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第2章:沈黙の海図



――地図に描かれぬ戦場の設計図


米国防総省――ペンタゴンEリング地下階、第5会議室。午前08時00分。


戦略局長ハーランド・ベネット少将は、いつもより早く着席していた。窓のない会議室に、幹部たちが次々と入ってくる。机上に配られたファイルは厚く、表紙には「Project SEABASE:機動型遠征戦力基盤計画草案(機密)」と赤い字で記されている。


最後に入室したのは国防長官チャールズ・デヴォンだった。重厚な足音を響かせ、彼は一礼もせず、無言のまま席に着く。


「始めましょう。これはもう“構想”ではありません。“必然”です」


デヴォンの一言で、沈黙が破られた。


その頃、ワシントンD.C.郊外。DARPA本部地下施設。


ソフィア・チャン博士は、手元のホログラムを操作しながら、苛立ちを隠しきれずにいた。


「ここに至るまでに、私たちは何を失ってきたのか分かっているんですか?」


彼女の問いに、横に座る開発主任マクリーンは肩をすくめた。


「“戦略的意志”には技術倫理は勝てない。それが現実だ」


ホログラフィック・ディスプレイには、海面上に浮かぶ巨大なプラットフォーム――“ヘラクレス級移動戦闘拠点”の構造設計が投影されている。


全長420メートル、航行能力を持つ巨大船体に、F-35とV-22の混載格納庫、C4I統合司令部、艦隊補給中枢機能を搭載。だが、技術的限界は山積していた。


「問題は熱管理です。原子炉と兵站補給、ドローン管制、誘導弾薬庫を1つの船体でまかなう? 設計上、熱暴走のリスクは常に存在します。1発の外部被弾でドミノ式に機能が崩壊する可能性がある」


だが、返ってきたのは一言だった。


「それでも、“地上基地が使えない”事態の方が現実的なんだよ、博士」


同時刻、ホワイトハウス別館・NSC臨時会議室。


「“基地外交”が崩れているのは事実です。トルコ、フィリピン、グアム――どこも恒久的な戦力投射を拒みつつある」


国家安全保障会議(NSC)アジア局長テレサ・マッカランは、冷静な口調で言った。


「ですが、だからといって海に“都市”を浮かべる? それは、国家のあり方そのものを変える行為です。承認には相応の政治的対価が伴います」


「ならば、変えましょう」

大統領補佐官のジョシュ・ケントが答えた。


「領土や主権を前提とした“基地思想”は、もはや現代戦のテンポに追いついていない。我々は“領海に依存しない国防”を模索する時期に来ている」


ホログラフィーには、紛争想定地域とシーベース展開域のシュミレーションが浮かぶ。東シナ海、ホルムズ海峡、紅海、ベーリング海峡――陸地からのアクセスを絶たれた戦場に、“点”のように現れる人工戦闘拠点。


それは、既存の地政学マップを“上書き”する新たな“海図”だった。


その頃、フォートミード・NSA第6解析班。


ジーナ・エルズバーグは、新たに傍受された海底ケーブル通信の再構成に没頭していた。


「これはただの盗聴じゃない……通信波形を“模写”している」


彼女が示した波形ログは、既存の海底通信ケーブルの内部パケットを模倣するような再送信データだった。まるで、偽の“正常通信”を装いながら、内部で監視と妨害を同時に行っている。


「彼らは、海そのものを“沈黙させる”つもりよ」


午後1時、ペンタゴン。

デヴォンは、プロジェクターを操作し、海図を映し出す。


「これが、我々の“戦力展開”の未来だ」


そこには、既存の航空母艦打撃群に代わり、海上に浮かぶ六角形の機能群――「CSG(空母打撃群)」「ESG(遠征打撃群)」「MPG(事前集積群)」を中核とした“シーベース・ドメイン”の配置図が浮かんでいた。


「最大の利点は、プレゼンスと柔軟性。脅威地域に接近しすぎず、基地交渉を必要とせず、常時攻撃・防御・補給を実行可能な自律型戦力基盤。言うなれば、“洋上主権”の具現化だ」


だが、1人の技術幕僚が手を挙げた。


「それはすなわち、“領土なき戦争状態”への移行ではありませんか?」


沈黙が落ちる。

誰もが、戦争の意味が変わろうとしていることを感じていた。


午後7時、DARPA。

チャン博士は開発エリアに1人残っていた。


ホログラムに映る“ヘラクレス”の断面図。

中央司令塔から格納庫、バラスト、水冷パイプ、揚陸支援区画――すべてが人為の知の結晶でありながら、何かしら“過ちの匂い”を孕んでいた。


「これは、戦争の神殿かもしれない」


彼女はそう呟きながら、キーボードに最後の入力をした。


《設計フェーズ3完了。臨界計算データ送信》


その直後、システムが小さく警告を表示した。


【注意:熱負荷スパイク閾値突破(区域B-12)】

【冗長回路切り替えを推奨】


彼女はそのまま静かに、モニターを閉じた。


「もう、止まらない」


夜、ポトマック川を見下ろす国防総省屋上。


国防長官デヴォンは、遠くに見える灯りの海を見ながら、秘書官に言った。


「我々がいま描いているのは、“沈黙の海図”だ。陸地の上に描かれる地政学ではなく、“水面に浮かぶ作戦空間”。」


「ですが、その海図には、境界線も法律もありません」


「……だからこそ、先に塗る。誰よりも早くな」


彼の声は、風に乗って闇に消えていった。


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