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9:1日目 ジーナが苦手な男

 何はともあれハルの初クエストが始まる。

 ジーナはいつもの奇妙なポケットだらけの外套を羽織ると、行くよと声をかけて部屋を出た。

 廊下に出ると年配の冒険者が駆け寄ってきた。

 いかにも神経質そうで苦労性といった人相だ。

 王都の屋敷にも似た感じの使用人がいたのでわかる。

 額に深く刻まれた皺が彼の性格を物語っているようにハルは感じた。


「ジーナ、まずいよ」

「どうしたトラビス。いつにも増して困り顔じゃないか」

「俺がギルドマスターに管理を任されていたハンマーの事なんだけど‥」


 ハンマーという言葉を聞いて、それまで呑気だったジーナの表情が変わる。

 何かまずい事を思い出したのだろう。

「先週あんたが森に出たゴーレム退治に使うからって持ち出してたよな。そろそろ返してくれないと困る。メイリィに確認されちまったんだ。もしなんかあったら俺もあんたも終わりだよ」


「あ〜、問題ない。もうすぐ使い終わるから必ず返すよ」

 頼んだぜ、と念を押してトラビスは急足で去っていった。

 ひょっとするといつでも逃げ出せるように荷物をまとめに向かったのかもしれない。


「ジーナさん、何か問題が?」

「あぁ。この前ゴーレム退治にてこずってね。倒したはいいがハンマーは色々あって森に起き忘れたんだよね」

 事務所の汚さで薄々わかってはいたが、ジーナは相当雑な頭をしているようだ。

「なあナイト君。魔人のあたしがこんな冒険者ヅラできてるのも偉大なギルマス様のお目こぼしあってこそだ。大事なハンマーをなくしたとあっちゃこの街に居られなくなるかもしれない。合間を見て探しに行くから覚えといてくれ」


クエスト受諾

■なくしたハンマーを探せ

報酬:なし

発注者:トラビス


「そんな大事なモノなら無くさないでくださいよ」

「死闘だったんだよ。相手はストーンゴーレムでさ。石の腕をただ振り下ろすだけで何人も冒険者を殺してきたやつだったんだ。腕が頭に直撃した奴の死体を見たんだけどさ、そりゃメロンを割ったなんてもんじゃなくて、脳ミソが……」

 ジーナの趣味の悪い死体描写は幸いにも、突如巻き起こった女冒険者たちの黄色い声にかき消された。


 振り返れば、白に近い金髪を陽光に透かし、まるで光そのもののような輝きをまとった男が、ゆったりと歩いてくるところだった。

 肩まで流れる髪はゆるやかなウェーブを描き、その下にのぞく翠色の瞳は、宝石のように澄んでいる。

 着ている服は吟味された上質な布で仕立てられ、腰には繊細な装飾が施された細身の剣。

 足元には一分の汚れもない、磨き上げられた黒革のブーツ。

 どこを切り取っても絵になる容姿に、女冒険者たちの視線が集まっていた。

 彼こそが、名高い精霊剣士カリームに違いなかった。


「おはよう、ジーナ」

 カリームがにこやかに話しかけると、女冒険者たちの敵意に満ちた視線がジーナに向けられてくる。


「今朝も美しい銀髪だね。君に出会えるなんていい朝だ」

「カリーム。あいにくあたしはクエストでいっぱいでね。挨拶してる暇もなくて」

「私も緊急依頼を受けていてね。ホムンクルスの捜索だ。……とはいえ、精霊たちが導いてくれるだろう。必要な真実は、風の声が教えてくれるはずだから」

 ジーナの眉がぴくりと動いた。

「精霊まかせで、あんたはお茶でも飲みながらってわけか」

「その予定だよ。ちょうど朝食をとるつもりだった。もしよければ、一緒に――」

「暇はないっていっただろ」


 冷たく断っても、カリームの笑顔はびくともしなかった。

 むしろ、ますます上機嫌にすら見える。

「まかせておきたまえ。ところでそちらの黄金の鎧の紳士はどなたかな?」


「ほ、本日より青銅級冒険者として登録させていただきましたハルと申します。以後お見知りおきください、精霊剣士カリーム」

「おお、君が噂の元王都騎士団のハルか。今はさぞ辛い立場だろうが、いずれ挽回の機会は巡ってくるさ。それまでは一緒にこの街で頑張ろう。いつでも相談に乗るよ」

 おお何という正常な世界だろう。

 ハルの憧れの冒険者は、思った通りの好人物だったようだ。


「はい!ありがとうございます」

「では今日はこれで。ではジーナ、クエストを華麗に解決したその時には改めて夕食に招待させてくれたまえ。それでは、ごきげんよう」

 カリームが朝食を摂りに移動を始めると、女冒険者たちがすかさず後へと続いて行った。


「かんべんしてくれ……」

 ジーナはカリームが苦手だった。

 どういうわけかジーナに向けてくる好意も息苦しいし、何よりも同じ白金級冒険者としての意地もあった。

 あいつがいれば、あたしはこの街にいらなくなる――そんな根拠のない恐怖をいつも感じさせるのだ。


 颯爽と去っていくカリームの背を見送るハルの背をジーナが容赦なく小突く

「おい、行くぞナイトくん。キザエルフの尻に見惚れている暇はないぞ」

「まずはどこへ向かいますか?ハンマー探しですか、豚の農場ですか」

 ジーナがニッと歯を見せて笑う

「ナイト君の望みを叶えてやるよ。職人ギルドのイレブンの旦那の家に行くぞ。カリームより先に愛しのホムンクルスを探し出す」



クエスト受諾(非公式)

■消えたホムンクルスのディアナを探せ

報酬:カリームの鼻を明かす

発注者:イレブン氏

ジーナのクエストジャーナル


■闇ポーション販売事件

流行り病の予防ポーションが闇ルートで販売されているという情報が入った

闇ルートをつきとめ首謀者を捕らえるか、不可能な場合は殺害せよ

報酬:10万ゴート

発注者:ギルドマスター


■子豚盗難事件

農場の柵が破壊され子豚が盗難されている

子豚泥棒を捕らえるか、不可能な場合は殺害せよ

報酬:5万ゴート

発注者:ピギー牧場


■ギルドのポーションの在庫数を数えよ

報酬:3000ゴート

発注者:ギルドマスター


■なくしたハンマーを探せ

報酬:なし

発注者:トラビス


■消えたホムンクルスのディアナを探せ

報酬:カリームの鼻を明かす

発注者:イレブン氏

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