2. ベラのお土産
「そうだ、アンとリックにね、お土産があるの」
「おみやげ?」
野菜たちをキッチンへと置くと、ベラ姉は再び私とリックの前に戻ってきた。お土産? と首をかしげると、ベラ姉はじゃん! と言いながら布を取り出した。
「きれい……」
わずかな光のもとでも、その布がいつも着ているものよりもいいものなのだとよくわかる。ベラ姉に差し出されて触れてみると、手触りも全然違う。
「あら、どうしたの?」
「ポントさんの奥様がくださったんです。
布の大きさも微妙で、もう使う予定がないからって。
家を整理していたら出てきたようで」
「そうなの。
今度お礼を言わなくてはね」
「はい。
言っていたとおり、あまり大きい布ではないのですが、アンとリックに服を作るのが良いかなと。」
この布で服を作ってもらえる。それもリックとおそろい。
「ほんとうですか!?」
「いいですよね、先生」
「ええ、そうね」
「ありがとうございます!」
リックと2人でお礼を言っていると、部屋にロット姉が入ってきた。
「先生、頼まれていた分は終わりました。
って、どうしたのですか、その布は」
「ありがとう、ロット。
助かったわ。
布はポントさんの奥様がくださったそうなの。
アンとリックの服を作ろうかと思って」
先生の言葉にロット姉が目を輝かせる。それなら私が作っていいですか、というロット姉の言葉に先生が頷いた。ロット姉の作る布物は街でも人気みたいで、よく売れると前に聞いたことがある。楽しみにしていてね、というロット姉の言葉に私とリックはこくこくと頷きを返した。
「帰りました」
ロット姉に服を作るための大きさを測ってもらっていると、ジャン兄が帰ってきた。手には大きめな袋を持っている。
「あら、おかえりなさい、ジャン」
「今日狩ったほとんどは保存用にすることになったので、あまり量はない。
今度取りに行く」
「そう、わかったわ」
「モンスターが活発化してきていて、狩りに行くなら様子をみないと厳しそう」
ジャン兄の言葉に、先生がため息をつく。もうそんな時期なのだ。モンスターは野生の動物よりも強くて厄介だと聞いたことがある。冬の間はあまり活動しないけれど、暖かくなってきた今の時期に活発化するみたい。まだ朝夕は寒さが残っているけれど、もうモンスターが動き出してしまったらしい。
「あと、いろいろと素材を。
処理をして、今度街に行くことに一緒に売りに行きたい」
「ええ、そうね。
お願い」
ジャン兄は必要なことを伝えるとさっさと部屋へと戻っていってしまった。そんなジャン兄を、先に計測が終わったリックが追いかけていく。きっとまたジャン兄に剣を教えてもらおうとしているのだ。分かりやすいリックの行動に、計測をしてくれているロット姉と顔を見合わせて笑ってしまった。
「ルークは行かないの?」
「僕?
うーん……」
ルーク兄はあまり興味がないみたいで、顔をしかめている。
「ルークは剣よりも学問のほうに興味があるみたいね」
そう言ったベラ姉の視線の先は、ルーク兄の手にある本。本は高価であまり手に入らないけれど、この家には先生が持ち込んだものと人が分けてくれたものがある。それを一番大切に読んでいるのがルーク兄だ。
「うん、そうみたい」
ルーク兄が再び本へと視線を落としたとき、部屋に勢いよくリックが入ってきた。その手には小さな木刀。どうやらジャン兄に頼めたみたい。その顔は嬉しそうに輝いていて、本当に分かりやすい。
「ジャン兄がけんをおしえてくれるって!
