6:1日目 美味しい朝食の後はクエストチェック
ソシガーナ冒険者ギルドに冒険者がなぜ居つくのか?
心躍る冒険もなく、街の治安維持のような喜んでやりたくないクエストばかりのこの街からなぜいなくならないのか?
惰性で残る者。
人生の目的がないのでとりあえず選択を先延ばしにする者。
脛に傷があり、他の街には移りにくい者。
理由は人それぞれあるかもしれないが、有力な理由としてひとつこれがある。
ギルドの飯が美味い。
ギルドの入り口入って左の大ホールは、もともと酒場だった区画で朝と夜に食事がふるまわれる。
酒や嗜好品は有料となるが、基本的な食事は無料。
この誇れるものはほとんどないソシガーナの街は、豊富な食料資源を基盤とした食文化だけは本物だ。
ギルド酒場の料理長ルピタは大柄の南方人女性で、この街の食材にほれ込んで定住した生粋の料理人だ。
どんな荒くれ者の冒険者も彼女の料理を食べるときだけはおとなしくなると言われている。
「おいルピタ!今朝のやきそばパンもうないとかどういう事だよ」
このギルドでも有数の荒くれ者であるジーナが、カウンターに乗り出していちゃもんをつける。
「ジーナ、おはようさん。あんたが食べる前にパンがなくなってよかったよ」
「は?どういう意味だ」
「昨夜は遅くまで大変だったんだろう?そういう時はあんたの身体は優しさを求めてるもんさ。必要なのは焼きそばパンじゃなくてこいつさ」
ルピタが焼き窯からシャベル状の棒で取り出してきた一品は、ぐつぐつと音を立てるシチュー料理だった。
その良い匂いにジーナはたちまち食欲を刺激され、黙り込む。
煮込まれた野菜の上に、こんがりと焼けたチーズが網目状に広がっている。
シチューとして仕込まれた後、わざわざ最後に窯に入れて仕上げたのだろう。
「器は熱いから触っちゃだめよ」
ジーナがスプーンでチーズをつつき破ると、とろとろのじゃが芋やキャベツが顔を出す。
汁と合わせて掬って口に入れると、優しい甘みが口いっぱいに広がる。
ジーナは思わず笑みを浮かべると、スプーンの動きを速めた。
とろみのある汁は、野菜の旨味に加えて、ニンニクやセロリの香味が合わさって絶品だった。
ジーナの疲れ果てていた身体に滋養が染みわたっていくのが感じられる。
「気に入ったみたいね。パンは切れ端だけ残っているから、つけて食べるといいよ」
言われるがままにジーナは、パンで残ったシチューを掬って食べた。
えもいわれぬ満足感がジーナを包み込んだ。
「ふぅ。ごちそうさん。これで今日もがんばれそうだ」
ルピタは黙って器を下げると、満足そうに微笑んだ。
「さて、今日のクエストをチェックするか」
ジーナは足取りも軽く、受付カウンターに歩き出した。
大満足の朝食を腹に入れたジーナは、ハルと入れ違いで受付カウンターのクリスの元に足を運んだ。
「おはよう少年!今朝も顔かわいいな」
「ジーナさん ボクは女です」
「そうだったっけか?まあかわいいもんはかわいいんだよ。ところでクエストは来てるか?」
探知術師のクリスはれっきとした冒険者ギルドの一員であり受付係ではない。
しかしこのギルドには冒険者しかいないので受付も持ち回りでやっているのだ。
「昨日クエストを解決したばかりなのにもう次のクエストですか?」
「おう。街を守るのが仕事だからな」
クリスはそれを聞いて少しだけ微笑むとクエストが書かれた文書の束を引っ張り出す。
■闇ポーション販売事件
流行り病の予防ポーションが闇ルートで販売されているという情報が入った
闇ルートをつきとめ首謀者を捕らえるか、不可能な場合は殺害せよ
報酬:10万ゴート
発注者:ギルドマスター
「くだらない。効きもしないポーションのさらに闇ルート版か?」
「冒険者ギルドの予防ポーションが高すぎて買えない住民が安い闇ポーションに飛びついてるのかもしれませんね」
「なんだ。元はといえばうちの強欲ちびっこギルマスのせいじゃねえか。反省しとけよ」
「じゃあこれは受けないんですね」
「受けないとは言ってない」
ジーナは素早くクリスから文書を奪い取った。
「闇ポーションが有毒かもしれないからな。念のためだ」
「他にもありますよ」
■子豚盗難事件
農場の柵が破壊され子豚が盗難されている
子豚泥棒を捕らえるか、不可能な場合は殺害せよ
報酬:5万ゴート
発注者:ピギー牧場
「これは明確に許せねえな。屋台の角煮が食えなくなるかもしれないからな」
「じゃあ受けるんだね」
「ああ、クエスト受諾だ」
ジーナは2枚の紙を外套の無数のポケットの一つに収めた。
この人はどのポケットに何が入っているのか全部覚えているのだろうか?
クリスはいつも不思議でならなかった。
「ジーナはどんなクエストも受けるんだね」
その時誰かが酒場で騒ぎ始めた。
「ちょっと誰よ!変態野郎は!」
ジーナとクリスが遠巻きに酒場を覗いてみると、白銀級の女戦士が平服のままで男の冒険者たちに喰ってかかっていた。
「誰かがあたしの脱ぎたてビキニアーマーを盗んだのよ!あんた知らない?」
「知らねえって なんで俺に聞くんだよ」
絡まれている不運な男は太っちょ冒険者のナドゥだった。
ジーナとクロムは顔を見合わせた。
「おい、いくらあたしでもビキニアーマー泥棒のクエストはできれば勘弁したいな」
ジーナは巻き込まれる前にその場を去ることにした。