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49:3日目 英雄の罪

 ランドロスは次の矢をつがえると、三歩ジーナに近づいてきた。

 射程内に近づいてほしいという望みは叶ったが、もはや右手でムチを取り出すことはできない。

 火薬切れで、炸裂弾筒は置いてきた。

 後は左手で魔鍵を取り出して、禁じ手である"封鎖"の力を使うしかない。

 しかし老英雄に隙はない。へたに動けば左手も縫い付けられるのがオチだろう。

 なんとか会話で気をそらすしかなさそうだ。


「なあ、じいさん。“ダンジョンのお宝”についちゃ、あたしの相棒ももう知っている。あたしを剥製にして返さなかったら、あいつが世間にバラして終わりだよ」


 これは全てハッタリだ。ハルは何も知らないし、ジーナがここにいる事すら知らないのだ。


「わしにハッタリは通用せん」


 弦の音とともに風切り音。次の瞬間、左腿に灼けつくような痛みが走った。


「ぐはっ、痛ってぇ!」


 まるで杭を打ち込まれたように深々と突き刺さった矢から、血が噴き出す。

 脚が痺れ、力が抜けていくのがはっきりわかる。大動脈を裂かれた。

 並の人間なら数分と持たない致命傷だ


「少しは知ってるようだが、ドワルドが死んだ今秘密を知る者はいない」


 あくまで余裕を見せる老獪な態度はさすがだが、だが、その目の奥にほんの刹那、動揺の影が走るのをジーナは見逃さなかった。

 しかし傷口は再生が始まっているとはいえ、失った血液で頭が回らなくなってくるのは時間の問題だ。


「いや、知ってるさ。あんたとドワルド、そしてソフィアはダンジョンコアを本物とすり替えた。あんたらはわかってたんだ。ダンジョンを攻略したらこの街が不景気になって、非難される事を。だから、自分達だけは損しないために宝を横取りした」


 当たらずとも遠からず。ランドロスの顔が蒼白になった。


「すり替えたのは宝だけじゃないな。毒消しの瓶だ。あの純愛ババアは、愛するフォール様のためにちゃんと毒消しを調合していた。だが、あんたらはフォール卿にすり替えた薬を飲ませて死なせた――あんたらを庇って邪竜の毒の息を浴びた勇者をな」


「違う……っ。フォール卿を殺す気はなかった。わしは……」


 ジーナが邪悪な笑みを浮かべた。


「いや、迷いはあったかもしれないが、最終的にはあんたらは殺す決断をしたんだ。なんであんたらは王都には迷宮で戦死したと嘘をついてまで、フォール卿の遺体を地上にひっそりと埋めたのか。それは地上に戻った後で、瀕死のフォール卿があんたらの企みに気がついたからだ。とっとと迷宮で始末すれば良かったのに、小物のあんたらは最後まで決断ができずにぐずぐずしていた……」


「や、やめろ……そうじゃない。わしらは卿の名誉を守ったのじゃ。お前らがほじくらなければ、卿は名誉の戦士を遂げた英雄のままに……」


「勝手な事ほざいてんじゃねぇ! お前ら英雄隊は人殺しだ。てめぇの欲のためなら仲間も、真の英雄も殺す街の敵だ!」


 その瞬間、ランドロスの顔に激情が走った。余裕は消え、獣のような眼がジーナを射抜く

 心理戦のペースはジーナが掴んだ。この優位を活かし、隙を見て“魔鍵”を起動して大逆転、といきたいところだ。

 しかし、容赦ない三射目が放たれ、矢はジーナの左手を壁に縫い付けた。


「ぐっは!」


 ランドロスは心理戦を無理やりに終結させて終わらせに来た。


「街の敵だと? そうだ。わしは街に復讐する権利がある。命懸けでダンジョン溢れの危機から街を救ったわしに対する、この街の扱いはどうだ? この歳になっても、狩りをせねば明日の食事もない有様だ。だからわしは街を滅ぼすことにした」


 その言葉は、ただの逆恨みではなかった。三十年の鬱屈と怒りが煮詰まり、今ここで噴き出した怨嗟だった。


「何だと……っ? 街を滅ぼす……?」


「残念だが、お前が生きてそれを知ることはない。剥製になって見届けるが良いわ」


 ジーナは耐え難い耳鳴りを感じながら、視界が急速に暗くなっていくのに対し、なす術もなかった。傷は再生が始まり、心臓は血液を送り込もうと脈打つが、失った血液は多すぎた。

 さらに両手と片足を封じられて、あとは老人が眉間にでも弓を撃ち込めば全てが終わる。


 耳鳴りが強まり、灯りの輪郭がにじむ。音も色も遠ざかっていく。


 恐るべき事にランドロスは街全体への復讐を、すでに始めていたとは。まさか、それは……。


 弓を引き絞る音が聞こえてきた。


 今回は速射ではなく、確実にトドメを刺すつもりなのだ――


「……ハル……悪いな。あたし……しくじった」


 ジーナは眼を閉じて、最期の時を待った。


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