ルーク兄もやろう!」
「ええ、いや、僕は」
「ルーク、自分のためにも周りのためにも、少しはやっておいたほうがいい。
何かあった時に家族を守りたいだろう?」
リックの後ろからゆっくりと歩いてきたジャン兄の言葉に、ルーク兄は再び悩みだす。結局、ルーク兄は本を机に置いて、2人についていくことにしたようだった。
***
モンスターの関係で狩りに行く回数が減ったジャン兄にリックは度々稽古をねだっていた。それにルーク兄も参加することがたまに。
「あら、つまらなそうね、アン」
「ベラ姉……。
リックがけんのほうにいくんだもの」
「そうね」
「ずっといっしょだったのに……」
もう覚えていないくらい昔から、気がつけばリックは隣にいた。何をするにもずっと一緒。それが当たり前だったのに。
「寂しいわね。
でも、2人は別の人間なのだからいずれは別々に行動することになるの」
「べつべつ」
「ねえ、アン。
刺繍、してみない?」
「ししゅう?」
「ええ。
リックと一緒に何かをやるのも勿論いいのだけれど、アンが楽しいことを見つけるのも大切よ。
刺繍なら私が教えてあげられるところがあるわ」
刺繍。布だけではなくて糸も貴重だから刺繍だって気軽にできるものではないはずでは? そう思ってベラ姉を見ていると、ほら、とベラ姉がリボンを取り出した。
「今ロットが2人に服を作ってくれているでしょう?
その型取りをしたうえで多少布が余って。
せっかくだから、リボンにして刺繍をしようと思ったのよ」
「わたしに、できるかな?」
「アンは器用だからきっと綺麗にできるわ」
柔らかく微笑んでくれるベラ姉を見ているも、本当にできるような気がしてくる。やる、と頷くと頑張りましょう、と返してくれた。
***
早速やり方を教えてもらおうと意気込んでいたのに、まずは、といつも文字の練習をしている砂が入った枠を持ってくるように言われた。
刺繍なのに、文字の練習?
「刺繍はね、布を美しく見せてくれるだけじゃないの。
どんな図面を刺繍するかで気持ちを込めることだってできる。
図面を決めて、それを一針一針、気持ちを込めて刺繍するの。
ねえ、アン。
あなたはどんな気持ちを込めたい?
初めは簡単なものでいいのよ」
どんな気持ち。難しいことはよくわからない。けれど。
「ありがとうってきもち」
「素敵ね」
ぽつりとこぼれ落ちた言葉に、やっぱりベラ姉は笑って受け入れてくれる。そした、といくつかの図を書いてくれる。その中の一つは難しそうなもの。
「これはね、今はきっと難しいけれど、アンならできるようになるわよ。
妖精をモチーフにしているのですって。
他にも精霊が宿ると言われている自然をモチーフにしたものが多いかしらね」
妖精。今は無理だと思うけれど、いつかはきっと刺繍してみたい。そう思ってその図を見つめていると、まずはこれかしら、と一番簡単な物を指差した。
「がんばる」
「ええ、私ももちろん手伝うわ」
そうして実際に刺繍するために初めて針を手にした。気をつけてね、と言われて渡されたとおり、針先は尖っていて少し怖い。でも、リックは剣を扱おうとしてるのだもの。針くらいで怖いなんて言っていられない!
それから苦労して針に糸を通して、ベラ姉が描いてくれた図をじっと見ながら一針ずつゆっくりと刺繍していく。気持ちを込めるのももちろん忘れない。そうして、ようやく私の初めての刺繍が完成した。
私はそれからリックが剣の稽古をしているときは刺繍に夢中になった。先生、ベラ姉、ロット姉、私の分は簡単な花を、ジャン兄、ルーク兄、リックの分は木の葉を、ゆっくり丁寧に仕上げた。時間はかかってしまったけれど、なかなかいい出来なのではないのだろうか。
「とっても素敵よ、アン。
あとは私に任せて。
その前にロットに見せてみる?」
「ううん。
かんせいしてからみんなにみてもらいたい!」
「じゃあ、そうしましょうか」
そこからベラ姉は私よりも早く、丁寧により複雑な刺繍を仕上げてくれた。初めての刺繍は自分で思っていたよりも楽しかったから、いつかベラ姉みたいに刺繍できるようになりたいな。