第12話 名を知る者、名を問う
男に声をかけられ、トラはそのまま一緒にベンチへ腰掛けていた。
近くで見ると、
服の仕立ても、立ち方も、
この街の人とはどこか違う。
(……やっぱり、貴族様だ)
喉が、少しだけ乾く。
「先ほどの馬車。止めたのは、君だね」
言い切る声だった。
「……止めた、というか……」
言葉を選ぼうとして、失敗する。
「いい」
男は、静かに首を振った。
「結果は見た。それで十分だ」
胸の奥が、どくんと鳴る。
「自己紹介が遅れたね」
男は外套の襟に手を添えた。
「私は、王都オルビス高等技術院の理事を務めている。
名は、アルケイン・ヴァロス」
――苗字がある。
(やっぱり……)
名前を聞いた瞬間、
心臓が一気にうるさくなった。
(こ、怖い……)
「君のスキルは、“ボール使い”だ」
私は、思わず男の顔を見つめる。
無表情。
けれど、どこか整いすぎた顔。
その静けさが、余計に怖かった。
「な、なんで……知って……」
声が震える。
(敬語なんて、使ったことない……怒らせたかな)
けれど男は、何事もなかったように続けた。
「中心があって、等距離で巡るものを “ボール”として扱える」
――その説明に。
私は、思わず目を見開いた。
「……はい」
男の目が、わずかに細くなる。
「それは、正確な円でなくてもかい?」
「……その説明通りなら」
言葉を探しながら、答える。
「パンも、小石も……」
一瞬。
男の表情が、はっきりと変わった。
興味ではない。
――確信に近いもの。
「……君」
声が、低くなる。
「それを、誰に教わった?」
胸が、きゅっと縮む。
「……お母さんと、一緒に考えて……」
沈黙。
男は、しばらく何も言わなかった。
――そして、ゆっくり息を吐く。
「……なるほど」
「君は、“力”を使っているんじゃない」
少しだけ、距離が縮まる。
「“考え方”を、使っている」
心臓が、強く鳴った」
「セントラ」
名前を呼ばれて、驚く。
「それが、君の名前だね」
「……はい」
「いい名前だ。スキルに、とてもよく合っている」
それは評価でも、慰めでもなく、
ただの事実のように響いた。
「本題に入ろう」
男は、懐から一通の封書を取り出す。
厚い紙。
王都の紋章。
「オルビス高等技術院への、推薦だ」
息が、止まった。
「これは命令でも、施しでもない」
封書を、私の手の届く位置に差し出す。
「君の“考え方”を、きちんと学べる場所がある」
「そこへ行くかどうか――」
男は、私をまっすぐ見た。
「選ぶのは、君だ」
私は、封書を見つめる。
怖い。
遠い。
知らない世界。
でも――
世界が、
転がる音を、確かに聞いた。
「……考えます」
そう言うと、
男は満足そうに、ほんの少しだけ笑った。
「それでいい」
踵を返し、歩き出す。
「また明日会おう。君の家へ行く」
「えっあっあした??いっいえ??」
しかし、その背中は、もう振り返らなかった。
私は、封書を胸に抱く。
まだ、何も決まっていない。
それでも。
この日、
“名前を知る者”と出会ったことで――
私のスキルは、
ただの力ではなくなった。




