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奇襲(2)

 急に光が近づいていて、まぶしさに目をつむる。


「ああ、こんなところにいたのか。

 全く、手間をかけさせやがって」


 ゆっくりと目を開けていくと男の顔が目に入る。やっぱり見たことはない。恐怖に声も出せずにいた私たちを男は引きずりだすと、肩に担がれた。どんなに暴れてもその手から逃れることはできない。ふいに目に入った床には、先生がたくさん血を流して倒れていた。怖くて、すぐに目を閉じる。ロット姉は、ルーク兄はどうなったのか。そんなこと考えなくてもわかった。でもそれを確かめたくなくて、私はぎゅっと目をつむった。


「おい、目的は果たした。

 行くぞ」


「お、やっとですか」


 まだ仲間がいたらしい。乱暴に荷馬車に転がされると、手足を強く縛られた。うごけない。でも、目を覆われなかったからリックが傍にいることだけはわかった。私たちは、どこに連れていかれるんだろう。


 身を固くしていると、ぐい、と男が前髪を乱暴につかみ持ち上げた。


「いたいっ!」


「ふーん。

 おい、目を開けろ」


 言葉に逆らうことはできなくて、恐る恐る目を開ける。品定めするような眼が気持ち悪い。でも抵抗できるはずもなくて、我慢する。


「きれいな眼をしていやがる。

 あの時は一瞬だったが、見間違えじゃなかった」


「あ、アンを、はなせ!」


「こっちは威勢がいいな」


「ぐっ」


「リック!」

 

 私の髪を捕まえたまま、無造作に男の足がリックを蹴り飛ばした。縛られている状態のリックはただ転がされるしかなくて、苦しそうにうめき声をあげた。


「っと、商品に疵つけちゃまずいわな。

 こっちの方もきれいな眼をしているし」


「しょう、ひん?」


 商品、ってなに? 私たちのこと? 私たちは人であって、ものではない。なのに、この人は一体なにを言っているの。


「ま、とりあえず大人しくしていろよ。

 いい主人を見つけてやるからな」


 そう言って男は去っていった。間もなく、馬車が動き出す。主人って何のこと。もうずっと何が起きているのかわからない。でも、今はリックのことだ。


「リック、だいじょうぶ?」


「うん。

 これくらいへいき」


 けほっと、咳をこぼした後こちらを向く。明かりがなくてよく見えないけれど、声に力があって、ひとまず安心した。


 私たちは一体どこに向かっているのだろう。馬車はがたがたと揺れている。手足を縛っている紐が邪魔でうまく体勢を整えられなくて、がんがんと体が床にぶつかる。それがとても痛かったけれど、男たちの機嫌を損ねることが怖くてひたすら声を押し殺した。


「アン、きっとだいじょうぶ。

 だいじょうぶだよ」


「うん、そうだね」


 それが何の根拠もないことは知っていた。けれど、大丈夫だって信じることしかできない。だから、私はリックの言葉にただうなずいた。


***

 それからたまに馬車が止まったかと思うと男が馬車に入ってきて、食事をとらされる。正直おいしくないし、口に無理に詰め込まれるから苦しい。でも、とにかく食べられるものは食べて体力を持たせないといけない。その一心で私もリックも大人しく食事を口にした。


 その時に打ち身だらけで体が傷ついていることに気がついた男に布団を巻かれたから、もっと身動きはれなくなった。でも、そのおかげでそれ以上ぶつけることはなかったから、良かったのかも。そうして数回休憩を繰り返して、もうどこにいるのかもわからなくなった頃、馬車は止まった。


 またいつものように休憩か、と思ったらどうやら違ったらしい。馬車から担ぎ出されたかと思うと、外は木々に囲まれていた。そして、木々の隙間にはこの男たちのアジトだろうものがあった。


 再び肩に担がれると、アジトの中へと運び込まれる。ようやく下ろされたと顔を上げた先にはいらだった様子のガタイのいい男性が座っていた。


「それで?

 何か言い訳はあるか」


「いや、ボス。

 見てくださいよ。

 こんな上玉なかなか手に入らないですよ」


「お前ら、こんな面倒なものを持ち込みやがって。

 どこから拾ってきた」


 ボス、と呼ばれた男は不機嫌そうに返す。予想外だったのだろうか、慌てたように私たちをここまでさらってた男が口を開いた。


「どこって、孤児院からですよ」


「孤児院?

 緑眼が?

 珍しいこともあるもんだ。

 おい、後始末までやったんだろうな」


「もちろん、抜かりなく。

 きっと他のやつらの仕業だと思われますよ」


「なら、いいが。

 しかし緑の眼なんて。

 精霊どもの報復なんてものを恐れる奴らが多いからな、奴隷になんて忌避されるだろうよ」


「なんですか、その精霊の報復って。

 でもここまでも特になにもなかったですよ」


「精霊の報復なんて、実際にあってたまるか。

 そんなものがあるんなら、こんな商売やっている俺たちはどうなる。

 わかっちゃいるが、奴隷を買うようなのは貴族ばかりだ。

 貴族にとっちゃ、精霊術が使えるか否かは大きな意味がある。

 特に、忌避されつつある奴隷を飼って、それで精霊術を失うなんてことがあれば立場を失う。

 万が一にも、そんな危険な橋を渡れないんだろうよ」


「そんなもんですか?」


 精霊の報復ってなんのこと? 私たちを一体どうする気なの。


「そしたら、どうしましょうか」


「だから言ったんだよ。

 面倒なものを持ち込みやがって、と」


 そこまで言うと、男は立ち上がり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。来ないで、と言いたかったはずなのに、舌は緊張で乾いてしまっていてなにも言葉が出ない。じっとりと品定めされていると、あれ、と近くから声が聞こえた。


「少し見てもいいですか?」

 

 それは私たちをここまで連れてきた男の声だった。


「傷が、消えかかっている……」


「おい、それはどういう意味だ」


「いや、最初手足だけ縛ってそのまま転がしてたんです。

 そしたらあちこち馬車にぶつけていまして、いくつか怪我を負っていたんです。

 それが面倒で布団を巻いたのですが……。

 その時の傷がもう治りはじめていやがる」


「ほー」


 その瞬間、ボスと呼ばれた男がにやりと笑う。そして気がつくと腕を熱が襲った。


「アン!」


 何が、起きたのか。ゆっくり視線を動かすと、腕が血で真っ赤に染まっていた。そして、腕を乱暴に拭われる。ぐっ、と声を漏らしてもその手が止まることはなかった。


「ほー……、確かにすでに少しふさがっている。

 これは面白い。

 よし、今から捨ててくるのも面倒だ。

 こいつらの行き先を決めたぞ」


 おめでとう、という言葉にはあざけりのような感情がにじんでいる。ぞっとしたまま何も答えられずにいると、ボスは男を呼びつけた。




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