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1. 精霊の恵み

 朝食を食べ終わると先生からそれぞれの予定が伝えられる。内容はその日によって様々だけれど、私たちの面倒は私たちの次に年少のルーク兄、またはロット姉が見てくれることが多い。


 ベラ姉やジャン兄は先生を手伝ったり、外で働いたり色々。早くみんなの役に立ちたいけれど、私たちにできることは多くないって、もう私もリックもわかっていた。


「ベラ。

 今日はポントさんのところに行ってきて。

 野菜が収穫時期みたいで、手伝ったら分けてくださるそうなの」


「わ!

 ポントさんのところの野菜おいしいから嬉しい!」


 野菜……。その言葉にリックと顔を見合わせる。野菜はあんまり好きじゃない。でも先生もベラ姉も身体に大切だから食べなさいってよく言うのだ。


「ジャンは村の人と一緒に森に入って狩りを。

 そろそろお肉がつきそうなの」


「わかった」


 マイペースだけれどジャン兄は剣の腕前があるみたい。よく村の人に頼られて狩りに行っている。お肉は好きだから、ジャン兄には頑張ってきてもらわないと。リックは剣にあこがれているようで、いいなぁとジャン兄を見ている。


「ロット、あなたは私の手伝いを。

 今度街に布物を持ち込みに行きたいから、少しでも多く仕上げなくては」


「はーい」


 ロット姉はがさつに見えるけれど、繕い物をやってもらったら早いし丁寧。本人は必要だから覚えたって言っていたけれど、本当にすごい。でもあまり飾りを縫うのは得意じゃないみたい。


「ルークは2人に勉強を教えてあげて。

 なにか困ったことがあったらすぐに私の部屋においで」


「わかりました」


「アンとリックはルークによく学ぶのよ」


「「はい!」」


 いい返事、と先生が褒めくれる。どうやら今日私たちの面倒はルーク兄が見てくれるらしい。よろしくお願いします、とルーク兄に言うと笑みを返してくれた。

 

***

「うん、2人とも良くかけている」 


 基本となる文字を書き終えてルーク兄に見せると、そう言って褒めてくれる。今度はこの文を書いてみようか、と絵本の一文を示すから私とリックは再び枠に入った砂に向き直った。


「アンはきれいな文字を書くね」


「きれい?」


「うん。

 とっても形が整っている」


「ぼ、ぼくは?」


「リックのもきれい。

 読みやすいよ」


 ほら、ロット姉の文字を思い出してみなよ、と言われて思わず2人して黙ってしまった。ロット姉の文字はなんというか……、うん。


「ルーク兄のもじもね、とってもよみやすいよ」


「ふふ、ありがとう。

 そうだ……」


 何かを思いついたのか、ちょっと待っていてね、とルーク兄が部屋から出ていく。その間も私たちは黙々と文章を写していた。そして書き終わる頃にルーク兄は戻ってきた。


「おまたせ。

 ねえ、これ何かわかる?」


 そう言ってルーク兄が持ってきたのは紙だった。どうして、と目をパチパチとさせると、ルーク兄はその様子が面白かったようで声を出して笑う。そんなルーク兄は珍しくて、今度はリックと顔を見合わせてしまった。


「どうしてかみをもってきたの?

 それってとってもたかいものだよね?」


「うん、そうだね。

 大丈夫、ちゃんと先生に許可をもらってきたから。

 ねえ、二人とも。

 これに手紙を書かない?

 先生に向けて」


「「てがみ?」」


「そう。

 紙に文字を書いて、気持ちを伝えるの」


 ペンも借りてきたんだよ、と取り出す。それも普段は触ってはだめだよ、と言われているもので。この家の中でも先生の部屋にしか置いていないものだった。


「本当にいいの?」


「うん。

 紙に書く前に一度練習してみよう。

 何を書きたい?」


 何を……。先生に何を伝えたいだろう。


「簡単なものでいいんだよ」 


「ぼくきめた!」


 そう言ってリックはあまり迷うことなく砂に文字を書いていく。私は、何を書こう。伝えたいことはいっぱいあって。でも、文字はそんなに書けない。


「アン、一番言いたいことだけ書けばいいんだよ」


 そう言われて、私はようやく書き出した。


『わたしとリックとかぞくになってくれてありがとう』


 一生懸命書いた文字はルーク兄にとっても素敵だね、と言ってもらえて。初めて持つペンに緊張しながら、ルーク兄に手伝ってもらって紙に書き出す。ペン先が紙に引っかかって書きづらいけれど、砂とは違って書いたものがずっと残っていくということが不思議で。完成した短い手紙をまじまじと見つめた。


