第17話 書けたものは、揺れない
アルケインの家での生活にも、少し慣れてきた頃だった。
朝は文字。
昼は数。
夜は、考えたことを書く時間。
私は今、小さな机に向かっている。
紙と、炭筆。
最初は怖かった道具。
でも今は――
少しだけ、味方になっていた。
「今日は、何を書いている?」
アルケインが、後ろから声をかける。
「……私のスキルのこと」
「ほう」
私は、紙を見下ろす。
文字はまだ拙い。線も揺れる。
それでも、書いた。
『中心があり 等しい距離で 形が保たれているもの』
一行ずつ、確かめるように。
「転がるもの」
「持ち上げられることがある」
「呼びかけに、返事をする」
書き終えて、息を吐く。
「……合ってますか」
アルケインは、すぐには答えなかった。
紙を手に取り、じっと見る。
そして、ゆっくり言った。
「悪くない」
「いや……」
少し、言葉を選ぶ。
「もう、立派な“定義”だ」
胸が、どくんと鳴る。
「定義、って……」
「世界に“名前”を与えることだ」
アルケインは、紙を机に戻す。
「感覚だけの力は、揺れる」
「だが、言葉にした力は――」
机を、軽く指で叩く。
「戻ってこられる」
私は、紙を見る。
書いた文字たち。
下手で、歪んでいる。
でも――
そこにある。
「……試しても、いいですか」
アルケインは、うなずいた。
「もちろん」
私は、床に小さな木の玉を置いた。
胸の奥で、いつもの熱を感じる。
でも今日は、少し違った。
私は、紙を見てから、玉を見る。
(中心)
(等距離)
(形が、保たれている)
頭の中で、 “書いた言葉”をなぞる。
「……転がる」
――ころ。
玉が、まっすぐ転がった。
いつもより、静かで。
いつもより、安定して。
止まる。
私は、息を止めたまま、見つめる。
「……ぶれない」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
アルケインは、深くうなずいた。
「そうだ、君は今、自分のスキルを理解した」
「理解できた力は、 その日の気分では壊れない」
私は、もう一度、紙を見る。
文字。
今まで、読めなかったもの。書けなかったもの。
でも――
(私の力を、守ってくれるもの)
胸が、じんわり熱くなる。
「アルケインさん」
「なんだ」
「文字が書けると……力が、怖くなくなります」
アルケインは、少しだけ笑った。
「それが、学ぶということだ」
「君は、もう“偶然の才能”じゃない」
私は、玉を拾い上げる。
小さくて、丸くて。
でも――
世界と、ちゃんと繋がっている。
半年の終わりは、まだ先。
けれど。
私はもう、知っていた。
書けたものは、揺れない。
言葉にした力は、迷わない。
そして――
この先、どれほど大きなものを転がすことになっても。
私は、
自分の“中心”を、見失わない。




