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【第5章:嵐の胎動】


――「制海」の概念が、過去のものとなる日


【前線:アトラス・フォールド洋上試験区域/時刻:0317】


“海面に浮かぶ都市”は、暗闇の中に沈黙していた。


午前3時。ヘラクレスの艦上では、レーダー班が異常に気付く。


「ゾーンD-11、赤外シグナル無反応。波高揺らぎだけが、周囲と異なります」


「自然変動か?」


「いえ、表面張力に微弱な“干渉”があります。何かが、海水を避けて進んでいます」


その“何か”は、波と風と静寂の衣を纏い、シーベースの真下へと接近していた。


【通信班:応答断絶】


補給艦「ジャック・マーレイ」が通信を絶ったのは、それから12分後だった。


AIS、IFF、電磁波発信、全て“存在”を示すシグナルが途絶した。


「ハッキングではない。“艦そのもの”が見えなくなっている」


データ班のソフィア・チャンは叫んだ。


「これは“遮断”じゃない、“擬態”です。艦が、海に同化している!」


ヘラクレス艦橋では、TALOS-3が異常なログを返していた。


《艦影識別失敗。識別コード:Null。推定距離:ゼロ。速度:静止。存在確認不能。》


存在しない艦が、目の前の海面にいた。


【敵の手:無人襲撃群の来襲】


午前3時45分、ゾーンE-19より突如「海面突起群」の反応。


それはホバークラフトでも、潜航艇でもない。半潜型の無人高速艇――艦載型UUVの“甲板上仕様”だった。


レーダー反応は微小、海面反射角はゼロ。搭載武器:マイクロUAV散布ユニット+高周波ジャミングノード。


「電子戦型の無人“蜂群スウォーム”です」


彼らは爆撃しない。むしろ、“通信を殺す”ことを目的としていた。


艦隊間の通信用レーザーリンクが、次々と遮断されていく。


「中枢の通信神経を、刃物で切られてるんだ……!」


【ペンタゴン:分裂する意思】


その時刻、ワシントンD.C.では国家安全保障会議(NSC)臨時対策会議が開かれていた。


NSC補佐官テレサ・マッカランはテーブルを叩いた。


「この作戦空間には、国家の枠組みが通用しない! “制海”の概念は、不可視化されている!」


国務省のオーウェン・リーヴァイが返す。


「だからといって、海に浮かぶ都市を“国家主権の代替物”にするのか? それは国際法の全面的否定だ!」


大統領特別補佐官ジョシュ・ケントが言う。


「主権は物理空間の概念に過ぎない。我々は、データと構造と移動で、あらゆる政治圏を超越する準国家軍事体制を得た」


その言葉は、明らかに“ポスト国家”の胎動だった。


【ヘラクレス:応答不能】


午前4時17分、敵艦隊が“音もなく”ヘラクレス直下に侵入。


ソナーは反応しない。反応するのは“水圧センサー”だけ。


そして、艦内にアラートが鳴った。


《補給ブロックB-4へ外部浸水。艦底圧壊層へ亀裂接触。原因:外部機械干渉。》


海中から艦底が“穿たれた”のだ。


物理的には不可能なことが、海では起きていた。


ドック内にいたソフィアが絶叫する。


「これは……潜水艦じゃない。海に“溶けた艦”が、私たちを包囲してる……!」


【復元不能な“制海権”】


海上司令マット・オーレンは叫んだ。


「反撃は意味をなさない! 彼らは“存在しない兵器”で、我々の“存在”を否定している!」


そのとき、艦内のTALOS-3が沈黙した。すべての統合作戦AIが、自己保護モードへと移行。


「AIの判断では、もはやこれは“作戦空間”ではない」


彼らが戦っていた“海”という概念が、すでに破綻していた。


【その後】


午前6時。敵影はすべて消えた。

残されたのは、AISを喪失したまま漂流する輸送艦、海面に浮かぶステルス皮膜の残骸、そして“見えない艦影”が記録された無人機のエラーログ。


ペンタゴンには、“制海権喪失”という文字が、分析報告書の表紙に記された。


終章の一文


「我々は、制空権を得た時代に戦った。だが、次に待つのは“制海権の消失”である。

敵は我々を見ない。我々の存在を、“前提から奪って”くる」


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