***

 どきどきと緊張しながら、先生の部屋の扉をたたく。すぐに返事がきて、あまり足を踏み入れたことがない部屋の中へと入っていった。


「せんせい」

「わたしたいものがあります」


「まあ、なにかしら」


「どうぞ!」


 リックと私、一生懸命書いた手紙を手渡す。いつもよりは不格好かもだけれど、初めてにしてはとってもきれいに書けているとルーク兄も褒めてくれた。


 それでもどんな反応が返ってくるかな、と緊張しながら待っていると、そっと温かい腕に包まれた。


「ありがとう、アン、リック!

 大切にするわね」


 想像していたよりもずっと先生は喜んでくれて、リックと2人笑みをこぼす。


「もうこんなに書けるようになっていたのね。

 本当に子どもの成長は早いわ。

 急いで成長しなくていいのよ。

 でも、うれしいわ。

 ゆっくり、笑顔の素敵なままのあなたたちで成長していくのよ。

 先生は、家族は、そのためにいるのだもの」


 ぎゅっと強まった抱擁に、先生の顔は見えない。それでも深い愛情が伝わってくるようで。朝の悲しみはすっかり溶けていった。


***

 ルーク兄に算学も教えてもらったていたら、1日はあっという間に過ぎていく。日が傾いた頃にベラ姉が帰ってきた。


「たくさんいただいちゃいました」


 そういったベラ姉の腕には言葉の通りたくさんの野菜。つやつやとしていて、苦手なはずの野菜がなんだかおいしそうに見えてくる。


「ありがとう、ベラ。

 助かるわ」


「今年は豊作だったみたいで、必要ならまた取りに来て、と」

 

「あら、本当?

 お言葉に甘えるかもしれないわね」


 野菜の見た目はおいしそう。でも、本当においしいのだろうか。じーっと、野菜を見つめているとベラ姉は視線に気がついたようでこちらを振り返った。 


「アン、一つ食べてみる?」

 

「えっ?」

 

「そんなに興味津々で見つめられちゃったらね。

 とっても美味しいわよ。

 もちろんリックとルークも」


 ほら、と布で表面をぬぐった野菜を私に手渡してくれる。恐る恐る手にとってかぷりと一口。酸味をあるけれど甘みもあって、今まで食べてきたとのとは全然違う。


 思わずぱっとベラ姉の方を見ると、ベラ姉はにこにこと笑っていた。おいしいでしょう、と問いかける声に私はただこくこくと頷きを返した。


「本当、いつもよりもとってもおいしいわね。

 王太子様が決まって安定したことで、妖精たちも落ち着いたのかしら?」


「おうたいしさま?」


「ええ。

 次の王となる方よ。

 数年前に決められたのだけれど、どこか落ち着かない雰囲気があったから」


 ふーん、と良くわからないまま返事をすると、わかっていないことがバレていたのか、先生は微笑んで私の頭を撫でてくれた。これからね、と。


「でも本当に王様や王太子様の影響が大きいのですね。 

 私、あまり感じた事がなくて」


「そうね、もちろん国政の面でも国王陛下の指針は国に大きな影響を与えていらっしゃるわ。

 でも、もう一つ。

 国土の豊かさに精霊が力を貸してくれていることは知っているわよね?」


「はい」


「だから、国王陛下と精霊、そして国を守護してくださっている妖精との相性が良いほど国が豊かになると言われているの。

 でも……、きっとそれを感じられない今が良いのよ」


「感じられないことが良い、ですか?」


「ええ。

 それだけ国が安定して豊かということだから」


「そういうものですか」


 なんだか話は終わったようだ。良くわからなくて首をかしげていると、今度はベラ姉が私の頭を撫でてくれた。


「精霊はね、特に子供のことが好きなんですって。

 きっとアンたちのことも見守ってくれているわ」


 精霊が、見守ってくれている。でも近くにいてくれるなら、お友だちになりたかった。どんな姿をしているかはわからないけれど、いつか見れるといいな。


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