5. 街へ行こう(3)
翌日はいつもよりも早めに自然と目が覚めた。いつも私たちが起きるのは皆がほとんど準備が終わったころだけれど、ちょうど起きだしたころに目を覚ます。きっと慣れないところで寝たから。それに何より、とっても今日はいろいろと街を回る予定だから楽しみにしていたのだ。
「いい、アン。
絶対に手を離しちゃだめだからね」
「もう、わかっているよ」
もう何度目かわからない注意を再び言われる。でも私も迷子になるのは嫌だから、素直に言うことを聞きます。今日は先生にお小遣いをもらって、好きなものを買っていいと言われているから、本当に楽しみ。
お小遣いが入ったポシェットを握り締めて、街へと繰り出した。
朝の街はまた違った様子を見せていた。まずは朝食、と言うことで街に来たらいつも寄っているという食事処へと向かった。ベラ姉が食べやすいよ、とおすすめしてくれた粥を頼んでみた。
「キハットさん!
なんだか顔を見るのも久しぶりだね」
「ご無沙汰しています」
どうやらここの店員と先生はお知り合いだったらしい。お店は朝からにぎわっていて、がやがやと騒がしい中、うるさくはないけれど、よく通る声が先生の名を呼んだ。
「おや、もしかしてその二人は」
「ええ、末の双子のアンとリックです」
「お揃いの服も着て、よく似合っている。
本当にかわいらしい子たちだね。
良かった、元気そうで」
「その節はお世話になりました」
お世話に? 私たちとこの人は初めて会うと思うのだけれど、以前に会ったことあったっけ? リックの方を見るもリックも心当たりがないようで、首をかしげている。
「先生、その方は?」
「この方はこの店の店主の奥様であるベリーさんよ。
料理に詳しい方で、滋養に良いものや少ない材料で作れる料理を教えていただいたことがあるの」
どうりで、と届けられた粥を一口口にして思う。どこかなじみのある味がしたのだ。とってもおいしい。
「そうだったのですね」
「キハットさんが6人も子供の面倒を見るって知った時は心配したけれど、皆元気そうで良かったよ。
特に双子のちびちゃんたちはね……」
「ベリーさん」
「ああ、失礼。
何にせよ、ぜひいろんなものを食べていってくれ」
今はきっと忙しい時間なのだろう。ベリーさんがあちこちから名前を呼ばれて慌てて席を離れていった。それにしても元気そうでよかったって、どういう意味だろう。昨日も言われた気がする。不思議に思って先生の方を見ると、私たちに何か言うつもりはないらしい。気にはなるけれど、先生が今いうことではないと判断されたのなら、きっと言ってくれない。ちょっと気になる気持ちはなかったことにして、目の前の粥に集中した。
朝食の後は服屋へと向かった。刺繍に興味があるなら、とベラ姉に誘われていたのだ。ロット姉とルーク兄も一緒だけれど、リックはジャン兄と一緒にお店を見に行くことに下らしい。ルーク兄はこの後行く予定の本屋目当てでこちらを選んだらしかった。
「ほら見て、アン。
この刺繍も素敵じゃない?」
「ほんとう。
どうやったらこんな風にできるんだろう……」
「ここのお店のものはどれも丁寧に刺繍されているから、見ているだけでも勉強になるわ。
あまり大きな声では言えないのだけれどね……」
確かに様々なものに刺繍がされていて、同じ模様でも大きさで印象が変わったり、糸の色や太さでより多彩さが出ていた。買おうとするとどうしてもお値段が張るけれど、見ているだけでも気持ちが明るくなる。満足するまで見たら、次は本屋さん。
ルーク兄は気に入ったものを見つけたみたいで、さっそく買うものを決めていた。私はもう、針と糸を買うって決めているから、ここも見学。でも、家にはないような本がたくさん置いているから、ここも見ているだけで楽しい。まだ文字を読むのはゆっくりになっちゃうから絵本の方が読みやすいけれど、本の方がいろんな種類があるみたい。
