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52:4日目 復讐への希望

「ありましたよ、ジーナさん」


 愛の神バクマン神殿の地下。ここには使われていない部屋が無数にあった。かつては多くの信者達が、ここで愛を営んでいたのだろうか。今では一部の部屋が倉庫として使われるのみ。

 ここからブツを探すのは普通だと骨が折れる仕事だが、二人には強い味方がいた。


「助かったよ、クリス」


「膨大な魔力量だから探知は簡単だったよ。それにしても、初めて見たよ、ダンジョンコア」


 木箱の中に無造作に収められていたオオガエルの剥製。その中に邪毒竜のダンジョンコアはあった。


「ランドロスのやつ、愛の神の聖獣であるカエルの剥製に隠して奉納するとは考えたな」


 その紫色に輝く小さな宝玉は、妖しいほどに人を惹きつける美しさがあった。


「そいつにあまり触るなよ。この後どうするかはあたしらの仕事じゃない」


 この部屋にたどり着く前に、司祭のオリビアが盗んだ予防ポーションの空き瓶をいくつか見つけた。まさか病魔の根源が、この神殿に置かれていたとはオリビアも思わなかった事だろう。信者に感染が広まったのも無理はない。この事実により、オリビアの罪に少しでも酌量の余地が与えられる事をジーナは願った。


クエスト完了

▪️街の流行り病を解決せよ

報酬:なし

依頼者:オリビア



「これで、あたしが抱えていたすべてのクエストが解決したよ。やったぜ」


「でもまた今日から、全部クエスト受けてしまうんでしょ」


「ああ、その通りだ。おっと、カリームのやつに横取りされる前に急がなきゃな」


「もう、ジーナったら」


三人は顔を見合わせると、笑い合った。


笑い声が広い神殿の地下通路にいつまでも響きわたっていた。



 ギルドに戻ってジーナ達がメイリィに病の原因について報告すると、彼女は予想通り領主のジャスティン王子の元に喜び勇んで駆けつけていった。後処理は領主付きの誰かがやってくれる事だろう。

 これでメイリィのぼったくりポーション計画もおしまいになるが、そもそもギルド内でも感染が広まってきているのだから、守銭奴のギルドマスターといえど解決の手柄の方を優先したようだ。


 ギルドのクエストは、復帰したばかりのカリームがすでに受諾してしまっていた。が、さすがに疲労を感じたジーナは、抜け駆けする元気がなく素直に休む事にした。

 ルピタの料理をつまみながら、葡萄酒を楽しんだ。

 ほろ酔いの感覚を楽しみながら、ジーナは向かいに座るハルの様子を窺った。

 祖父の真実について腹落ちしたのかまではわからないが、眼の光からは前向きさが滲み出ていた。ジーナと目が合うと、杯をかかげてみせた。


「ま、大丈夫そうだな」

そうつぶやくと、おすすめの肉団子の皿をハルに押しやった。


 宴が終わり、ジーナは仲間達に挨拶するとギルドの自室に向かった。

 人の気配――部屋に入った瞬間、武器の入ったポケットに手を入れる。

「誰だ。あたしの部屋に勝手に入ってるやつは」


 閉めたはずの窓が開いており、カーテンが夜風に揺れていた。

 窓際で人影がゆっくりと立ち上がる。

 それは仮面をつけた男だった。

 冒険者ギルドではカリームですら着る事が叶わないであろう混じり気のない純白の絹で仕立てられた王都流行のシャツ。腿のあたりがフワリと仕上げられた上品なパンツ。おまけに煌めくような長い金髪。


「いいのかよ。第三王子様にして領主様が、夜中に魔人の部屋にお忍び訪問なんて」


 男はふふっと笑うと、仮面をはずした。

 ソシガーナ領主であるジャスティン王子その人だった。


「やっと会えたよ、ジーナ。いつもすれ違いだったからね」

 玉が転がすような涼やかな声だった。

「それにしても、さすがだね。ホムンクルスを見つけるだけでなく、街の病魔まで取り除いてしまうとは」

 

「たまたまさ。それに、新しい相棒にも本当に助けられた」

 ジーナはそう言って居住まいを正した

「ジャスティン、頼みがあるんだ。ハルを……ハル・ブラッドレイを王都騎士団に戻してやってくれないか。あいつはこんな街で燻っていい奴じゃない。頼む」


「君がそう望むならば、都に手紙を書こう」

 ジャスティンは美しい笑顔を浮かべた。


「さあ、僕にその顔を見せてくれ」

 月明かりだけの部屋の中、王子はジーナに顔を寄せてきた。


「ジャスティン、なぜあのホムンクルスが必要だったんだ?」


 不躾な質問により勢いを削がれた王子は、一歩引き下がって答える。

「キミは知らないかもしれないが、先月、王都にいた最後のホムンクルスが機能を停止した……画期的な錬金術の勝利と思われていたホムンクルスは期間限定のハリボテだったんだ」


 ジャスティンはフリルのついた襟を正しながら答える 

「……この街のディアナだけを除いてね。彼女は特別な存在だ。機能停止するどころか、自律的に動く傾向まで見られる。今やディアナは、この街全体と等しい程の価値となったんだ。それは探すだろう? もはやイレブン氏個人の持ち物じゃない。国全体の発展のため、彼女が必要だ。なぜそんな事が起きたのか解明しなければ」


