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51:4日目 30年間の復讐


夜が明けようとしていた。


 朝の光が歩みの遅い男女の影を映した。


 女は傷だらけで、脚を引きずりながら歩いていた。

 男は重い装備と、縛り上げた老人をかつぎ上げているせいで速度がだせなかった。


 空気は冷たく、まだ身体の痛みが残るジーナには一歩ごとに骨身に染みるようだったが、それ以上に胸の奥に重く澱むものがあった。三十年前から続いていた英雄隊の真実、そして今街を覆う危機への解決が近いかもしれない。


「……ジーナさん」

 ハルが声をかける。背に負ったランドロスがうめき声をあげて身じろぎするたび、鎧が軋んだ。

「ドワルドを殺したのは、ランドロスだった、って事ですよね」


「そう。でももっと大事な事が二つある。一つはハルのじいさんのこと、もう一つはこのジジイが仕掛けた“街への復讐”だ。そうだよな、ランドロス!」


 ジーナが低く告げると、ランドロスの口元がわずかに歪んだ。乾いた笑いが漏れる。

「……好きに言え。どうせわしの命は長くない。隠していたところで、墓まで持っていけるとは思っちゃいなかった」


 その一言が、老人の頑なさを少しだけ解いた。ジーナは歩みを進めながら、口を開く。


「三十年前――フォール卿は、あんたら英雄隊のために盾になって毒を浴びた。だが、全員まだ生きていた。……違うか?」


 ランドロスの目が細くなる。否定はしない。

「続けろ」


「そのあと、用意しておいた偽のダンジョンコアを本物とすり替えた。……さらにフォール卿に飲ませたのは、アンリの調合じゃない。偽物の毒消しだった」


 老人の肩がわずかに揺れる。ジーナは確信を深める。

「この計画を取り仕切っていたのは、アンリの師匠で――ダンジョンで死んだっていう女魔術師ソフィアだった。そうだよな? どう考えてもあんたらの行動は行き当たりばったりだ。あんたらが仕組んだとは思えない。それに偽物のダンジョンコアなんて魔術師じゃなきゃ思いつかないよな」


「ふん……その通りじゃ。」



「だが、そのソフィアは死んだ。あたしも詳しくないがダンジョンコアのせいじゃないのか?コアは魔力の塊で、さまざまな性質を持つと聞いたことがある。邪毒竜のコアは持ち歩けば命を蝕むような性質だったんじゃないのか?」


「……」


「残ったお前らは手に負えなくなったコアをどこかに捨て、瀕死のフォール卿にそれが気が付かれる事にびびって見殺しにした。埋葬はアンリに押しつけ、お前らは偽のコアを王都に持ち帰って“英雄”になった――だが、報酬はお前らの期待と違いわずかだった……」


 そこまで告げると、ランドロスが低く笑った。

「……そうだな。わしらはどうしようもないクズだ……今さら否定はせんよ」


 ハルは歯を食いしばり、拳を固く握りしめていた。


 ジーナは視線を外さず、さらに踏み込んだ。

「お前がクズなのはここからだ。なぜ今になってダンジョンコアを使って街への復讐をしようと思った?」


 ハルははっとしてジーナの顔を見た。

「待ってください。まさか、街の流行り病は……」


「ああ、そうだ。あたしもそこに至ったのはついさっきだが……このジジイは邪毒龍のダンジョンコアを街に隠したんだろう。なあ?」


「……なんて事だ」

 ハルは身震いしているようだった。担いでいるこの軽い老人の底知れぬ悪意を感じて。


「だがなぜだ。三十年も経って、なぜ今さら街を病に沈めようとした?」


 ランドロスは長く息を吐いた。まるで重荷を下ろすように。

「三十年……わしは唯の猟師として生きてきた。街はわしを英雄と呼ばないどころか、いないものか、それでなければ疫病神として扱ってきた。想像できるか? この孤独を」


 その声には、怒りと悔恨が入り混じっていた。

「今や体は弱り、余命もそう長くはないと悟った。……どうせ終わるなら、わしを見捨てた街ごと道連れにしてやろうと思った」


 ジーナは眉をひそめた。老人の目に浮かんでいたのは狂気ではなく、むしろ怨嗟に凝り固まった諦観だった。


「ドワルドは……病の原因に気がついていた」

ランドロスの声が震える。

「奴はわしを責めなかった。だが、かわりに全部を告白したいと言い出した。英雄隊の罪を……気がついたらわしは奴に矢を撃ち込んでいた」


 ハルの呼吸が乱れていた。怒りに震えていた。

「あなた達は、私が尊敬してきた祖父の英雄譚を汚した。それもどうしようもないほどにめちゃくちゃに。そして嘘に塗れた英雄譚に書き換えたんだ……」


 ランドロスは口を閉ざし、しばし夜空を仰いだ。やがて、うなだれるようにして言葉を絞り出す。

「ああ、その通りじゃ。ただフォール卿は最後までわしたちを守ろうとし、猛毒に侵されても使命をまっとうするべく生き抜こうとされていた。……裏切ったわしらが言うことでもないが、これは本心だ。フォール卿こそが、真の英雄と呼ぶにふさわしいお方じゃ」


 ハルは何も答えなかった。


 ジーナは短く息を吐き、立ち尽くすハルに声をかける。

「顔上げろ、ナイト君。じいさんはこいつらとは違う。キミの中の英雄像そのものじゃないか」


 ハルは拳を握りしめ、震える声で応えた。

「……そうですね」


 太陽が顔を出し、二人の影が長く伸びる。縄で縛られたランドロスの吐息は荒く、すでに力を失いつつあった。

 街の門が見えてきた時、ジーナはふと隣を歩く若き騎士を見やった。


 彼の横顔は涙に濡れながらも、確かな決意に満ちていた。


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