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8:1日目 パーティー結成?

 ギルドマスターとの挨拶をすませた後のハルは、執事のミルミドンの案内で治療院へ行き予防ポーションを飲んだ。

 ハルはずっと上の空状態だ。予防ポーションのおそろしく苦い味ですら認識できないほどの。

 ディアナが消えた・・・昨日出会ったその直後に。

 詳しい事は聞いていないが、ホムンクルスが勝手に主人の屋敷から出ていくことは無いだろうから。

 何者かにさらわれたと考えるのが妥当だろう。

 犯人はどこかに売り飛ばすつもりなのか、それとも・・・。

 ハルはいやな想像を振り払おうとした。


 考えていても仕方がない。

 なんとか彼女を探すクエストに自分も参加できないだろうか。

 突如空腹を感じたハルは軽い自己嫌悪を感じた。

 いくらディアナの事を案じていようとも腹は減る。

 1階の酒場カウンターで朝食のシチューを受け取ってかきこんだ。

 具沢山で美味だった。

 さすがは食の街ソシガーナ。

 この美食は、もう少し心に余裕ができた時に楽しむこととしよう。


「よう 黄金騎士様 パーティーは決まったのか?」

 ナドゥだった。

 ハルがギルドに来た時から酒場にいたような気配がしていたが、この怠け者は朝から晩までここに張り付いているつもりなのだろうか。


「ジーナさんと組むようにギルドマスターに言われました」

「おぉ それはご愁傷様だな」

「どういう意味です。彼女はそんなにひどい冒険者なのですか?」

「そんなことはないぜ、奴は俺が知る限りこの街で最高の冒険者だ。

ただ無限にクエストを受けちまうから相棒のお前はご愁傷様って意味だ」


 無限にクエストを受けるというのはどういう事なのだろう。

 何かの比喩表現だろうか。


「ジーナさんが今どこにいるかご存知ですか?」

「ああ今の時間なら確実にこの奥にいるよ」

 何にせよジーナと会わない事には話が始まらない。

 ハルはカウンターにきっちりと食器を戻すと、ギルドの奥に続く通路に向かった。


 酒場に残ったナドゥは、今の案内はさすがに言葉が足りなかったかと少しだけ自省した。

 まあ子供じゃないんだから何とかなるだろ。

 そんなささやかな思案も仲間達に馬鹿話を振られてすぐに忘れてしまった。


 ~~~


 ハルがナドゥに示された通路は長く、途中いくつもの扉が並んでいた。

 さすがに不案内が過ぎるだろうとは思ったが、奥というなら突き当りの扉を指すのだろうとハルは予想した。

 

 空気が湿ってきていた。

 近くに炊事場でもあるのだろうか。

 

 突き当たりの扉をハルが開くと、そこは壁に囲われてはいるが天井がない――屋外だった。

 ここは、湯気立ちこめる露天浴場だ!

 そして、そこに佇んでいた一人の風呂上りの女性は――まさに美の化身だった。


 朝の光を受けて濡れた銀髪がさらりと揺れ、褐色の肌には透明な雫が煌めいている。

 空気よりも澄んだ水滴が、彼女の首筋を伝い、鎖骨を滑り、豊満な胸を伝い、引き締まった腹のあたりで消えていく。

 その一つひとつが朝日に反射し、儚くも鮮やかな輝きを放っていた。


 神が人類の裸体という名の完全なる美を創造するとすればこうなるのではないだろうか。

息を呑む音が、自分のものだと気づくのに時間がかかった。


――ちょっと待った。銀髪・・・だと?


 不意に、彼女がこちらを向く。まさに白金級冒険者のジーナその人だった


「……誰だ、キミは」

 ハルはナドゥが浴場だとは言っていなかったことを恨んだが、すでに手遅れだった。

「のぞき魔……ってわけでもなさそうだから、ここを知らない新人ってとこか」

 ジーナは前を隠そうともせず、ハルを観察している

「ああ!お前がハルとかいう王都の騎士様か。あたしがジーナだ。よろしくな!」

 ジーナは握手のための手を差し出してくる勢いだが、ハルは素早く回れ右をキメる

「し 失礼しました!私は外でお待ちしています!」


 ハルは浴場の扉を後ろ手に締めると、目を閉じて心を落ち着かせようと努力した。

 瞼の裏に映り出す、湯気の中の美の化身の残像を振り払うのは一苦労だった。


