俺は呪われている…と思っていた
気づいたのは、ある雨の夜だった。
時計の針は2時34分。寝返りを打った俺は、部屋の隅に誰か立っているのを見た。
黒い影。腕が長く、顔が白い。じっと、こっちを見ている。
その瞬間、凍りついた。心臓が喉から飛び出そうになった。目も逸らせない。
何かが、そこにいる。
だが。
目を凝らすと、それは――
「ハンガーにかけた自分のコート」だった。
「……なるほど。これが“視せられてる”ってやつか……」
俺は冷静だった。なぜなら最近、いろんな“前兆”を感じていたからだ。
たとえば:
・風呂場の鏡に、夜中「びちゃっ」という音が響く
・ベッドの下から、ゴソゴソ音が聞こえる
・部屋に入ると、妙な匂い(ぬめっとした感じ)がする
・夢に出てくる老婆が、「もうすぐ…もうすぐ…」と笑う
そして何より――
近所のコンビニで、店員が毎回、俺のことだけ無言でレシートを渡さない。
明らかに、おかしい。
⸻
霊媒師を探すことにした。
ネットで「本物 除霊師 口コミ」で検索。上位の中から、異常にレビューが多い男を選ぶ。
「マスター霊道師・しげる(登録者12人)」
レビュー内容:
・“夫の不倫相手を取り除いてもらいました!”
・“ドアが開かなくなったのが直りました!”
・“副鼻腔炎が治りました!”
……正直、ジャンルが広すぎる。
でも、俺は背に腹は代えられなかった。LINE登録して、アパートに来てもらうことに。
その日の夜。
来た。霊道師しげる。全身真っ白のスーツ、革靴はギラギラで、手にでかい虫取り網。
「さあ、あなたに憑いてる“もの”を、わたしが“すくい”ます……!」
「……“すくい”?」
「そう、“スクイ”。これはもはや、スクイ取りです。冗談じゃない。本気ですよ?」
俺は何も理解できなかった。
だが彼は黙って、俺のベッド下を覗き、何かを発見したように「おおおぉっ……!!!」と呻いた。
「……これは!ダイソーの厄だ!!!」
「えっ、百均って、厄?」
「いや、ダイソーで買った除湿剤のゴミが溜まってます。カビ臭の原因ですね!」
「…………」
「あと、ここ。風呂場の音。これは、排水口に詰まった髪の毛が水をせき止め、ポン、と跳ね返ってる音です」
「…………」
「ベッドの下の音? あっ、靴が落ちてただけですね。ネズミもいません。あなたが蹴ってるだけ」
「…………」
「“もうすぐ”の夢? あーそれ、カップ焼きそば食べて寝ると出るやつです。消化器の幽霊」
「…………」
「匂いは、 あなたの洗ってない枕です」
最終的に、彼は神妙な面持ちで俺に言った。
「あなた、呪われてます」
「やっぱり……!!」
「“自分の馬鹿さ”に」
⸻
俺のアパートから彼が帰ったあと、なんとなく部屋が静かになった気がした。
ベッドの下には、ただの空き箱。風呂場は換気してカビも消えた。鏡は曇らず、影もいない。夜中に響く音も、気づけばなかった。
気のせいだったんだろうか。
だが――
その週末、コンビニの店員が俺に言った。
「……あの、先週からレシート詰まってたんですよ。やっと直ったんで」
「…………」
俺は、世界の理を知った。
“バカは、まず掃除。”