第19話 予定を追い越すもの (アルケイン視点)
入学式まで、残り三週間。
本来であれば、整えるための時間だった。
文字。
数。
王都で生きるための最低限の知識。
――そのはずだった。
だが、現実は違った。
「ここ、意味が二つありますよね」
机の向かいで、セントラが顔を上げる。
指しているのは、基礎用の概念書。
まだ専門に入る前の、ごく初歩の一節だ。
「“中心”が基点になる場合と、“関係の中点”として扱う場合。条件が変わると思うんです」
……早すぎる。
アルケインは表情を変えず、眼鏡の位置を直した。
「そうだな」
それ以上は言わない。
褒めない。
肯定しすぎない。
だが内心では、何度目かの計算違いを起こしていた。
(まだ、教えていない範囲だ)
彼女は、文字を覚えているのではない。
文を読んでいるのでもない。
――構造を掴んでいる。
文字は、ただの入口だ。
意味を通すための通路に過ぎない。
セントラは、その先を見ている。
*
三週間のうち、数日は王都での一人行動も任せた。
市場。
文具店。
食料の買い出し。
護衛はつけなかった。
様子見だ。
夕方、彼女は約束通り戻ってきた。
買い物袋を下げ、迷子になった様子もない。
「言われた物、全部あります」
中身を確認する。
量は適切。
値段も、相場よりわずかに安い。
「……どうやって選んだ?」
「在庫の減り方を見ました」
即答だった。
「減ってる物は、“今必要”か、“すぐ使う”ってことなので」
……やはり。
大人でもやらない判断を、自然にやっている。
(知識ではない)
(思考の癖だ)
アルケインは、ここで初めて確信した。
この少女は、
「教えられて賢くなる」タイプではない。
世界を見て、勝手に学ぶ。
*
スキルの成長も、想定を超えていた。
最初は、一つの小石。
次は、複数の小石。
やがて――集めた石を、ひとつの“まとまり”として扱い始めた。
浮かせているのではない。
転がしているのでもない。
条件を揃え、“そう在るもの”として成立させている。
(……危険だな)
一瞬、止めるべきか迷った。
成長が早すぎる。
理解が先に行きすぎる。
だが――
(ここで制限すれば、この思考は“檻”を覚える)
それだけは、避けたかった。
才能を潰すのは、無知よりも、善意だ。
*
夜。
机には、彼女のノートが残されている。
文字は、もう震えていない。
簡単な定義。
自分なりの言葉。
そして、余白。
(……書き残すことを覚えたか)
思考を、自分の外に出し始めている。
それは、
学ぶ者から、積み上げる者への一歩だった。
アルケインは、静かに椅子にもたれた。
本来なら、
この三週間は準備期間だった。
だが――
(彼女は、準備される側ではなかった)
予定通りに育ったのではない。
予定を理解し、追い越してきたのだ。
窓の外には、王都の灯り。
明日を告げる夜。
「……入学前試験、か」
思わず、小さく息を吐く。
試されるのは、
彼女だけではない。
(私もだな)
この才能を、どこまで信じられるか。
灯りを落とす。
世界はすでに、
少しずつ――
彼女の解釈に、慣れ始めていた。