 ~~~


 風呂上がりのジーナはハルと、彼女の自室で落ち合っていた。

 白金級冒険者だけに与えられた個室兼事務所といったところだ。

 本来簡素な椅子と机、戸棚があるだけの部屋のはずだが、ジーナ流の整理術のせいでありとあらゆるモノが雑然と積み上げられている。


「ナドゥ……ジーナさんの個室があるんだったらこっちを教えてくれればいいのに……」

 ジーナにはハルの愚痴は聞こえていなかった。

 積み上がったクエストを整理する時間が必要なのだ。

 もっとも行き当たりばったりが彼女のやり方なので計画と呼べるほどのものは存在しないのだが。


「まずは豚ちゃんの様子でも見に行ってみるかぁ」

 ジーナが顔を上げると、そこにはピカピカの鎧に身を包んだ元騎士が所在無げに立っていた。

 そうだった。ギルマスにこの坊やのお守りまで押し付けられていたんだった‥。

 王都のお坊ちゃんだ。せいぜい型にはまった剣術やら馬術やらくらいしかできることは無いだろう。

 おまけにカンも悪そうだ。

 おかげで初対面から裸を見られるハメになってしまった。

 さっきはベテランの余裕を見せてやったが、こっちにも人並みの羞恥心の持ち合わせはあるのだ。


 ~~~


 ハルは痺れを切らしていた。

 長風呂が終わるのを待ったと思ったら、ジーナは迷子の豚を探しに行こうとしているようだ。

 もっと探すべき大事な対象があるというのに。


「ジーナさん」

「どうしたナイトくん」

「その呼び方はやめてください」

「これは失礼、黄金騎士殿」


 話にならない。

 この魔族混血の女には騎士を追放された”人間”の気持ちなど理解できようはずもない。

 ならばとことん利用してやるだけだ。

「ホムンクルスがいなくなったクエストを私達で解決しませんか?」

「そんなクエストはなかったぞ」

「ギルドマスターが緊急クエストだと言っていました。私達も優先的に参加すべきではないでしょうか」

「緊急クエストねぇ‥」

「ナドゥから聞きました。ジーナさんは無限にクエストを受ける冒険者だと。このクエストも解決しちゃいましょうよ!」


 ジーナは少し考えてこう言った

「そのホムンクルスにお前、会ったのか?」

「ええ。街に来てすぐに偶然会いました」

 それを聞くとジーナはイタズラっぽい笑みを浮かべる

「やっぱりそうか。ナイトくんの麗しの君を救出したいというわけだ」

「そういうことではありません!」

「いや。ギルマスはそのクエストをあたしに教えなかった。つまりあたしと組むあんたに依頼するはずもない。つまり解決したいのはあんたの個人的動機。坊ちゃんのあんたが報酬額で動くのは考えにくいから、残る線はホの字しかないだろ、色男」

「違います!私はこの町で早く手柄を立てて認められたいだけです!」

「照れるな、別に悪いことじゃないさ。誰かを守りたいというのは立派な動機だ。あたしもこの街を守りたい。心からそう思ってるから全てのクエストを受諾してるんだ」

「だったら‥」

「でもまあさすがにそれはあたしのクエストじゃないからな。そういうお大事なクエストは我らが精霊剣士カリーム様がご解決されるのさ。さあ、わかったらあたしらは豚ちゃんの牧場を見に行くよ。この街の角煮が無くなっちまう前にね」


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