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7:1日目 クエスト解決の前に朝風呂

 二つのクエストを受諾したジーナは、その解決にとりかかる前にやることがあった。

 

 それは風呂だ。


 浴室はぜいたく品であり、家庭用の浴室など持てるのはよほどの金持ちか貴族だけだ。

 庶民の風呂事情はといえば、王都なら公衆浴場のひとつもあるが、こんな街では濡れた布で身体を拭くのがせいぜいだ。

 それがこの冒険者ギルドには天然の温泉を利用した浴場が備えられているのだ。

 ただしいつも誰でも利用できるわけではなく個人ごとに利用時間が定められている。

 ジーナが風呂にはいれるチャンスは今日の朝となっており、これを逃す手はない。

 

 ジーナはギルドへの忠誠心はゼロだったが、ギルドの風呂への忠誠心は100だった。

 こんな立派な風呂を設置することを決めてくれた過去のギルドマスターを屍術師にリビングデッドとして蘇らせてもらって御礼を言いたいくらいだ。

誰なのかも知らないが。


「ジーナさん ちょっとよろしいですか」

 鼻歌を歌いながら浴室に向かおうとしたジーナは無情にも執事に呼び止められた。

「ギルドマスターがお呼びです。至急執務室へ行ってください」


 冗談ではない。

 割り当てられた風呂の時間は1時間だけだ。

 ギルマスのくだらない話が1秒長引くごとにジーナの天国の時間は削られていくことになる。

 無視して風呂に行くことも考えたが、完全に後顧の憂いなく風呂を楽しむことは何より大事だ。

 ここは秒速で終わらせるしかないだろう。



「ギルマス!話ってなに?」

 ジーナは黄金の扉を勢いよく開くなり尋ねた。

 ギルドマスターメイリィは、算術盤で何やら計算をしているところだった。

 おおかたぼったくりポーションの売り上げでも数えているか、冒険者たちへの給金手当のどこを削れるのか思案しているかといったところだろう。

 メイリィはジーナに対して顔を上げる様子もなく熱心に計算に取り組んでいる。


(まさかとは思うが、こいつ・・・あたしの風呂の時間を知ってて、わざとやってんじゃねえだろうな)

 そちらがそういうつもりならこちらにも考えがあるというものだ。

 ジーナはいったん神妙にボスの仕事が終わるのを待つかのように立っていたが、しばらくするとポケットに手を伸ばした。

 そして芋のチップスを取り出すと、軽快な咀嚼音を聞こえよがしに響かせた。


 メイリィの眉がピクリと動いたような気がした。

 もう一押しだ。

 ジーナは手についたチップスの粉を手をたたいて払うと、2枚目のチップスに手を伸ばした。

 するといつの間にかメイリィはジーナの足元に移動しておりじっと床を見つめていた。

 何かぶつぶつという声が聞こえてくる。

 ジーナは手を耳に当ててすこし身をかがめる。

「え?なんすか?」


「わたくしの部屋でポテチの食べかすをまき散らすなですわ!!」

 メイリィはめいっぱいの怒声をジーナに浴びせると懐から小さな箒を取り出すと素早く床を掃除した。

「悪い。邪魔しちゃいけないと思って待ってたんだけど、腹へっちゃって」

 ジーナはまったく感情のこもっていない声で謝罪をした。

「あたしがすぐ腹が減るの、ギルマスも知ってるだろ?」

「もちろん知っていますわ。魔との混血種の体質ですものね」


 魔人であるジーナの筋力や敏捷力は常人を凌駕している(願わくば知力も凌駕していて欲しかったと彼女は嘆いているが)

 その代償として燃費の悪さが付きまとう事になる。

 ジーナの無数のポケットの中にはいつも何かしらの食物が詰め込まれているのだ。


「ところであなたにお願いしていた予防ポーションの在庫の棚卸はどうなっていますか?」

「今日やろうと思ってたとこだよ」

 完全に忘れていた。ジーナは街中を駆けずり回ることは苦と思わないが、数を数えることほどの苦はなかったので逃避し続けていた。

 だいたい仕事には適材適所というものがあるはずだ。

 よりにもよって一番苦手な者にその仕事をまかせるとは。

「人手が足りていませんの。どんなクエストでも受諾するあなたにしか頼れません。よろしくお願いしますわね」

「わかったよ。改めて受諾だ」


クエスト受諾

■ギルドのポーションの在庫数を数えよ

報酬:3000ゴート

発注者:ギルドマスター


「じゃあもう行っていいすか?」

「もうひとつ。あなたに対する苦情がギルドに寄せられていますの」

「昨日の殺人クズ男だろ。もう聞いたから勘弁してくれよ」

「その件とは別です。善意の市民からの苦情ですわ。あなたのその奇怪な服装が威圧的で精神的に苦痛をおぼえるというものです」

「いやでもこの服は便利なんだよ。動きやすいし、武器も証拠品もしまっておけるし、腹減ったときは食べ物だって・・・」

「ジーナ。昔とは違うのです。今やこの冒険者ギルドは一攫千金を狙うならず者たちの集団ではありません。

領主様の任命のもと街の治安を預かる立派な組織なのですわ。もっと品性を感じられる服装や態度をこころがけてください。

その外套の下の服も身体の線が出すぎていますわ。刺激的すぎます!」

「あたしの仕事はこの街を守ることだからな。儀仗兵みたいにお飾りで突っ立てるわけじゃない」

 さらにジーナは一転して神妙な面持ちで答えた

「でも申しわけない・・・せめてあたしもギルマスみたいな平坦で刺激の少ない身体に産まれたかったんだけどなぁ」


 この一言は余計だった。


 その代償としてジーナはメイリィの説教により10分間以上の風呂の時間を失った。


 そして最後に今後は新人のハルと組んでクエストをおこなうようにという命令を聞かされたのである。


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