界はすでに、


 少しずつ――


 彼女の解釈に、慣れ始めていた。

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