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世界は、彼女の解釈で転がる  作者: 白澄


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第1話 ゴミスキルだと呼ばれた日

神殿の床は、冷たかった。


 汚れて、がさがさになった裸足の足の裏から、その冷えがじわじわと上がってくる。

落ち着かなくて、私は何度も足の指を動かした。


 十歳になった子どもたちが、順番に並んで立っている。 少し背伸びをして、胸を張っている子が多かった。


「剣士になりたい」「魔法使いがいいな」


 そんな声が、ひそひそと耳に流れ込んでくる。


 炎魔法。風。治癒。 この国では、強いスキルを持つことが、そのまま未来につながる。


 私は、その輪の端にいた。


 ワンピースの裾を、ぎゅっと握る。 少し大きめの服。 母が「そのうち、ちょうどよくなるから」と言ってくれたものだ。


 でも―― その「そのうち」が、本当に来るのかどうか。


 私は、まだ知らない。


 目の前にいた子が、目をきらきらさせながら、跳ねるように横へはけていく。 周囲から、小さな拍手が起きた。


(……次、だ)


「次」


 呼ばれた瞬間、心臓が大きく跳ねた。


 緊張と不安で喉がきゅっと縮み、うまく息が吸えない。 足が、少しだけ震える。


 神官の前に立つと、白い水晶が淡く光った。 その光が、指先から腕、胸の奥へと染み込んでくる。


(怖い……)


 もし、変なスキルだったら。 もし、役に立たなかったら。


 逃げ出したい気持ちを、必死に飲み込んだ。


「スキル:中心があり、等距離で巡っているモノを扱うことができる。」


 意味がわからなかった。


 次の瞬間、周囲がざわつく。

「……え?」「は?」「どういうこと?」


 くすくす、という笑い声。 胸の奥が、ひゅっと縮んだ。

 神官は視線を泳がせながら、淡々と続ける。


 ……なに、それ。


 私は、自分の両手を見下ろした。 細くて、小さくて、力なんてなさそうな手。


(何にも、使えない……)


「次の者」


 それだけ言われて、私は神殿の外へ押し出された。


 外は、眩しかった。


 太陽の光に目を細めると、さっきまでの声が、遠くに感じられる。


「あれ何の好きスキルなの? 意味がわかんないんじゃたさのゴミスキルだな」


「運悪すぎ。一生あのスキルで過ごすのかわいそう笑」


 背中に投げられる言葉が、ちくちくと刺さる。


 私は何も言えず、俯いたまま走った。


 石畳の道を、裸足で駆ける。 昼間の太陽に温められた地面が、足の裏にじんと伝わった。


 露店の前では、大人たちが楽しそうに話している。


「今年は豊作になりそうだな」


「うちの子は炎魔法だったよ」


 その声が、風に乗って耳に刺さる。


 私は、もっと俯いた。 顔を上げたら、何か言われそうな気がしたから。


 洗濯物が揺れる家々の間を抜ける。


 子どもたちの笑い声が、遠くで弾んだ。


 ――同じ十歳なのに。


 胸の奥が、きゅっと縮む。


 知っている道。 毎日歩いている道なのに、今日はやけに遠く感じた。


 角を曲がった先で、私は一度立ち止まった。


 古びた家。 壁にはひびが入り、扉の立て付けも悪い。


(……泣いた顔、見せたくないな)


 深く息を吸って、吐く。 


 それから、意を決して扉を開けた。

「お母さん……!」


 中では、がさがさに傷んだ髪の母が、編み物をしながらこちらを見て微笑んだ。


「あら、トラ。おかえりなさい。 ……どうしたの? そんな悲しそうな顔して」


 母は手を広げ、私を呼ぶ。


「私のスキル……ダメダメだった」


 声が、震える。

「何にも使えない変なスキル……」


 言葉が、途中で詰まった。

「お手伝いもできないし、冒険者にもなれないし、いい学校にも行けない。 ……ごめんなさい」


 母は、何も言わずに私を抱きしめ、背中をさすった。

「トラ。いいのよ」


 静かな声だった。


「どんなスキルか、まだ何もわからないでしょう。 あなたに宿った力なの。わからないうちに、傷つけないであげて」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……うん」


「どんなスキルなの?」


「えっと……中心があって、等距離で……。」


「難しい言葉ね」


 母は少し考えてから、テーブルに置いてあった毛糸玉を私に渡した。


「中心は、真ん中のこと。 等距離は、どこからどこまでの長さも同じ、ってことよ」


「……うん」


「集中して、考えてみて」


 何の変哲もない毛糸玉。 手のひらで、ふさふさとした感触がする。


(真ん中……)


 母の言葉が、頭の中でぐるぐる回る。


 これで、何も起こらなかったら―― そう思った瞬間。


 毛糸玉が、ほんの少しだけ浮いた。

「……っ」


 息が止まる。 毛糸玉はすぐに落ちて、床を転がった。


 胸が、どくどくと早く打つ。

「……浮いた?」


 私が呟くと、母も目を見開いていた。

「……ええ。確かに」


 でも、どうして浮いたのかは、わからない。 何をしたのかも、うまく説明できない。


 私は、床に転がった毛糸玉を、じっと見つめた。


 ――このスキルは、 思っているよりも、ずっとわからない。


 そして、そのことが、 少しだけ、怖かった。

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