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5:1日目 あの人とは関わりたくないな

 ハルは安宿の硬いベッドの上で目覚めた。

 薄汚い天井が視界に入り、ここが王都で生まれ育った屋敷でなかったことを思い出す。

 王都にいた頃も、物心ついた後は身の回りの事は自分でやっていたから不便はない。

 しかし秋の肌寒い朝は、彼を少し心細い気分にさせた。

 

 昨夜は旅の疲れで夕食も採らずに眠ってしまったため腹が減っていた。

 ナドゥの説明によると食事は冒険者ギルドの1階ホールの酒場で支給されるという。

 その前に、まずはギルドマスターに挨拶をすべきだろう。


 ハルは黄金の鎧を身に着けると、通りに出た。

 一歩歩くたびに石畳に鎧の金属音が響く。

 冒険者ギルドの前の通りだけはギルドマスターの馬車が通るため石畳が整備されていると、ナドゥが皮肉交じりの口調で話していたことを思い出す。


 ほどなくギルドの建物に到着した。

 百年以上前のダンジョン好景気時代に建てられたギルド本部は古びているが、どっしりとした造りだった。

 昔はここに何百人という冒険者たちが詰め寄せていたのだろう。

 

 入り口のスイングドアをくぐると、正面には受付と思しきカウンターがあり、まだ少年のような冒険者がこちらを振り向きもせず書物を読んでいる。

 左手には大きなホールが広がっており、もともとはまるまる冒険者が集う酒場だったようだ。

 今は人が少なくなったためか一角に食事を提供する酒場機能を残しながら、残りの空白は木箱や樽などの雑多な荷物で埋め尽くされている。

 いくつか残された丸机には朝食にありついた数人の冒険者たちが馬鹿話で盛り上がっている。


 ハルはまっすぐカウンターに向かい少年に声をかけた。

「本日よりソシガーナ冒険者ギルドに所属しますハルと申します。ギルドマスターにお取次ぎお願いできますでしょうか?」

 少年はゆっくりと書物から顔を上げると一言つぶやいた。

「なに その金ぴか鎧?」


 思わぬ返しにもひるまず、ハルはたたみかける。

「ギルドマスターのメイリィ氏はいらしてますか?」

「忙しいから今は誰も取り次ぐなといわれています」

「そうですか・・・ではしばらく待たせていただきます」

「勝手にどうぞ」


 少年はふたたび読書にとりかかることにしたようだが、ハルは一人ぼっちで待つつもりはなかった。

「君も冒険者なのかな?みたところ魔術師のようだけど」

 少年は顔は上げてくれなかったが耳だけは貸してくれていたようで

「探知術師のクリス。よろしく」


「えっ その年で探知術師?たくさん勉強したんだろうね」

「別に」

 この世界で魔術師になる事は並大抵のことでは無い。

 ましてや全ての魔術を収めることなど人間には不可能だ。

 そこで魔術系統による専門化が進んでいた。

 召喚術、火炎術、幻術、など専門は多岐にわたる。

 その中でも探知術は特に修得が難しいと言われる系統だ。


「王都図書館では私と同じ年の連中だって熱心に勉強していたけど、探知術師にはなかなかなれないでいたよ」

「・・・」

しばしの沈黙の後クリスはついに顔を上げた

「王都図書館に行ったことあるんですか?」


「ああ 私は勉強はあまりしなかったけど、英雄譚を読むのが好きだからよく行ってたよ」

「ボクも英雄譚好きです。『魔宮の勇者たち』も置いてありましたか?」

 無表情だったクリスが笑顔の花を咲かせた。


「うん 私が好きな話の一つだ!孤独な旅を続けていた勇者がついに仲間たちを得る過程がアツいんだよね」

「待ってください それ以上はいつかボクが読むまで、聞かせないでください」

 よし、この少年魔術師とは仲良くやっていけそうだぞ

「ごめんごめん!でもやっぱり男の子なら英雄譚にあこがれて冒険者になるものなんだね」


「ボク、女ですけど」


 ……またやってしまった。

 確かに言われてよくよく見れば女の子だった。

 いったいどうすればこの街での第一印象を良くできるのかわからなくなってきた。


 その時、入り口のスイングドアが壁に激突する勢いでうなりを上げた。


 ハルが思わず振り向くと異様な風体の女冒険者が入ってきた。


 煌びやかな銀髪を無造作に後ろに束ね、引き締まった身体の線がくっきりとわかる特殊繊維の服に身を包んだ彼女は、

異形の外套を羽織っていた。

 外套には無数のポケットがついていた。

 それはこの世界の混沌を表現したかのような、無秩序に拡張された大小様々なポケットだ。

 両手をその無数のポケットの中の二つに収めたまま、脚でスイングドアをけり上げたのだろう。

 反動で返ってきたスイングドアを上半身をエビ反りにして回避した女は、得意げな表情で半身を元の位置に戻すと酒場を目指した。

 

 整った顔立ちはしているが、その目つきは油断なく獲物をうかがうような獣の眼だとハルは思った。

 実際その表現はあながち間違ってはいないだろう。

 あの銀髪は彼女が魔の者との混血であることを表している。

 王都では魔との混血の者“魔人”が大手を振って往来を歩くことなど考えられなかった。

 せいぜい奴隷か実験材料か見世物か・・・。

 ハル自身は仮にも人間をそのような扱いをすることには共感できなかったが、

 長年にわたり植え付けられた偏見を直ちに払拭することは彼にとっても難しかった。


「あれは誰なんだい?」

白金級(プラチナ)冒険者のジーナだよ」


 白金級(プラチナ)