ロット姉も本屋さんで気に入ったものがあったようで、ルーク兄と並んで楽しそうに本を抱えていた。
そして次は待ち合わせ場所でもある昨日のお店へと向かった。まだ少し時間には早いけれど、せっかく自分の道具をそろえるなら、ゆっくり選びたいものね、とベラ姉は言っていた。
お店へと着いた私たちは一度裏に回ると、ベラ姉は慣れた様子で昨日と同じ人に声をかけた。
「こんにちは。
シェラフさんと約束しているものですが」
「ああ、キハットさんのところの」
「はい。
まだ時間には早いのですが、この子が刺繍道具を欲しがっていまして。
良ければ見せていただけませんか」
「なるほど。
いつもの部屋でお待ちいただけましたら、いくつか見繕って持っていきますよ」
「ありがとうございます。
お言葉に甘えさせていただきますね」
話はまとまったらしい。私たちはベラ姉の後ろに続いて、昨日と同じ部屋へと入っていった。どうやらお店の方には回らず、このまま商品を見せてもらえるらしかった。
「お待たせしました。
いくつか持ってきましたが、何か気に入ったものがあるといいのですが」
ワクワクとしながら人を待っていると、いくつか商品を乗せたワゴンを押して部屋に入ってきたのはシェラフさんだった。
「わざわざシェラフさんがお時間を取ってくださるなんて!
ここの商品は素晴らしいものが多いですから、きっとアンが気に入るものがあります」
「小さなお嬢さんが刺繍をすると聞いて、思わず来てしまいました。
アンさん、あなた刺繍をしたことは?」
「い、一度だけ。
みんなのリボンに花をししゅうしました」
「これです!
周りはベラ姉のものですが、ここはアンがやってくれたんです」
ずい、とロット姉が髪をくくったリボンをほどいてシェラフさんへと示す。それをシェラフさんはじっくりと見ると、にこり、と笑顔を私に向けてくれた。
「初めてでここまで丁寧にできる人はなかなかいませんよ。
きっとアンさんに向いているのでしょうね。
ベラさんの刺繍も、他の方ではなかなか出せない味を出していらっしゃるの。
ぜひ、アンさんも頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
褒めてもらえたことが嬉しくて、ついつい笑顔がこぼれる。シェラフさんはそんな私を見て、可愛らしい、と言葉を漏らしていた。
「さて、どの道具がいいかしらね。
予算はどのくらいなの?」
「あの、先生からこのくらいつかってもいいよってもらっています」
そう言って先生から受け取ったお金を示すと、シェラフさんは一つうなずいた。そしてカートからいくつか商品を箱を開けて机の上へと移す。それは入れ物すらきれいなものもあれば、入れ物はシンプルだ蹴れど、中の道具がたくさん入っているものなどいろいろな種類があった。
「あの、シェラフさん?
先ほどアンが言った予算だとここにあるものは買えませんよね。
私からも出しますので」
「いいえ、大丈夫ですよ。
アンさんに期待して、私がアンさんにこれらを示された予算で売りたいと思ったのですから。
さあ、どれがいいかしら」
ベラ姉が恐縮しているから、きっとこれはもっと高いもの。でも私は示されたうちの一つから目が離せなくなっていた。
「これ、これがいいです!」
それは薄い青の箱に小さな白い花が彫られていた。その模様にどこか懐かしい気持ちになる。そして中にある道具も豊富。一目見たときから、これがいいってすぐに思った。
「素敵ですね。
それではこちらを。
包みましょうか?」
「だいじょうぶです!」
大事に抱えて帰りたかったから、きっぱりと首を横に振る。そして先生から受け取ったお金をすべてシェラフさんに渡すと、道具箱は私の腕の中へとやってきた。
「たいせつに、します」
「ええ、ぜひ。
アンさんの作品を楽しみにしていますね」
シェラフさんの言葉に、私はしっかりとうなずいた。この道具を使って、たくさん頑張りたいな。