 なぜって、それはお人形が「愛」に関心を持ったからさ。

――笑える。カリームが書くポエム並みに陳腐な話じゃないか。


 ジーナは冷笑を浮かべながら、領主に背を向けた。

「もう帰った方がいいよ、王子様。あたしなんかの部屋に来たなんて噂が立ったらおしまいだよ」


「その時はその時で、言いたい者は言っておけばいい。君は私の腹心の友であり――」

 ジャスティンの言葉がしばし詰まる

「それ以上の存在だとも思っている」


 話が望まぬ方向に行きそうなことを悟ったジーナは興味がないが無難な話題にもどした。

「しかし、いくら高価なお人形といってもババアは誰に売りつけるつもりだったんだろうな。普通の金持ちが買ってももてあますだろうに」


「ああ、それについてはアマテアの家を捜索させたら買い手との連絡をした手紙が見つかったよ」


「へぇ」


「魔術師のカール・バークリーという男らしい」


 ドクン!ドクン!


 ジーナの心音が一気に跳ね上がった。


 裏切り者のカール! 生きていたとはこんな嬉しいことはない。笑いが込み上げた。押さえ込もうとしても零れ出す。頬が熱い。胸が苦しい。そして、二度と呪文を唱えられない体にしてやる、という復讐の約束がいつかは果たせるのだという甘美な期待が押し寄せてきた。


「この名前は危険人物の名簿にはなかったそうだが……ジーナ? 大丈夫かい?」


 もはやジャスティンの言葉はジーナの耳には入っていかなかった。


 魔人鍵師は暗い笑みを浮かべながら、低い笑い声を上げ続けていた。

 いつか訪れるであろう対決への期待だけが、ジーナを死神の抱擁のように包み込んでいた。 



***


 街の病魔が去って一月が経った朝。


 ソシガーナの街の冒険者ギルド。本日の受付を担当する探知術師クリスは、依頼書の束を整理していた。まもなく、彼女がやってくるはずだ。


 はたして、重いブーツで古い階段を軋ませながら階上の私室から異様な風体の女冒険者が降りてくる。

 

 艶やかな褐色の肌。煌びやかな銀髪を無造作に後ろに束ね、引き締まった身体の線がくっきりとわかる特殊繊維の服に身を包んだ彼女は、異形の外套を羽織っていた。

 外套には無数のポケットがついていた。

 それはこの世界の混沌を表現したかのような、無秩序に拡張された大小様々なポケットだ。


 魔人鍵師ジーナは、カウンターに身体をもたれると何百回言ったかわからない言葉を発した。


「今日のクエストは来てるか?」


「ジーナ、今日も街のクエスト、全部受けるつもり? なんか元気がなさそうだけど……」

 クリスは一枚の依頼書をためらいがちに見せる。どうせ隠しても後で文句を言われるだけだ。

「これ、ひさしぶりに手強そうなクエストが来てるよ。人喰いウーズの退治だって……。一人じゃ厳しいんじゃない?」


 ジーナが眉をひそめる。

「巨大ウーズか……確かにキツそうだな。一対一じゃあ腕の一、二本喰われることを覚悟するしかないだろうな。まあ、でも仕方ない。あいつは今日王都に帰っちまうからな」


「……」


「まあ心配するな、少年。なんとかなるさ」

 ジーナがクリスの手から依頼書をつまみ上げた、その時――


「おはようございます! ジーナさん」


煌めく黄金の鎧に身を包んだ騎士ハルが、勢いよくスイングドアを押し開けながら現れた。

 最高の笑顔を、引っ提げて。


「ナイト君……な、なんで?」


「私はこの街で英雄を目指す事にしました」

 ハルは白くて並びの良い歯を見せながらウインクしてみせた

「――無謀な魔人鍵師の盾を務めながら、ね」


 数秒間呆けた顔を晒していたジーナだが、次第ににんまりとした笑みに変わっていく。

「ふん。その愚かな選択を後悔するなよ……!」


「私達は例え選択肢を間違えても、力技で強引に正解に持っていく――でしょ」


「言うようになったね、ナイト君。じゃあ……行くか」

 ジーナは突然ポケットからいつもの芋チップスを取り出すと、軽やかな咀嚼音を響かせた。きっと彼女は浮かんできた笑顔をごまかしたかったんだろうな――とクリスは思った。まるで、全ての憂いが消えたかのような、晴れやかな眼をしていたから。


「準備はできています」

 ジーナに応えたハルは、クリスの方に顔を向けた。

「それじゃあ、行ってくるよ、クリス」


「うん……」

クリスは、小さく手を振った。ハルがこの街に残る決意は昨晩聞いていた。その時にかけてくれたハルの言葉を思い出すと、頬が少し熱くなった。

 

 気がつけば、ジーナが眼をすがめながらクリスとハルの顔を交互に観察していた。

 そして勢いよく右手でハルの肩を抱くと、左拳で頬を擦り回した。

「てめぇ〜、わかったぞ。いかにもあたしの相棒ヅラしてたけど、本当の理由は違うだろ!


「ち、違いますよ! ジーナさんの推理なんて、当たらないじゃないですか」


「いーや! 今回は間違いないね! 何が街の英雄を目指すだよ、色男」


「何でそうなるんですか! もう……」


 クリスは賑やかに言い合いながら冒険に旅立つ二人の背中を見送り、胸の奥で小さく呟いた。


「いってらっしゃい」


 街の空には澄んだ朝日が差し込んでいた。今日もまた、魔人鍵師と追放騎士のクエストまみれの新しい一日が始まる――



いったんの完結まで書く事ができました。

最後までお読みいただきありがとうございました


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