 冒険者の位階は下から青銅級(ブロンズ)白銀級(シルバー)黄金級(ゴールド)白金級(プラチナ)神鋼級(ミスリル)と5段階に別れる。

 偉大な業績を残した者だけが認められる神鋼級を別格とすれば、冒険者として望める最高の位階といっていい。

 ハルはもちろん青銅級だし、そもそも白金級冒険者など王都にも20人はいないと言われるほどの位階だ。

 実績はもちろん、人格的にも優れた者だけが認められると聞いている・・・そう精霊剣士カリームのような。


 酒場で朝食を摂っていた荒くれ者たちが白金級冒険者ジーナに声をかける。

「おうジーナ 今朝はいつにも増して目つきが悪いな!男にでも振られたのか?」

「つまんねえフリだな、余計イラついてきた」

「昨日はお手柄だったらしいのにどうしたんだよ」

「その殺人クソ野郎だよ。『わたしは罪を認めたのに過剰な暴力を振るわれたんだ~』ってなもんでお上に訴えやがったらしい。

アゴがはずれた治療費もクエスト報酬から差し引けだと。あの玉無し野郎絶対許さねぇ」

「そりゃ災難だったな。そうだ災難続きで悪いけどお前が遅いから今朝の限定焼きそばパンは俺たちがいただいといたぞ」

「てめっ!ふざけんな!吐き出せ、こら!」


 下品なやり取りにハルは顔をしかめた。

 覚悟はしていたがこれが一般的な冒険者の世界というものだろう。

 中でもあのジーナという女性は欲望の権化のような存在に思えた。

 昨夕出会った無垢の化身ディアナの対極の存在と言ってもいいだろう。


「ハル、ギルドマスターがお会いになるそうです」

 クリスに声をかけられ、ハルは2階への階段に向かった。

 御礼を言ってクリスの顔をちらっと見たが、無表情に戻っていて怒っているのかは判別できなかった。

 英雄譚の話をした時に見せてくれたあの笑顔をまた見る時が来ることを願いながら、ハルは軋む階段を登った。


 ~~~


 ハルが執務室の黄金の扉を叩く。


「お入りなさい」

 かわいらしい声が聞こえたので、扉を開く。


 豪華な執務室の中央には黒檀制のどっしりとした一級品の机が構えられており、その奥で赤いツインテールが揺れていた。

 左右の髪を束ねる髪留めは黄金の鈴の意匠が施されており、二つの鈴は見えれどギルドマスターの顔は見えなかった。


「あなたがハルですね わたくしはギルドマスターのメイリィです 今後ともよろしく」

 机に近づいてようやく見えた彼女の姿は幼子のようだった。

 しかし彼女はれっきとしたノーム族の成人だ

 ノーム族は200年ほどの寿命を持つ少数種族だ。

 成人の平均身長は100㎝ほどで、高い知性と交渉力を持つ者が多いとされている。

 

 メイリィは椅子から飛び降りるとハルの近くへちょこちょこと歩いてきた。

「立派な鎧ね。騎士団時代からずっとそれを?」

「はい」

 この街に着いて以来初めて鎧を褒められた。

 メイリィ氏とはうまくやっていけそうな気がした。


「わたしの趣味ど真ん中ではあるけど、この街ではちょっと目立ちすぎるかもしれませんわね」

「これは祖父の形見で、私の誇りでもあります」

「まあ素敵ですわね。あなたには期待していますわ」

「はい!わたしも精霊剣士カリームと共にこの街のために尽くすのが楽しみです」


 それを聞くとメイリィは背を向けた。

 執務室の壁にかかった風景画の入った額縁が少し傾いているのが急に気になったかのように。

「そのことなのですが……お手紙でやり取りした時と少し事情が変わりまして・・・ほら今は流行り病で人員が不足しておりますでしょ」

「はぁ」

「あ、そうそう。病気については後ほど執事から予防ポーションの接種について案内させますから心配しないでくださいね」

「まさかカリームも病気になったとか?」

「いえ そうではないのですが、実は緊急最重要クエストが発生しまして、カリームにはそちらに専念してもらうことにいたしましたの」

「緊急最重要クエストですか」

「そうなのです。昨晩街の重要人物の財産が消えまして、その捜索クエストです。

 その方は街の領主であるジャスティン王子とも懇意にしてらっしゃる方で冒険者ギルドとしても最優先事項となります」


 確かにそのような緊急クエストということであれば致し方ないかもしれない。

 まだ自分は冒険者としては見習いの身……カリーナの足手まといになってしまうかもしれないから。


「そういうわけで、あなたはこの冒険者ギルドが誇るもう一人の白金級冒険者と組んでいただくことにしました」

「え?」

「白金級冒険者ジーナです」


 嘘だろ!よりにもよってあの目つきの悪い下品な魔人女と……?


「ジーナは経験豊富な冒険者です……まぁ確かに突飛な行動も多いですが、何事も他山の石と申しますか、勉強にはなるかと思います……たぶん」

 メイリィのフォローになっていないフォローはハルの耳には入っていなかった。

 

 そんな事よりハルの心にはそれとは性質の違う何かが引っかかっていた。

 この悪い予感の正体は何だ……?


「それでは今日のところは話は終わりです。ジーナを見つけて共にクエストをこなしてくださいね」

 メイリィが話を切り上げて机に戻ろうとする直前に、ハルは何が引っかかっていたのかに気が付いた

「わかりました。最後にひとつだけ。先ほどの緊急クエストで失われた財産とは何です?」

 メイリィは事もなげに答えてくれた。


「いなくなったのは、ディアナという名前の女性型のホムンクルスですわ」

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