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48:3日目 蛇のはらわた

 ジーナは以前のように衛兵の眼を盗み、閉ざされた街の門の通用口から外に出た。

 あの時はハルと二人だったが、今日は一人だ。


 壁の外に広がる真っ暗な世界は、恐ろしいほどに静まり返っていた。危険な獣が息を殺して待ち構えているかのように。

 ジーナは歩みを進める前に、ポケットからジャーキーを取り出すと勢いよく噛みちぎった。何が起きようと、あたしが喰らってやるさ。そう自分を奮い立たせると林へ向かって歩き出す。


 目的地の小屋は、昼間に来た時と変わりはないように見えた。

 物音も灯りもなく、主人の老弓使いランドロスは寝ているか、そうでなければ外出中のようだ。

 そう、ジーナは英雄ランドロスにずっと引っかかっていた。

 本人は身体が弱って無理だと言っていたが、もう一人の英雄ドワルドを射殺したのはランドロスだとジーナは決めつけていた。

 そうだとすれば、なぜ殺した?

 恨みやいざこざがあったのなら、今になって殺す理由はなく、とっくにやっていたはずだ。しかしランドロスは今、焦って殺しに至る理由があったのだ。ちょうどジーナとハルが昔の偉業について尋ねようと思っていた、この瞬間に。なぜ?

 それはフォール・ブラッドレイの骨が見つかったからだろう。その事を誰に聞いて知ったか? もちろん魔女アルテア――かつての英雄隊の協力者だったアンだ。おそらくアルテアは詳しい事情については何も聞かされていなかったから、純粋に骨を動かしてしまった贖罪の気持ちで英雄達に報告したのだろう。しかし、それはランドロスにとっては由々しき問題だった。ランドロスはかつての“共犯”のドワルドとその事について話合いに行ったが、何かが決裂して殺しに至った――。

 これで筋は通っている、とは思っている。隠したいことの目星もついている。ダンジョンコアだ。王都に持ち帰って価値がないと判断されたという事だが、その話は眉唾物だとジーナはにらんでいた。例えば、奴らはどうにかしてコアをすり替えて自分たちのモノにした、とか。

 しかし確証はまったくない。ただの推測、いやあまりにもか細い根拠――ただの勘だ。

 ジーナは、小屋の戸にかけた手を止めた。今なら引き返せる。ここで何も見つからなくて、家主に見つかりでもしたら大変なことになる。不遇とはいえかつての英雄の家に不法侵入――受諾したクエストでもないので言い訳すらできない。さっきまでの仲間達との楽しい祝宴の思い出も露と消え去り、それどころかギルマスの決断で街を追い出されるかもしれない――ジーナの唯一の居場所であるソシガーナの街を。

 

 ランドロスは間違いなく殺人者だ。それはこの魔人鍵師が裁くべき街の敵なのだ。


 ――いや、違うな。ジーナは自嘲気味に笑った。


 あたしが一番許せないのは、あいつが憧れていた英雄フォールの名誉を汚し、あいつをガッカリさせた事だ。うす汚れたジジイ英雄に一泡ふかせてやる。


 ジーナは魔鍵を取り出すと、粗末な鍵を解錠した。小屋の中は当然闇が支配しており、ただ不気味な剥製達がジーナを出迎える。


 探すべきモノはダンジョンコア、もしくはそれに関する手がかりだ。それに調べるべき見当はつけていた。毒大蛇の剥製だ。ランドロスは会話している時に、時折ちらちらと蛇に眼を向けていた気がしていた。


 その前にまず、これだ。

 ジーナはクリスお手製の探知術石の最後の一つの力を解放した。ダンジョンコアがここにあるとすれば、例えそれがどんなに小さなものであれ魔力を放っている。まちがいなく反応があるはずだ。


 しかし、無情にも探知術は何の反応も示すことはなかった。


 嘘だろ。頭がかあっと熱くなるのを感じながら、ジーナは蛇のはく製に飛びつくと、ふるえる指でその腹を裂いた。中からはただ詰め込まれた木屑が湧き出てくるだけだった。

 「見当違い……? そんなはずは……」


 喉がひりつく。あの祝宴が遠い夢に思えた。


 その時、背後に気配。反応するより早く、ランタンの炎が闇を切り裂いた。


「おやおや、こんな夜中に現代の英雄が、過去の英雄の家に何の御用じゃな」


 2階からの階段を降りてきたのはランドロスだった。冗談めかした言葉を発しているが、目は歴戦の狩人のそれだった。

 彼はランタンを床に置くと、短弓の狙いをつけた。

 足取りもしっかりしており、弓を引き絞る腕はたくましかった。

 老いぼれなものか。

 こんな状況ではあるが、ジーナは自分の勘が少なくとも一つは当たっていたことを確信した。

 もっともそれ以外は絶望的な状況だが。 


「昼間に見たあんたの剥製コレクションがどうにも気に入っちゃってね。どうしても見たくて来てしまったんだよ。許してくれ」


「ふん。わしの剥製を壊しておいて良く言うわ。ここにあるのはわしが仕留めた獲物達じゃ。どれも大切な、わしだけの宝じゃ」


「宝? あたしは知ってるよ。あんたの宝は剥製だけじゃないってね」


 もうジーナに残された手は、カマをかけて何らかの情報を引き出すことしかなかった。それが叶わなくとも時間を稼いで、老人があと三歩ちかづいてくれれば、ポケットの中のムチの射程内に入る。卑屈な笑いを絶やさぬようにしながら、右手をゆっくりとポケットにちかづけていく。


 その時風が切るような音が聞こえたかと思った瞬間、右の手のひらに焼けるような痛みが走った。


「がはっ!」


 ジーナの右手は、ランドロスが放った矢によって壁に縫い付けられていた。

 動きが見えなかった。

 恐るべき達人の技だった。

 

「あまりわしを舐めないほうがいいぞ、魔人の小娘」


 ランドロスは次の矢をつがえると、ジーナを睨みつけた。


「言ったじゃろ、ここにあるのはわしが仕留めた獲物達じゃ。おお、そういえば魔人の剥製はまだなかったのう」


 老人に見つかった時点で衛兵に突き出されるのを覚悟していた。

 しかし、ジーナはその見当違いを認めた。その最悪の事態と思っていた事すら生ぬるかったのだ、と。

 

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